咲き誇る花、相容れぬ二人⑤
目の前にいる紫色のローブを着た女性が黙って頷く。
「そうですよ、リオンさん。いつもは眼鏡をしているから気がつかなかったかもしれませんけど、ハルカです」
ストレートに垂らした髪に大きな瞳でこちらを見つめている、ギルドにいたあの垢抜けない姿とはまるで別人だ。
「ハ……ハルカさん、これは何の冗談ですか?」
「冗談? 私はいつも本気よ、ナルサスは私の婚約者……だって私達は愛し合っているのよ」
「ちょっと待ってくれ、ナルサスって誰だ、コーラスの名前なのか?」
「ああ、コーラスね……あなたも騙されたってこと、この人の本当の名前はナルサス、私の婚約者よ」
コーラスもあの様子では話を聞くことが出来ない。ハルカとの会話が完全にズレていることだけは何となく分かるのだが、確かめようが無い。
「ちょっと待ってくれ、頭の整理が追いつかない……なら何で護衛を雇う必要があるんだ」
俺の言葉に耳を貸す気がないのか、そのまま話を続ける。
「死んだと思ったのに王都で貴族をしているなんて思わなかったわ。せっかく会いに来ても恥ずかしいのか、知らないふりをするし……その時は社交界で出世することしか目に映っていなかったみたい……だから、私が負担を減らしてあげたのよ! 彼のためだと思えば、この手が血で汚れてもなんともないわ」
「……ハルカさんがリドルの真似をして貴族を殺していたのか……」
「さっきも言ったわよね、邪魔をするものは誰であろうと容赦はしないって」
本当にあのハルカさんなのか? とにかく今の状況は非常に不利だ、打開策を考えないと。
『クロ、幻術を解除する方法はないのか』
『奴が使ったのは、喪心人形と呼ばれる魔法だ。一度に広範囲を幻術にかけることができる反面拘束力は弱い、強い衝撃を与えれば正気に戻るはずだ。しかし、元に戻しても奴と目が合えば再び喪心人形の術中におちる可能性が高い』
『それなら簡単だな』
動きも遅く、一般人である侯爵の背後に回り込むのは容易い。コーラスの頭部に気絶しない程度の衝撃を与えてから暗闇牢獄を唱えると、侯爵の体が黒い球体に包まれていく。
少なくともこれでコーラスには手も出せないし、幻術も効かないはずだ。
「……なんだこれは! 何も見えないぞ、誰か助けてくれぇ!」
突然暗闇に襲われたせいかパニックを起こしている、無理もないか。
「コーラス侯爵落ち着いてください、状況を簡単に説明します。リドル……紫色のローブを着た侵入者が襲いかかってきたので、あなたを守るために闇の結界を張りました……暗闇で不安かもしれませんがその中に居れば安全です」
「そ……そうなのか! 早くリドルを殺してくれ」
その言葉にハルカが反応する。
「ナルサス、私です! あなたの婚約者です、覚えていますよね? 一緒にカグロスに帰りましょう、私はあなたが貴族かどうかなんて関係ありません。私のためにがんばる必要はないんですよ」
ハルカが必死にコーラスに語りかける。
「リドルは女だったのか……? 貴様のような狂った女など私は知らん! 私のそばに近寄る価値もないわ!」
言ってハルカの言葉を遮る。しかし、ハルカは眉一つ動かさない、能面のような表情だ。
「そうですか……可哀想に、リオンに洗脳されてしまったのですね。私がすぐに目を覚まして差し上げます」
強烈な殺意が俺に向かって放たれる。
『こいつにとってお前は邪魔者、いくら説得しても考え方が根底から違うから無意味だ。それにしても、この街のギルド職員は人殺ししかいないのか』
『笑えない冗談だな……ギルドで言っていたクリスの言葉を思い出すよ。ギルド職員を信用するなってね』
クリスにハルカ……お世話になった二人と殺し合いをすることになるとは思わなかった。もしかしたら、この世界には正常な人のほうが少ないのかもしれない。
「その眼帯は邪魔ね、人形たちよリオンから眼帯を奪いなさい」
号令とともに護衛たちが襲いかかってくる。
このままでは勝てない、とにかく外に出ないと! 通り抜けざまにメイドと執事の腹部に衝撃を与えて動きを止める。槍を突き出してきた門番二人は死霊の手で足を固定した。
