咲き誇る花、相容れぬ二人⑥
……あっけなさすぎる。もう終わったのか? ハルカの死体に近づいていくと、動くはずのない胴体が突然動きだし脹脛にナイフを突き立ててきた。スリープシープの服には防刃機能が備わっていないため、簡単に貫通する。
とっさに刺された足で、ハルカの腕を蹴り上げるが丸太を蹴ったかのような感触だ。痛覚麻痺を即座にかけたので痛みを強く感じないが、早く回復をしたほうがいいだろう。
「どうしたの? ゴミを処分するんじゃなかったのかしら」
声がしたほうを振り向くと、ニヤニヤと笑みを浮かべたハルカの生首が宙を浮いていた……頭がおかしくなってしまったのだろうか。ハルカの生首がどんどん分裂していく、気が付けばナイフを持った胴体にも四方を囲まれていた。
『やられた、幻術をかけられている、奴は瞳術以外の幻術も使えるようだ』
……それが分かったところで、現状は変わらない。分析はクロに任せて俺は出来ることをやっていく。
手始めに近くの胴体に水弾を放つ、胴体を穴だらけにするが倒れる気配が無い。
『実体が捉えられない……ここは範囲魔法を使うべきか?』
『待て、おそらくだが近くに本体はいない。サーチを使ってみたが魔力反応が消えている……場所が特定できない以上、無駄な魔力は使うな』
奴は魔力を隠匿できるのか? そうは言っても、このままでは嬲り殺しだ。
「あらあら、一体どこを向いているの? 何もしないなら私から行くわ。舞い踊れ、妖艶なる花達よ……花の円舞曲」
ハルカの声に応えるかのように、何もない空間に花びらが舞い始めた。むせ返るようなバラの匂い、戦いを忘れて見とれてしまうほど美しい。
「痛っ!」
切り裂かれるような痛みに我に返ると、花びらの触れた頬に血が流れ落ちる、まるで鋭利な刃物のようだ。
魔法障壁を展開するが、少しでも動くと花びらとぶつかってしまう……全身を守るだけの障壁を展開すると、膜が薄くなりあっという間に破壊されてしまう。
『この程度なら自動回復に任せろ、魔法障壁の多用は魔力がすぐに枯渇するぞ』
「さぁ花と踊りなさい、ステップを失敗したら傷だらけになるわよ」
辺り一面舞う花びらに囲まれている。これでは自由に動くことができない、しかも花びらのせいで視界が狭くなっている。
胴体が攻撃を仕掛けてくるが、速度が遅いため見切るのは簡単だ……しかし、避けるたびに花びらによって全身が切り裂かれる。
『そうか……匂いだ! 匂いで幻術を仕掛けてきている。匂いの原因を取り除けば解除できるかもしれない』
『匂い……庭園に咲いているバラが原因か?』
幻影なのか実体なのかわからない胴体からの攻撃を回避し続けたせいで、体は鋭利な花びらでボロボロになってしまった。
今は自動回復の効果で耐えてはいるが、これ以上のダメージは回復が追いつかない。
ハルカは魔法の再使用制限が解けたのか、宙に浮いている生首が何かを詠唱している……次の瞬間、一輪の花が心臓目がけて飛んできた。
慌てて左腕で庇うが、舞っている花びらに触れるたびに切り裂かれて激痛が走る。何とか心臓への直撃は防ぐことができたが、花の刺さった左腕は感覚が無くなり動かなくなってしまった。
『神経毒を付与しているようだ、当たり所が悪いと死ぬぞ』
『バラが原因なら庭ごと燃やせばいいってことだろ? 火炎蛇を使うぞ』
自分を中心に炎の渦が発生する。キレイな庭園を燃やすのは忍びないが、死にたくはない。首の無い胴体もろともバラ園を燃やしてやるぞ
炎の蛇が花びらを食い尽くすかのように宙を泳ぐ。その炎が舞っている花びらにも次々と引火していき、まるで火の雨が降っているようだ。
次にアンネリーゼが使っていた突風を引き起こす魔法を発動して、バラの香りから火の粉までを吹き飛ばした。
「この威力は炎と嵐の精霊……あなた、何種類の精霊と契約しているの!?」
「秘密に決まっているだろう」
少し時間が稼げたのでカバンから解毒薬を取り出し、左腕にかける。効果があるかはわからないが、何もしないよりはマシだろう。
徐々にハルカの胴体が本当の姿を現す、どうやら木の人形に囲まれていたらしい。
フレイムサーペントの直撃で炭になってしまったようだが、まだかすかに動いている。手にはナイフではなく木の杭のようなものを持っていた……召喚魔法だろうか?
