失った心、手に入れたモノ②
「早速だが、今日の予定を話す。ミトラスは護衛四人と迷宮に潜ることになっている。場所は一階の中央部の広い部屋だ、なぜそこに毎月行くのかはわからないが、そこに一時間ほど滞在しているはず」
『魔力は中央部分が一番高くなっている、そこで魔力の回復を図るのだろう』
魔力適性が体と馴染んでいないから、高濃度の魔素じゃないと回復できないんだっけ。
『下に潜った方が、魔力濃度が高くなるのに一階で回復するのか?』
言ってクロがため息をつく。
『そのために魔物を倒して魔力を使ったら意味がないだろう、安全性を考えて一階にしていると思うぞ。下なら五分で回復するからといって、二時間かけて潜るか? 転移をすれば下層に行くことは可能だが、他の冒険者に会いたくないのだろう』
いちいちむかつく言い方をしてくるな、でもごもっともな意見だ。
……そうか、レッドキャップクエストの報酬が破格だと思ったのだが、ミトラスのためでもあったのか。
『そうかもしれないな、あれでは中央部にたどり着けない』
「どうした? 何かわからないことがあったのか」
黙っている俺をみてクリスが心配になったようだ。俺は手を振り「考え事をしていただけだ」と言った。
「そうか、なら続けるぞ、中央部にはミトラスが一人で入り護衛は外で待機となる……狙うならそこだ。あらかじめリオンには部屋で待機してもらい、ミトラスが入ったところで私が護衛四人を襲う。その隙にミトラスと話をしてくれ」
「わかった、こちらも戦うことになったら広い場所がありがたい。通路だと機動力も落ちてしまうからな……クリスのほうは大丈夫か? 通路では戦いにくいだろう」
「問題ない、一瞬で決める」
頼もしい一言だ。そのプランでいくことにした。
「今の時間は十六時三十分……北門から出ると、門番に警戒される可能性がある。時間はかかるけど、東門から外に出て迷宮を目指そう」
それなら待ち合わせを北門近くにしなければ良かったな……店の外に出ると、暗くなり始めていた。少し肌寒いのでローブを着て東門を目指す。
『今日もおっさんのご飯が食べられなかったな』
『……明日食べればいいだろう』
明日か……そのためには生きて帰らないとな。
迷宮に到着したころには、辺りは真っ暗になっていた。
「顔を隠した方がいい、話の流れ次第では神に刃向かうことになるのだろう? 護衛の連中に見られたら俺と同じ賞金首だ」
クリスはいつもの恰好に青い眼帯をしている。俺は真紅のローブに赤い眼帯を装備している、一見赤大好きっ子みたいだ。
迷宮に潜ってから中央部までは十五分とかからなかった。現在の時刻は十八時三十分……さすがに少し早すぎたか。
持ち物の最終チェックと装備品の点検をしながら時間を潰す。
クリスは部屋の手前の通路に身を潜めている。
『クロがミトラスと話をするか?』
『いや、最初はお前に任せる、必要になったら勝手に話すから気にしないでくれ』
『参考までに、ミトラスの得意な魔法と注意することを教えてくれないか』
『奴は魔導の神、既存の魔法は全部使える。特に風魔法が得意だったはずだ。ミトラスのとっておきスキルは対抗魔法……あらゆる魔法を無効化する』
魔法で戦っては勝ち目がなさそうだな、対抗魔法って卑怯すぎるだろ。魔法ではなくてスキルってのも面倒だ、魔法を使いながら俺の魔法を打ち消せることになる。
『スキルってことは鏡写しすれば俺も使えるのか?』
『神のユニークスキルだから、お前では逆立ちしても不可能だろうな』
そこまで言うか……クロさん逆立ちの比喩が好きね。
『弱点ではないが、魔法と同じで再使用制限は当然ある。魔法を当てるにはそこを狙うしかない』
戦わなくてすむのが一番だけど、戦闘になったら物理で押していくか。時計を確認すると二十時をまわっている。
『……そろそろだな』
遠くから足音が聞こえてきた、規則正しい足音は少しずつ大きくなる。部屋の中に入ってきたのは、二十代くらいの若い男だった。
『おい、あれがミトラスか? 俺は白い髭をたくわえたおじいちゃんを想像していたぞ』
『間違いないな、魔力は比べ物にならないくらい低くなっているがミトラスだ。神の肉体は歳をとらないから数百年前からあの姿なのだろう』
服装は白いローブの上に左肩から赤い一枚布を体に巻きつけている。右手には金色の杖を持っており、神聖な雰囲気を身にまとっていた。茶色い髪に、大きな瞳……幼い顔つきをしているはずなのに、その表情からは王たる貫禄が感じられる。
「誰だ?」
俺に気が付いたようだ、全てを見通すかのような目に睨みつけられる。
