失った心、手に入れたモノ③
ミトラスは憎しみに支配されているようだ。もはや会話は不可能と言っていいだろう、護衛たちのほうを見るとすでに姿はなく、クリスと戦闘中なのかもしれない。
「私の本当の姿を見せてやる」
そう言うと、体が膨張していく……背中からローブを突き破り、茶色い羽毛に覆われた翼が生える。目がギョロリと大きくなると、上半身が羽毛に覆われ鳥のような顔になった。
「梟みたいだ……」
『魔物化の理由はわからないが、人と強制結合した影響かもしれない。だが、人型の時よりも大幅に魔力が高まっているぞ』
「風を纏いて切り刻め、風の追跡者」
ミトラスが大きく翼を開き、羽ばたかせると無数の羽が飛んできた。幾度となく回避をするが羽は執拗に追尾をしてくる。
『全ての羽に風刃付与が付与されていると考えた方がいい』
避けても避けても勢いが衰える様子はない……こうなったら叩き落とすしかないようだ。前方に岩石弾を出現させて撃ち落とす。残りは氷柱棺を出現させて受け止めた。
「詠唱なしか、クロスレインの特性を受け継いでいるようだな……おっと、精霊と契約できない落ちこぼれだから、奴と手を組んだのか」
言ってミトラスが侮蔑の視線を向けてくる。
奴に先手を取らせていては勝ち目がない。ここは剣術で突破口を開く! 疾風速と身体強化で加速し、頭を割るつもりで縦一文字の斬撃を放つ。
「なかなか俊敏な動きだな、剣の腕も悪くない」
確実にとらえたと思ったのだが、簡単に受け止められてしまった。ミトラスの右腕に握られていた杖がいつの間にか細身の剣……レイピアらしきものに変わっている。
か細い刀身はすぐにも折れそうなのに、ビクともしない……何て硬度だ。
このままではこちらの剣が折れてしまうので、慌ててミトラスと距離を取る。しかし、逃がすものかと言わんばかりにレイピアをこちらに向けてくる。
「その両目を抉って、鼻も削いでやるぞ! 少しはマシな顔になるだろう」
そう言い放つと、レイピアの基本動作である突きを主体に攻勢に出てきた。剣筋を見切ろうにも直線的な突きは、最短距離で俺の急所を的確に狙ってくる……回避をするだけでも精一杯だ。
『魔法だけじゃないのかよ!』
『その程度で神を名乗れるわけがないだろう、全ての神が物理と魔法ともに高い次元で身に着けている』
簡単に倒せるとは思っていなかったが、物理で戦う作戦がダメとなると厳しいことになりそうだ。
「逃げるのが得意なのか? イグメリストと同じだな」
『どんだけ恨まれているんだよ、クロ』
『百回殺しても足りないくらい、だろうな』
クロさん冷静すぎるよ、慌てふためいている姿を見せられても困るけど……少しずつだが突き主体の攻撃にも慣れてきた。
回避にも余裕が出てきたので、攻撃の合間に魔法を何回か発動させたのだが、全てがミトラスの目の前で消失してしまう。
『レジスト? 奴が魔法を唱えるそぶりはなかったぞ』
『もう忘れたのか、あれが対抗魔法だ』
「私に魔法は通用しない。クロスレインの最強魔法であろうが打ち消せる」
打つ手なしとはこのことだろうか、不完全な状態でここまで強いとなると、完全体ではどうなるのか……。
『クロ、手詰まりだ、そう言えば何か考えがあったんじゃないか?』
『わかった。とにかく奴の魔法をレジストして、魔法を撃っても無駄と思わせるのだ』
……難しいことはクロに任せておこう、俺は長期戦に持ち込めばいいのか。
両翼を大きく開き、風の追跡者を再び放ってくる。先ほどと違って直線的な攻撃だ。水晶剣で叩き落とすこともできそうだが、切り札を見せる必要はない……ここは避けておこう。
魔法効果が付与された羽が雨のように降ってくるが、間を縫って回避する。
なぜ追尾してこないか不思議に思ったのだが答えはすぐに分かった。羽は地面に突き刺さると同時に爆発し、爆風によって俺の体が前に吹き飛ばされる。
あたりは砂煙にと爆煙によって視界がさえぎられている、すぐに立ち上がるが全身殴られたかのような痛みが残っていた。