宙に浮いていた、いくつものハルカの首は一つにまとまっていき最終的には後方にいたハルカ本体と首がつながった……どうやら、幻術から脱出できたようだな。
『幻術を解きつつ、敵の魔法も無効化したか……魔法の使い方がわかってきたようだな』
やっと首が繋がったところで悪いが、また離れてもらう。
加速して距離を詰める。まだ、毒を受けた左手の感覚が正常に戻っていなかったのか、首を刎ねるつもりが狙いを外してしまった……しかし、右腕の切断には成功したようだ。切り口から血が迸る。
「私の腕がぁぁ! よくもよくもよくもぉ!」
「その傷では出血多量で死ぬのも時間の問題だ、次で楽にしてやる」
後ずさりをするハルカにゆっくりと近づく。反撃のチャンスを狙っているようだが、お前の魔法はすべてレジストする。
「早くその女を殺せ!」
声の方を見ると、コーラスが屋敷の表に出てきていた。暗闇牢獄の効果が切れたのか? 暗闇から抜け出したところで、屋敷内の血の匂いと凄惨な光景に耐えられなかったのだろう。それならば一人で逃げ出して欲しかったのだが……。
『あいつは何を考えている!』
「ナルサス! 私を助けに来てくれたのね!」
ハルカがコーラスに駆け寄る。距離的にはハルカのほうが近い……しかし、全力で駆ければ俺の方が早いはずだ。
「私の想いに応えよ、誘惑!」
次の瞬間、前方から強い光が放たれる。
……今更だけど、真実の眼帯の弱点がわかった。瞬きができないため、光を思い切り見てしまう。とっさに手で覆ったが手遅れだったようだ。
すぐに光は収まったようだが、視界が真っ白にぼやけている……正常に戻るまでに時間がかかってしまった。
次に目に飛び込んできた光景は、コーラスに抱きかかえられたハルカの姿……ハルカの顔が青ざめており、唇は白くなっている……死期は近いようだ。
「ナルサス、これでずっと一緒よ……私とずっと……」
優しく頷くコーラスの表情は、先ほどとはまるで別人のようだ……最愛の人を見るような慈愛に満ちた眼差し、これは誘惑の効果だろうか。
そんなコーラスの顔を見上げると、満足したようにハルカは微笑みながら魔法を唱える。
「血を吸い尽くせ……召喚、喰魂花」
ハルカの足元に血で描かれた魔法陣が輝きだす、見たことのない禍々しい光だ。
『離れろ! 吸血植物を召喚したぞ』
地面が盛り上がると木が勢いよく突き出しコーラスとハルカを貫いた、そのまま二人を取り込みながら大きな木へと成長していく。大木へと成長した木はこちらを襲う気はなさそうだった。
「なんだよ、それ……」
見上げると木の枝に満開の薄紅色の花が……私の勝ちだと言わんばかりに咲き誇っていた。あれは桜か……? 雨のように花びらが舞い落ちる。この場にいた全員が死んだ……一人も守ることができないなんて……。
『心中を選ぶとは……相手の覚悟のほうが数段上だったな。お前を殺すことより、コーラスと結ばれることを優先した……ある意味強い相手だったよ』
『死んだら何の意味もないじゃないか……』
残ったのは罪悪感と敗北感……最初からハルカの奥にある狂気を見抜けていれば、死者の書を取りに行くこともなかった。クリスと殺し合うこともなかったはずだ……。
『誰かが戦う必要があった。お前にはその力があったのだ……帰ろう』
クロは他に何も言わなかった、
『そうだな、護衛たちの死体を弔ってあげたいけど、そのままにしておいた方が身元も確認しやすいだろう』