「突然申し訳ありません、私の名前は……クロです。今日はミトラス様にお願いがあり、失礼を承知でお待ちしていました」
『勝手に私の名前を使うな』
『とっさに思いつかなかったんだよ』
顔を隠したところで本名を名乗ったら意味がない、直前で気が付いたため偽名が思いつかなかった。
「我に願い……? 申してみよ」
「この国の魔法至上主義と魔力が低い者への人体実験のようなことはやめて、人を平等に扱ってもらえませんか?」
「なぜ、そんなことをしなければならないのだ?」
「魔法なんて無くても人は可能性を見出すことができます、魔法が使えないだけで虐げられ動物のように実験で殺される。そんなことは間違っています」
「何が間違っているのだ? 我が祝福を受けられぬ者に人としての価値はない」
言いたいことはたくさんあるが、この国に生まれながら祝福を受けられない人が存在する理由を確認しておきたい。
「ミトラス様の祝福の効果は、この国で生まれたものは全員魔法が使えるようになるはずですよね? 使えない者がなぜ現れるのですか」
「我の支配下に置かれし者に魔導の力を与える……引き換えに他者を思いやる心を失うがな……失うものが大きいほど魔力も大きくなる。その程度の代償で強大な魔力を手に入れられるのだ、素晴らしいだろう」
「ちょっと待ってください、実験台となる者たちは思いやりの心を持っていました、今の話では彼らがあなたの祝福を受けられない理由がない」
ミトラスは「ほう」と短く呟き、こちらに体を向けてきた。
「少しは国の実情を知っているようだな、お前の言うとおりだ……理由は簡単でな、みんながみんな強大な魔力を持つようになっては、民は我に対して感謝の気持ちを持たなくなるだろう。祝福が受けられない、持たざる者の存在があるからこそ、多数の持てる者たちは彼らを見下し優越感に浸る……そして我に感謝するのだ。魔力があって良かった、私は選ばれたんだ、とな」
「そんなことはない! 魔法が使えなくたって人は生きていける。しかし、人を思いやる心が無ければ魔物と同じじゃないか」
思わず声を荒げてしまった。これが神の考え方なのか……。
「魔物は同胞を襲わない、お前たち人は殺しあうのが好きなのだろう? 魔物よりも凶悪で醜悪な生き物だぞ」
「殺し合いをするように仕向けているのはミトラス……お前じゃないのか!」
「……我に意見できるとは……この国の出身ではないのか? いや、感情も持ちながら高い魔力を有している……お前は忌み子だな、この祝福は忌み子を殺すためのシステムでもあるのに、こうやって生き延びているとは……再考すべきか」
「忌み子を殺すシステム? どういうことだ」
「ハハッ、賢いかと思ったが阿呆だったようだな。この地には魔神が眠っているため、忌み子が生まれる確率が他の国よりも高いのだ。アステア様のお力で精霊と契約できないようにしてあるが、災厄の元となる忌み子は早く殺す必要がある。広い国で忌み子を効率的に探すためにはどうすればいいか……忌み子は魔法が使えない。ならば他の全員は魔法が使えるようにすればいい。でも、それだけではさっきも話したように人は満足しない。そこで我は思いついたのだよ」
「……魔法至上主義に祝福の選別か」
「そのとおり、思いやりの心があったら隣人を簡単に殺せないだろう? だから余計な感情を捨ててやった。あとは国のシステムとして魔法が使えない者を残らず処分していけば、わざわざ忌み子を探す必要もない、国民も弱者を虐げることで快感を得る。全てが上手く廻るようになっているのだ」
そんなことのためにイリアは死んだのか……。
「そんなのは祝福なんかじゃない、ただの呪いだ!」
怒りをぶつけるが、ミトラスのほうはお構いなしに話を続ける。
「呪いか、うまいことを言うな。この国は呪われている……私自身も魔神のせいでこのような体になってしまった。近くにいると考えるだけで全てを破壊したくなる。諸悪の根源を見つけようにもうまく隠れていて見つけられない」
クロがポケットから顔を出す。
「それは私のことか? ミトラス、久しいな……千年前とはまるで別人だ」
今まで無表情だったミトラスがクロの言葉に反応を示した。徐々に憎しみに満ちた顔になっていく。魔力の影響なのか、ミトラスの周りの空間が歪んで見える。
「……会いたかったぞ、クロスレイン・イグメリストォ! お前のせいで我はこんな体になってしまった。百回殺しても足りないくらいだ」
「私のセリフだ、神として神民を苦しめるその行為……お前こそ魔神と呼ばれるべきだ。体が合わなくて苦しいようだな? すぐに楽にしてやるぞ」




