失った心、手に入れたモノ⑤
瞬間的に火魔法を出してあたりを明るくすることはできたが、ミトラスの姿を見つける頃には攻撃を受けてしまうだろう。
むしろ、攻撃先をハッキリと確認させてしまうので余計に不利になってしまうようにも思えた。
「闇は我の領域だ、ゆっくりと切り刻んでくれる」
居場所は声がする方向で何となく分かるが、そこに留まっているはずもない。当てずっぽうに魔法を使うのは悪手と言えよう。
『範囲魔法を使うしかないか?』
『お前は困ったら範囲魔法だな、この状況下で撃ったらクリスにも当たるぞ、少し考えれば分かるだろう。仮にクリスがいなかったとしても、対抗魔法で消されるだけだ』
レジストしようにもミトラスがいる方向がわからないため上手く発動できない、そうこうしている内に全身は真空渦竜巻で切り刻まれていた。
「ハハハ、クロスレインはレジストが得意だったな……確実に殺すためにも止めは魔法ではなく、この手で心臓を握りつぶしてくれよう」
クリスの方もかなりのダメージを受けているらしく、たまに飛んでくる治癒風の効果もだんだんと弱くなっていた。
「右腕の感覚が無い、どうにか繋がっているとは思うのだがダメージは深刻だ」
クリスの助けはこれ以上期待できない。むしろ、ここまで持ったのはクリスのおかげだ……考えろ、奴は勝ちを確信しているはずだ。そんな時にこそ勝機は訪れる。
「観念したのか? 動かなければ一瞬で殺してやるぞ!」
遠くから、地面を蹴る音がした。一気に決めるつもりのようだ。
『クロ! 俺の足元に火葬だ』
足元に魔法陣が発動すると同時に水晶剣で斬りつける、俺自身も三割ほどの魔力を込めて足元に火葬を展開し、剣で斬り裂いた。
「血迷ったか、どこに剣を振るっているのだ」
「こいつの特性を生かしているのさ」
少しずつだがあたりが明るくなり始める……ミトラスの姿は……正面か!
ミトラスは自分の姿が見えている事に気がついていないようだ。心臓を狙ってきた突きを回避しながらその右腕に黒双剣を振り下ろす。
肉を切断する感触が手に伝わってくる、振り切るとミトラスの右腕が宙に舞った。
『そうか、その剣は魔法を斬ると高濃度の魔素が噴出されるのだったな、少しではあるが室内が明るくなったようだ……』
ミトラスのほうを見ると、肉の焼けるような臭いがしてくる。止血代わりに右腕の切断面を火魔法で焼いたようだ。
『なるほど、奴は回復魔法を受け付けない体なのか、よほど効果がでないかのどちらかなのだろう。できれば先ほどの一撃で決めたかったが仕方あるまい』
『さっきのレジストし続けろって指示は、接近戦に持ち込むためだったのか?』
『失敗に終わったがな……そのとおりだ。本当は私の魔法で決めるつもりだったのだが、火葬を使っていたため出来なかった』
結果的にミトラスに深刻なダメージを与えたことは間違いない。だが、これ以上時間をかけると再び光を奪われる可能性がある。
「認めようではないか、お前たちは強い……しかし、最後に勝つのは我だ!」
ミトラスが魔力を振り絞っている。俺とクリスも魔力が枯渇するのは時間の問題だった。
「クリス、おそらく次で決着が付く。俺がミトラスに突っ込んだら、今できる最大の捕縛魔法をミトラスに唱えてくれ」
「構わないが、効果があるとは思えないな。奴は容易にレジストしてくるだろう」
クリスの心配は最もだ。
「……俺に考えがある、信じて欲しい」
距離は三十メートルほど、全速力で駆け寄るが爆破魔法の影響で足場が非常に悪い。だが、空を飛べない今、相手も条件は同じだ!
「……突風よ絡みつけ! 螺旋風」
クリスが魔法を唱えると、ミトラスを中心に強力な風が渦を巻いている。アンネリーゼも最後の力を振り絞っているかの様だ。
「まだ分からぬか、全ての魔法は我の前では無力だ!」
おそらく対抗魔法を使ったのだろう、風の渦がキレイに消失する。
「まだだ、風よ縛れ!」
魔法が消失したところで螺旋風をイメージする。すると、再び螺旋状に風が渦を巻き始めた。
「この程度の魔法、我にはまだレジストがある! *** 螺旋風!」
ここまでは予想どおり、あと一押しで勝てる!