とりあえず状況を整理する。
メイド三人に執事一人は行動不能、門番二人はしばらく動けない、護衛二人は動きを止めたいが魔法の再使用制限で無理……殺さずに倒すって本当に難しい。
正面玄関は開いたままになっていたので転がるように外に飛び出す。顔を上げると、中央庭園のバラが満開に咲いているのが目に映った。一面に強烈なバラの香りが漂っている。
『来たときは咲いていなかったよな?』
『ああ、バラが咲くには時期が少し早い』
後ろを見るとハルカと護衛二人がゆっくりと表に出てきた。
「キレイでしょう? 私とナルサスの再会と門出を祝福しているのよ」
奴の仕業か、どんな影響があるかわからない……まずは護衛二人を無力化することからだ。
『クロ、頼む』
護衛の後方に捕縛月季を発動させて二人を屋敷の中に引っ張り込む。そのままの勢いで玄関に氷柱棺を唱え、氷の扉を出現させた。これで簡単には外に出られないはずだ。
氷の向こう側がかすかに見える、護衛たちがこちらに来ようと氷を剣で削っているようだ。操られているためか、窓から外に出る知恵はないようだな。
「おもしろいわね、人形の命まで救おうとしているのかしら? 色々気を使って大変ね……私が解決してあげるわ」
ハルカの目が光ると、護衛達がピタリと動きを止めて反対側を振り向く。
そのまま倒れている執事とメイドたちに近づいていき、大きく剣を振り上げると次々と首を刎ねていった。しかし、腕が未熟なためかうまく切断できず、断末魔の叫びと耳を塞ぎたくなるようなうめき声が屋敷中に響き渡る。
「何だ……何が起きているんだ!」
コーラスが叫んでいる、無理もない……死にきれなかった者は正気を取り戻し、助けを求めている……が、しばらくするそのと声も聞こえなくなった。
一通りの処理を終えると、護衛たちは最後に自分の心臓を貫いてその場に倒れる……氷に阻まれてよく見えないが、死んだのは間違いないだろう。
「これでどうかしら? あなたの心配事も取り除いてあげたわ。感謝してほしいくらいよ」
人の命をなんだと思っているんだ……言い知れぬ怒りが込み上げる。
「お前が幻術を解除すればいいだけの話だろう! 殺す必要はなかったはずだ」
ハルカが心底可笑しそうに大きく笑う。
「アハハハ! そういえばそうね、この後全員の脚を斬るのはたしかに面倒だわ」
リドルの仕業にするための死体処理が面倒なだけで、罪もない人を殺したことは全く気にしていないようだ。
『こいつは自分とコーラス以外の命を何とも思っていない、早く始末しないと同じことを繰り返すぞ』
『どうにもならないのか? ハルカを正気に戻すことは……』
『まだそんなことを言っているのか? こいつはお前が相対してきた奴の中でも最高に狂っているぞ……こいつがお前の知っているハルカじゃなければすぐに殺す判断を下しているはずだ。クリスのときは目をつぶったが、さすがにこいつは見逃せない』
一瞬にして八人の命を奪い、ヘラヘラと笑っている……魔物よりも醜悪な存在になってしまった。
クロの言うとおり、知り合いだからって見逃そうとしている気持ちが確かにあった。そろそろ俺も覚悟を決める必要があるようだ。
「ハルカさん……コーラス侯爵はあなたの気持ちに応えるつもりはないようだ、あなた自身もたくさんの人を殺している。罪を償うつもりはないのか?」
「ナルサスはあなたを殺せば元に戻るわ、私の邪魔をするものはゴミ屑同然よ、リオンさんだって目の前にゴミがあったら捨てるでしょ? ゴミを処分することが罪になるのなら世界中の清掃員も全員死罪にするべきね」
「……人の命をゴミ扱いするような奴を俺は許すことはできない。ここで決着をつける」
ハルカとの距離を一気に詰める、まずは喉を潰して詠唱を遮る。風刃を纏った手刀で喉を狙い思い切り振りぬくと、ハルカの首が宙を舞った。
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