幻の平和、神のいない国②
「リオン様のおかげで再びクリスと話をすることが出来ました。心より感謝しております。」
アンネリーゼが両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げてから腰を下げ、頭を深々と下げている。貴族の挨拶のようだがチラチラ見えるきれいな足に目がいってしまう。
クリスの方は右膝を地面につき、深々と頭を下げている。
「……全てはリオン様のおかげです。殺されてもおかしくなかった私に情けをかけていただき、アンネリーゼとの再会にもご助力いただいた……本日よりクリスフォード・グランベルはあなた様の僕となり、ここに忠誠を誓います」
「いやいや、俺は何もしていないよ。僕になるって言われても給金とか払えないしさ……」
「何もしていないとは……私相手に謙遜など必要ございません。それに給金などと……私がリオン様に受けたご恩をお返しするのです。一生をかけてもお返しできるかわかりませんが、私の持てる力の全てを使い、あなた様の障害となるモノは全力で排除いたしましょう」
アンネリーゼも横で頷いている。さすが私の最愛の人とでも言いたそうな表情だ。さっきからこいつら二人は自分の世界に入りすぎだろ。
ある意味似たもの同士と言うべきか、こいつら思い込んだら止まらないタイプだな。
『断っても付いてきそうだな。さっきも思ったのだが、無関係な護衛まで躊躇せずに殺す残忍な手口……前に殺しは悪いことと言っていたが信用できないな。人助けさせるにもお前の近くで監視しながらのほうがいいぞ』
勝手なことを言ってくれる。黒いヒヨコと殺人鬼にハーフエルフの死霊と旅をしろってか、面子が濃すぎるだろ。
『今回のミトラスとの戦いはお前一人で勝てたのか? 違うだろう、クリスの戦力は今後も役に立つはずだ』
……クロに言われなくても連れて行くつもりだったさ、忌み子仲間だしな。
「俺に付いて来るのは構わないけど、明後日にはカグラに行くぞ。クリスはギルドの仕事があるだろ? どうするんだ」
「元々復讐を終えたらこの街を出るつもりでした。ギルドに関しては退職の手続きが完了しておりますので心配には及びません。これからはリオン様にお仕えすることが私の使命、手足のようにお使いください」
元貴族だけのことはあって、仕草の一つ一つが洗練されている。しかし、俺はそんな世界に慣れていないので背中がむず痒くなるだけだ。
……そう言えば喫茶店に遅れてきたときに手続きがどうとか言っていたな。
「明後日の朝八時に北門集合でいいか? クリスも旅支度にモーガンへの挨拶とか色々あるだろう」
「……申し訳ございません。北門での待ち合わせにはいい思い出がありませんので、東門に変更していただけませんか?」
アンネリーゼとの待ち合わせのことか、少し遠回りになるけど東門からでもいいか。
「わかった、朝八時に東門に変更だ」
「我侭を言って申し訳ございません、ご配慮ありがとうございます。では、明後日の朝八時に東門でお待ちしております」
クリスはそう言うと東門から町の中に入っていた。
『カグロスに行くのか? 私はてっきり出版社の娘……アイシアに会うためにラインテールへ行くと思っていたぞ』
『俺も最初はそのつもりだったんだけど、ハルカの遺品になった眼鏡をせめて故郷に返してあげたくて……それに、ミトラスとの会話にカグラって名前が出てきただろ? 何か関係がありそうな気がしてね』
言ってクロの反応を見るが、ヒヨコなので表情はサッパリわからない。
『カグラは慈愛の神だ。とても美しく心優しい女神なのだが、まぁとにかく泣き虫なのだよ。カグラも私とともに戦ってくれたのだが、アステアと最後の戦いのときに私を庇って肉体を失ってしまったのだ……もし、復活しているなら久しぶりに話をしてみたいな』
『復活していたとしたら、ミトラスの様にアステアに操られている可能性があるんじゃないのか?』