「クロ! もう一度だっ!」
「わかっている、螺旋風!」
再度強風がミトラスの自由を奪っていく、残された左腕で必死の抵抗をするが無駄な足掻きだ。
「バカな! 魔法の再使用制限を無視するだと。我にも出来ぬ業だぞ!」
対抗魔法は非常に強力なスキルだが、再使用制限がある。同時に魔法も使えるため、奴は最大二つの魔法を同時に消すことが可能だ。
クロと俺で同時に魔法が使えたところで条件は同じ。しかし、クリスのおかげで一手増やすことができた。今回はその一手が決め手になる!
「無視はしていない、俺とクロは詠唱形態が別々なだけだ」
暴風の中では近づいて剣を抜くだけでも一苦労だった。しかし、時間をかけるわけにはいかない。
最後の力を振り絞って黒双剣を抜くと同時に逆袈裟斬りを放つ……剣線はキレイな弧を描き右脇腹から左腕までを切断した。
ミトラスの腹部から内臓が地面にずり落ちる、あたり一面は血の海だ。上半身はそのまま後ろに倒れ、下半身は膝から折れるように前のめりに倒れてきた。
俺自身も力を枯渇しかけており、立っているのがやっとだ。クリスを見るとすでに気を失っているようだった。アンネリーゼも姿を消している。
……倒れた上半身は力なく天を仰いでいる。ミトラスが静かに口を開いた。
「また、我の負けだ……イグメリストには勝てないな……」
「お前の体が完全だったら、一撃で消し飛んでいたよ……これで私の十二勝三敗だな」
ミトラスがやさしく笑う。
「ハハッ、間違えているぞ。十二勝四敗だ……そこのお前、クロと言ったか? 忌み子として生まれ、国……いや、我のせいで辛い思いをしたのだろう。謝っても許される問題ではないが、ここに謝罪する」
突然の言葉に固まってしまった。
『クロ、ミトラスはどうしたんだ? さっきまでと様子が全然違うぞ』
「ミトラス、正気に戻ったのか?」
クロが地面に降り立ちミトラスに近づいていく。
「夢を見ていたようだ……信徒の話では、現世に復活できたのは創世神アステア様のおかげと言われた。しかし、憑依した肉体には呪いをかけられていたのだ……我はアステアの操り人形として民に酷いことを強いた……言い訳も出来ないくらいにな」
「……そうか、お前は昔から人々が楽に暮らせるようにと色々な魔法を考えていたからな……そんなお前が操られていたとはいえ、民を虐げなければならなかった……数百年も苦しかっただろう」
徐々にミトラスの瞳から生気が失われていく。それでも何かを伝えようと必死に抵抗しているようだった。
「このように話せるということは、呪いから解放された……つまり、この肉体との繋がりが切れたのだろう……もう残された時間は少ない……クロスレイン、民は強い……神など必要ないのかもしれないな……今度こそ、アステアを止めてくれ……」
「ああ、次に会うときはカグラと三人で酒を飲もう」
クロがそう言うと、ミトラスがわずかに微笑んだ。
「そう……だな、あいつは……仲間はずれにするとすぐに泣く……から………」
最後まで言い切ることなく、その目を瞑る。だが、その顔は安心して眠ったかのように、やすらかな表情だった。
魔力が完全に消えると、ミトラスの体が光の粒となり部屋中に広がる。
「全ては私のせいだな……」
クロが光の粒を見上げていた。部屋いっぱいに蛍が飛んでいるかのような幻想的な光景……最後の別れを告げているかのようだった。
「クロ……ミトラスは最後に笑っていたよ。お前は間違っていない」
「お前にその台詞を取られるとはな、ありがとう」
クロはいつもどおりに胸の内ポケットに潜り込む。そろそろ迷宮から出ないと、兵士たちがミトラスの様子を確認しに来るかもしれない。早いうちに脱出しよう。




