利己主義の国、狂人たちの集い⑤
突然の提案に言葉を失ってしまった。そもそも精霊と契約ができないから今の状況に陥っているのに、契約をしたいとはどういう意味なのだろう?
「契約とは声を聴くことから始まる、私とお前とで意思の疎通ができている時点で条件はクリアされているわけだ」
たしかに成人の儀でも同じようなことを言っていたが……。
「お前は精霊なのか?」
疑問に思ったことを正直に聞いてみる。精霊と会話をしたことがないので、クロが精霊なのかもわからない。
「精霊と一緒にしないでほしいな」
精霊ではないのか……精霊以外と契約できるなんて初耳だぞ。
「契約するとどうなる?」
「契約すると私の能力がそのままお前に引き継がれる……つまり、魔法が使えるようになる」
魔法が使える……魅力的な提案だがどうせ裏があるのだろう。
「代償は何だ、そんなうまい話ではないだろう」
「もちろんだ、私の要求はお前が死んだときに肉体をもらうこと、おまけを言うとここから動きたい、いい加減飽きた」
肉体と自由がほしいのか? 気持ちはわからなくもないが……まぁ、千年も一人でここに居たら退屈だよな。
「お前の肉体をベースにして転生すると考えてほしい、同調できる肉体は滅多に出会えないからな」
「その内容では、お前が早く転生するためにわざと俺を殺すことはないのか?」
「私が転生したときの能力はベースにした肉体の能力に左右される、強くなる前に死んでもらっては困るってことだ。契約はあくまでも能力と可能性の引継ぎ、力を引き出すのはお前の努力次第だ」
本当のことを言っているのだろうか、騙されている可能性が否定しきれない……俺の考えを読んだのか、クロが説明をしてきた。
「契約に嘘はない、嘘があれば契約はできないからな」
「それ自体が嘘の可能性はないのか?」
俺が何度も聞き返すので、クロが不快そうに返答をしてきた。
「疑り深いヤツだな、嫌いじゃないが程々にしておけよ」
こっちは得体の知れないヤツと、本当にできるかもわからない契約を結ぼうとしている。慎重にならないほうがおかしいだろ。しかし、クロが嘘をついていたとしても、俺には後がないのも事実だった。
「まぁ気休めにしかならんが、契約にお前の命を最優先することも追加しよう」
どうする? いや、もう答えは出ている……俺は静かに答えた。
「……わかった。契約しよう」
「賢明な判断だ。後悔はさせないから安心しろ」
契約の儀式は簡単らしい。まず俺の血を石碑に垂らし、その後石碑に手を当ててクロの質問に答えるだけで良いとのことだ。質問に答えるといっても、「誓う」と言うだけである。
「では、始めるぞ」
「いつでも構わない」
先ほど噛み切った下唇に指を当てて石碑に血を垂らす。石碑中央あたりに右手をつけると、石独特のひんやりとした感触が伝わってきた。
「リオンよ、我と契約し、互いの願いを成就すべく最善を尽くすことを誓うか?」
「誓う」
「ここにクロスレイン・イグメリストとリオン・メルディスとの契約が完了した! 我は汝の剣となり、盾となりて契約を遵守することをここに誓おう!」
え、イグメリスト……? 創世神アステアに滅ぼされた最凶の魔神の名前だったような……思い出しかけたのも束の間、ものすごい勢いで知識と力が流れ込んでくる。頭の中をかき混ぜられるような感覚に常人が耐えられるはずもなく、だんだんと意識が遠のいていった。
━━遠くから声が聞こえる。
「……起きろリオン、いつまで寝ている」
父さん……? いつもと声が違うような……。
「仕方ないな……水流落下!」
ものすごい量の水が顔にかかる。鼻や開けた口から水が入ってくるため息ができない。
「ごぼばばば!」
「起きたかリオン?」
事態が把握できないまま目を覚ますが、鼻から入った水のおかげで窒息死しそうだ。なぜ森の中で溺死しそうになっているのだろうか……あたり一面水浸しである。
「水……?」
「目を覚まさないし、脱水症状を起こしかけていたから水をぶっかけた、一石二鳥だろ」
クロの声だ、頭の中に直接響いてくる感じがする。そうか……クロと契約して気を失ったのか。
「今のは魔法か?」
「少なくともお前の寝小便ではないな」
薄々気がついてはいたが、こいつ口が悪いな。何だか話し方が子供っぽくなったような気もする。
「魔法が使えるか試したのだが問題なさそうだ」
問題があったら困る。それにしても頭が痛い、これも契約のせいな……って思い出した、こいつは魔神クロスレイン・イグメリストなのか!?
「魔神と呼ばれたことはないが、神の中でクロスレイン・イグメリストという名は私しか居ないな」
なんてこった……大罪を犯した魔神と契約をするなんて。クラスメイト達に殺される理由が増えてしまった。
「今更後悔しても後の祭りってやつだ、これからどうするかを考えたらどうだ」
正論である……あれ、俺声に出して話していた?
「俺の考えがわかるのか?」
「契約してお前と完全同調しているからな、さっきの魔法もお前の魔力を使った」
迂闊なことが考えられないな。
「ちなみに私の話し方が子供っぽくなったと感じたなら、契約者の影響をうけていると考えてくれ」
それも聞こえていましたか……ん? 俺が子供っぽいってこと? 俺の考えを無視してクロは話を続けた。
「お前は魔法が使える状態になり、私の知識を手に入れたわけだが、知っていると使えるは違う。ここまではわかるな?」
「何となくだが分かる気がする」
「私の知識が流れているということは、お前の知識も私と共有されている。現在この国がどれほど酷い状況なのかはよく分かった」
俺の知識……何だ恥ずかしいな。
「プライベートまで覗く趣味はない、お互いに制限がかかっているはずだ」
「たしかに……クロの過去は俺の記憶にはない」
「魔法が満足に使えない状態では、ここを動かないほうがいいだろう、まずは私が魔法の概念を教える」
魔法の概念? そんなのは学校で九年間も学んでいる、今更教わることがあるとは思えないが。
「お前はマニュアル馬鹿か、そこまで言うには使えるのだろうな? ご立派な魔法が」
クロの上から目線の発言に久しぶりにカチンときた! 卒業扱いになるかは怪しいところだが、こう見えても成績は常にトップだったんだからな。ここまでコケにされては黙っていられない。やってやろうじゃないか、ご立派な魔法を!
「いいだろう、先ほど溺死しかけたから、水魔法は何となくわかった」
魔法とは定型文と魔力だ、ただ唱えるだけの簡単なお仕事である。呪文は嫌ってほど、授業で習ったからな!
「じゃあいくぞ……敵を穿て! 水球!」
俺は掌を前に出して、魔法が出てくるのを待ち続けた…………が何も起きない、遠くから見たら完全に変な人である。
「……アハハハ! ウォーターボーーール! ハーッハハハ、私を殺す気か! 確かにすごい魔法だなぁリオンくん! ここまで笑ったのは数千年ぶりだよ」
耳まで真っ赤になるのがわかる。穴があったら入りたい。
「さて、どうするよ?」
俺は息を大きく吸い込み静かに呟いた。
「すいませんでした……」
「分かればよろしい」
クロの顔はわからないが、勝ち誇った顔をしているにちがいない。