失った心、手に入れたモノ①
翌日は朝一番にギルドへ行くことにした。
もしかしたら昨日の出来事は夢で、今日もいつも通りギルドに出勤しているかもしれない……ホワイトボードを確認するがハルカの名前は書かれていなかった。ギルド内を見回しているとクリスの姿を見つけることができたので、カウンターに腰をかける。
「クリスさん、ハルカさんは……?」
「ハルカですか? 昨日、退職しましたよ。いきなりだったから本当に迷惑な話ですよ……何でも結婚するんだとか、多分ですけど故郷のカグロスに帰ったんじゃないですかね。騒がしい奴だったけど、いなくなると何だか寂しいですね」
ハルカさんはカグロス出身だったのか、クリスの言っていた亜人たちの国……ハルカさんも亜人だったのだろうか。
「……そうですか、結婚するんですね。きっとハルカさんなら幸せになりますよ」
言いながら思わず涙が出そうになったが、出来る限り平静を装った。
焼け焦げた庭、月明かりに照らされて立つ満開の桜……初めは薄桃色だった花びらが二人の命を吸って血のような紅色に染まっていく姿が、今も目に焼きついて離れない。ハルカさんは今もどこかで幸せな結婚生活を送っている……そう思うことにしよう。
「それはそうと……」
クリスが近づいてきて小声で話し始めた。
「コーラスの屋敷はどうでしたか? 今朝護衛たちの死体が見つかって大騒ぎですよ……肝心のコーラスは見つかりませんし……不確定な情報ですけど、聖庁はコーラスをリドルとして指名手配するつもりですよ」
「昨日コーラスの屋敷で紫色のローブの女と戦ったよ……あと一歩まで追い詰めたんだけどコーラスを道連れに死んでしまった」
チクリと胸が痛む……救えなかった沢山の命。
「あいつは女だったんですか? 体が小さいとは思いましたが……どちらにせよコーラスが死んだのは嬉しい誤算です、手間が省けてよかった」
クリスが冷たく言い放つ。
「……………」
文句を言いたかったが何も言葉が出てこなかった。このクリスの様子を見る限り、昨日ハルカからコーラスを助けたところでいずれはクリスが殺していただろう。
……今回の目的は偽リドルの撃退。それは達成できた……クリスにしても復讐対象が一人減った。結果だけ見れば問題ないように思える。
『それ以上考えるな、お前は最善を尽くしたよ。どうやっても結果は変わらない。お前がクエストを受けなくても、結局クリスとハルカが殺しあっていただけだ。クリスは容赦しないからな、護衛ごと殺しているだろうからどのみち死体の数は変わらない。今はとにかく夜のことに集中してくれ』
『……慰めになっていないぞ。考えるのは止められないけど、クロの言うとおりだな。今はミトラスに集中する』
クエストの成否については、依頼者失踪のため補償額が支払われることになった、クエスト内容は「コーラス侯爵の話を聞く」こと、話を聞いたことに違いはないので文面だけ見れば成功となっている。
金貨十枚で登録されていたようで、半額の五枚が支払われた。報酬額は昨日登録されたらしく、手数料が発生しているとのことだ。
内訳としては、侯爵の供託金が金貨二枚、ギルドの補償で金貨三枚らしい。手数料は冒険者の収入を保証する性質も持っているようだ。報酬総額の十パーセントが手数料となるため、銀貨五枚をクリスに支払う。
━━クリスとは十五時に北門近くの喫茶店で再度会う約束をしている、ギルドでの用事を終えたのでユミルの店に向かった。
店に入ると、めずらしくカウンターに座っている。今日もあのアラームを聞かなくて済むかと思うと、心底ほっとする。
「来たか、剣はできているぞ」
指を刺している先を見ると、壁に立てかけられているのか? 柄だけが宙に浮いているように見える。近くに行くと、透明なガラスのような剣が置いてあった。
「キレイだけど脆そうな剣だな……」
「クリスタルゴーレムの素材で出来ているからな、鉄よりもずっと硬いぞ。まぁ問題点もあるが……」
ユミルの剣に問題がなかったことがない。
「どんな問題なんだ?」
「切れ味は紅蓮鋼と同じで無いに等しいが、魔力を斬る事が出来る」
「うーん、もう少し分かりやすく説明してくれ」
ユミルは肩をすくめながら話を続けた。
「つまり、魔法を斬ることができるんだ。さらに斬った魔法は剣に吸収され、装備者の周りに高濃度の魔素を噴出する。強力な魔法は吸収しきれないから気をつけろよ」
高濃度の魔素ってことは、魔力の回復速度が上がるってことか。
「物理系相手には朱双剣、魔法系相手にはコイツってことだな」
「そのとおり、戦闘の幅は広がっただろう、でも融合するときは朱双剣につけるなよ……重くて斬れないだけだからな」
「黒双剣しか選択肢がないってことか」
「ああ、だが火魔法には注意してくれ……浮遊鋼の弱点が消えないからな」
相変わらず剣に名前はついていなかったので、水晶剣と名付けた。気になる代金は四十万トラス、思ったよりも安く済んだ。
「それとこれを受け取ってくれ」
ユミルから鋼糸のシャツを受け取る。
「アミルが新作の服に足りない素材を狩りに迷宮に潜っているんだ、リオンが来たら渡してほしいと言われていた」
「え、アミルさん一人で潜っているのか?」
ユミルは何を驚いていると言わんばかりの表情を浮かべる。
「あいつは相当強いぞ、多分俺とリオンの二人がかりでも負ける」
マジか……あのおっとりした立ち居振る舞いからは想像もつかない。
『本当だ、あいつは潜在魔力がお前とは桁違いだ……普段はうまく隠しているがな』
まだまだ井の中の蛙だったってことね、精進します。
つまり今日はアミルさんには会えないのか……スリープシープの服がボロボロだったので修理してほしかったのだが、また今度頼もう。
良心的は価格で確かな腕……この兄妹に出会えて本当に良かったな。
まだクリスとの待ち合わせまで時間があるから、コーラスの屋敷を確認に行くことにする。
屋敷の近くに行くと、あの桜の木が見えている。時期外れの桜に見物客が多いかと思ったのだが誰もいなかった。死体がたくさんあったし不気味で近寄らないのかもしれない。
正門が開いたままになっていたので、中に入る。遠目から見える分には屋敷の中の金品は全て運び出されているようだ。
桜の木の根元まで来ると、地面が光ったような気がした。よく見ると木の根元にハルカのトレードマークだった瓶底眼鏡が刺さっている。
夢のわけがないよな……瓶底眼鏡を引っ張り出しカバンにしまう。何となくだけど、いつかカグロスに持って行って埋めてあげよう。
━━夕方になり、喫茶店でクリスを待っているが中々来ない……時刻はすでに十六時を過ぎている。
迷宮名鑑を読みながら時間を潰していると、近くに人の気配がしたので顔を上げるとクリスがいつの間にか目の前の席に座っていた。
「待たせたね、仕事が長引いてしまって……手続きに時間がかかってしまったんだ」
「気にしなくていいよ、俺は落ち着かないから早く来ていただけだし」
『一見ホモカップルだな』
言われて気が付く、周りは男女のペアか女同士しかおらず、奇異の視線を浴びている……前回の失敗を繰り返してしまったようだ。