「あれも風魔法なのか!」
思わず声に出してしまった。爆風だけでもこの威力、あんなのを直接受けたら五体がバラバラになるぞ。
「複合魔法をしらないのか? 単調な魔法しか使えぬ下等生物が」
複合魔法……たしか死霊の手も死と土の複合魔法だったな……。
『複数の精霊と契約することで発現する特殊魔法だ。お前の場合は見て覚えるしかない』
奴の魔法をコピーしようにも俺には羽がない、代用品としてカバンから銅の短剣を取り出し、ウィンドストーカーと爆発をイメージしてから放つ。
「魔法のコピーか、下種な技だな」
対抗魔法を使っても、短剣自体は消滅しない。
ミトラスが短剣を回避する方向を予測し距離を詰める、ミトラスの腕を斬りつけることに成功したのだが、かすり傷程度だ。
このまま追撃したいところだったのだが、足元が爆破魔法の影響で穴だらけとなっており、うまく近づくことが出来ない。
『機動力も奪ってきたか、奴は空が飛べるからな。不利になるのは私たちだけだ』
空を飛んだら不利になる状況を作ればいいってことか……上空に花の円舞曲を唱え、花びらの刃を無数に出現させる。
「傷だらけになりたくなければ地面に降りてくるんだな」
「愚かな! 吹き荒べ暴風よ、真空渦竜巻」
ミトラスを中心に竜巻が複数発生する。アンネリーゼが使った突風の魔法とは違い、目に見ることができるほどの強力な風の塊だ。
全ての花びらを巻き込みながらこちらを目がけて襲いかかってきた。花びらの刃も合わさった複数の竜巻、威力は想像を絶する。
「残念だったな、切り刻まれるのはお前のほうだ」
二種類の魔法が混ざっているためレジストしてもどちらかを喰らってしまうだろう。両方レジストしたいが、俺は花の円舞曲を唱えたばかりで再使用制限がかかり不可能だ。
……使うなら今しかない、水晶剣を抜き竜巻を切り刻んでいく。竜巻を消滅させる過程で少しだけ花びらに斬られてしまったが問題ないレベルと言えよう。
「魔法が消滅していく……その剣は何だ!」
ぶっつけ本番だったがうまくいってよかった。ミトラスのほうは俺以上に動揺している、今がチャンスだ。
「誘惑!」
部屋中がまばゆい光に包まれる。奴の目が梟と同じ性質をもっているかはわからないが、効果はあるはずだ。
ミトラスは慌てて目を手で覆っているが、その行動が命取りである。黒双剣に持ち替えてから背後に回り込み、大きな翼を切り裂いた。
回復するのにどれだけかかるかわからないが、厄介な羽魔法を封じることができただろう。
「……貴様ァ! 真空の刃よ切断しろ、真空刃」
ミトラスの全身から真空の刃が飛び出す。
至近距離からの一撃は、レジストが間に合わず全身を切り裂かれてしまった。自動回復で回復する許容量を超えている。特に左足と右腹部からの出血が酷い。
意識が一瞬飛びかけたが、あまりの痛みに意識を繋ぎとめられた。動くたびに肉がちぎれるような感覚が襲いかかって来る。
『こんなことなら、回復魔法を覚えておけばよかった』
『痛覚麻痺を使うか?』
『……戦闘に必要な他の感覚まで持っていかれるからダメだ。格上相手には致命的すぎる』
慌てて距離をとるが、傷ついた左足を庇いながらでは上手くバランスがとれない。しばらくは近距離での戦闘は無理だ。ミトラスのほうはこの機を逃すまいと追撃を仕掛けてくる。
この状態ではレイピアを回避することができず、全身を突かれていく。最小限度の動きで急所だけは避けているが、時間の問題だろう。
「この体を回復するのにどれだけの時間が必要だと思っているのだ! 我の怒りを思い知るがいい!」
目の前にミトラスの渾身の一撃が迫る、思わず左足で踏み込んでしまったためバランスを崩してしまった。このままでは避けられない!
キィイイン!
甲高い金属音とともに、目の前に折れたレイピアの剣先が突き刺さった。ミトラスから俺を庇うかのように、黒いスーツを着た男が立っている。
「……待たせた、交渉は決裂ってところか」
「遅せぇよ……」