『そうだとしたら尚更だ、早く解放してやりたい。』
慈愛の神か……なんとなく納得ができるな。カグラは亜人たちも平等に暮らせる国らしいから、全種族にやさしい神様なのだろう。
さすがに俺も疲れた、今日は宿に戻って寝る事にしよう。
━━次の日の朝は早く目が覚めたので、食堂に行く事にした。
階段を降りていると下の階から宿泊客と思われる人たちが騒いでいる。
「俺もだ! 魔法が使えない。どういうことなんだ!」
「俺は使えるけど、中位の精霊の声が全く聞こえなくなってしまったぞ!」
他にも魔法が使えないという声が飛び交っている。
『ミトラスの祝福が消えたせいだな』
「おお、リオンか! すまない、朝はこんな状態で食材の配達員も来ない始末だ。朝飯分の金は最終日のチェックアウトのときに精算するから、今日は外で済ませてくれ」
まだ、ミトラスが死んだことは知れ渡っていないようだ。しかし、時間の問題だろう。
宿の外に出ると、人々が慌しく動き回っていた。店も半分以上が閉まっており、開いている店の前には数少ない商品を求めて客が殺到している。
冒険者ギルドの前にはトラブルが起きているのか、冒険者同士が喧嘩をしている始末だ。
『大混乱だな』
おそらくだがみんな怖いのだろう、突然魔法が使えなくなる事態を考えていなかった。恐怖を紛らわすために怒っているのだ。
喧騒を避けながらユミルの店を目指したため、店に着くころには二時間以上かかってしまった。
ユミルの店の前に陳列されていた武器の類は全て売り切れている……杖だけを残して。
「来たか、リオン。とんでもないことになったな……街の人の大半が魔法を使えないらしいぞ。俺とアミルには影響がなかったんだが、一体何が起きているんだろうな?」
この国の出身じゃない彼らには、ミトラスの死による影響がないのだろう。魔力を失った者は、生まれた時にミトラスの祝福によって魔力を得た者だけだ。
「朝っぱらから客が押し寄せてきたと思ったら、剣や槍が飛ぶように売れて……おかげで在庫切れだよ。魔法が使えないから護身用ってことだと思うけどさ、今まで魔法に頼りきった奴らに使えるとも思えないな」
「全員が魔力を失ったわけじゃないと思うが、魔法が使えない奴らは職を失う可能性が高い。ユミルの武器を使って強盗するってことも十分ありえるからな……気をつけろよ」
「武器屋に武器売るなってか? まぁ売るものはもう無いけどな」
カバンからミトラスのレイピアを取り出す。
「ユミル、この武器直せるか?」
ユミルが武器を見た瞬間に顔色を変える。俺の手から武器を奪い取ると、睨みつけてきた。
「……全てが繋がったぞ、お前まさかミトラス様を殺したのか? この武器は見たことがある、神器ミストラルロッドだ。ミトラス様が持っていたはず」
そんな有名な武器だったんですか……どうやってごまかそう。
「拾ったんだよね! それ」
「俺に嘘をつかなくてもいい、別に役人に突き出すつもりもないからな。だが、今の状況はミトラス様が死んだからと考えれば全てが納得いく」
完全にばれた。武器屋にミトラスの武器を見せるとか、少し考えればヤバイとわかるのに不用意すぎたな。
「……昨日ミトラスを殺した。その時に手に入れたんだ」
ユミルが深い溜息をつく、刀身と柄の部分を繋ぎ合わせてからミストラルロッドに魔力を込め始めた。
「こいつは魔力を大量に流し込めば自己修復するんだ。俺の魔力量だと修復するだけでほとんど魔力を使い果たしてしまうけどな。剣から杖に戻す魔力は残っていないから、自分でどうにかしてくれよ」
言ってユミルが俺に剣を手渡してきた。
『剣から杖に変わるのか?』
『持ち替えたとでも思っていたのか、アレは魔力しだいで形状を変える神器だぞ』
自分の手にある剣をまじまじと眺める。とりあえず人目につかないようにカバンにしまっておこう。




