咲き誇る花、相容れぬ二人③
コーラスは立ち上がり机に戻ると、ギルドに依頼をするまでのいきさつを話し始めた。
「数ヶ月前から、私の周りで妙なことが起こり始めたんだ。あいつがいなければ出世できるのにって奴が次々と殺されていき……最初は幸運が舞い込んだと思ったよ、でも好都合にことが運びすぎて、周りの連中は私が殺しているんじゃないかと怪しむほどだった」
ギルドでもそんな話を聞いたな。
『宿の食堂でも侯爵が怪しいって話を聞いたぞ』
「聖庁から疑われていると聞いた時は恐ろしくて仕方なかった。でも相談できる相手もいない、何て相談していいのかすらもわからない……ノイローゼになりそうだったよ。そんなある日、夜中に物音がするので外をみると、黒いスーツを着た奴と紫のローブを着た奴が庭で殺し合いをしていたんだ」
恐らくクリスだ、もう片方が邪魔をしてきた奴だろう。
「私は瞬時に理解した、リドルが私を殺しにきたんだと……もう一人の奴がその時なぜ私を守ってくれたのかはわからないが、このままでは殺される……これは四日前に届いた手紙だ」
そう言うと一枚の紙を渡してきた。手紙には『九月十四日二十三時あなたに会いに行きます』と書かれていた。
「手紙はこれが初めてではない、意味不明な内容もあれば、待ち合わせを指定してきたこともある……試しに使用人や冒険者を行かせたことがあるのだが一人も帰ってこなかった」
それもあって、誰もクエストを受けなかったのだろうか……リドルとつながっていると噂の侯爵が依頼人で、受けると死ぬようなクエストじゃあ誰も受けたがらないよな。
「でも、これだけでは差出人がリドルと断定できませんね」
「そうなのだ……私はリドルだと思っているのだが、第三者に説明したところで思い込みだと言われてしまう、だからギルドに依頼をしたのだ。依頼は明日の二十三時に来る不審者の撃退、誰も来なければそれでいい」
なるほど……九月十四日ってことは明日か。報酬は撃退した場合は金貨十枚、誰も来なくても金貨一枚、悪くない条件だ。
「わかりました。準備もありますので、明日の十八時に来てもいいですか?」
「構わない」
コーラスの部屋を出るとクロがポケットから顔を出してきた。
『受ける必要はないと思うぞ……あいつ自身何かされたわけじゃないだろう? むしろ、利益を享受していると思うのだが』
『そうかもしれないが罪のない子供まで殺している奴がいる、同一人物だとしたら放っておけないよ』
『……クリスの言う事を信じるってことだな』
『ああ、疑うよりも信じる方が気持ちいいからな。もし、クリスとコーラスが共謀して俺を騙そうとしているなら二人とも殺すだけだ』
クロは『そうか』と呟くとポケットに引っ込んでしまった。一度宿に戻ってクリスに話を聞くことにしよう、手紙を出したのがクリスって可能性もあるしな。
部屋に戻るとクリスは読書の最中だった、死者の書を読み込んでいるようだ。
「おかえり、早かったな」
「クリスに確認したいことがあるんだけど、いいかな」
そう言うと、クリスはテーブルに本を置きこちらを向いた。
「コーラスの件か?」
「ああ、コーラスに手紙を出したことはあるか?」
クリスは首を横に振り「女以外に手紙を出したことはないよ」と答えてきた。余計な情報もあったが、クリスではないようだ。
「わかった、変なことを聞いて悪かったな。死者の書の使い方はわかったのか?」
クリスは本を手に取りわずかに微笑む。
「何とか解読できたよ。この本には死者送還の呪文と魔法陣が書かれていた、全てが終わったら試してみようと思う」
「復讐を終えるのにあと二人と言っていたが、コーラスともう一人は誰なんだ」
「聖庁の異端審問官でブライトって奴だ。ミトラニア出身で初めて聖庁に登用されたエリート貴族、ミトラスの親衛隊隊長だから中々会うことができないのが難点だな、面倒なことに城の中に住んでいる」
エリート中のエリートか、簡単には会えそうにないな。
「だが、もうすぐチャンスが訪れる……ミトラスが迷宮に潜る日、護衛として付いて来るはずだ……こいつに限っては問答無用で殺す。時間をかけたらミトラスも相手にしなければならないからな」
なんですと……護衛のことは全く考えていなかった。よくよく考えればミトラスが一人で迷宮に潜るわけがない。
『協力したらどうだ? お互いにメリットしかないと思うが』
クロさん天才です。
「それなら提案があるんだが……俺はミトラスに用事がある。お互いに協力しないか?」
クリスがこちらを向き訝しげな顔をしてきた。おそらく、ミトラスに何の用があるのか? こいつの目的は何だ? とでも考えているのだろう。
逆の立場なら俺でも警戒する、ここまできたら自分の考えを正直に話すべきだな。
「俺はこの国の在り方は間違っていると思うんだ、魔法が使えなくても立派な人間はたくさんいる。悲しみの連鎖を止めるためにも魔法至上主義と人体実験の中止を申し入れるつもりだ」
クリスは冷たい瞳でこちらを見ている、鋭い視線に負けそうになるが目を逸らさなかった。
「そんなことに耳を傾けるとは思えないな、数百年も変わらない体質だ。他の役人たちも納得するとは到底思えない」
そう考えるのは当然だ。だが俺の決意は変わらない、死んだイリアのためにもこの国を変えてみせる。
「その時はミトラスであろうが殺すだけだ。国が混乱するとか言われようが関係ない、俺は俺が正しいと思ったことを貫く」
クリスが突然大きく笑い出した。俺が発言するたびに笑っているのだが、そんなにおもしろいのだろうか。
「……本当にあなたとはもっと早く会いたかった。いいでしょう、私もリオンの考えに賛同します。協力しましょう、この腐った国をひっくり返すのもいいかもしれません」
明日はクリスも仕事があるらしく朝から昼は時間が取れない、俺もクエストで夜は空いていないので、明後日の十五時に北門近くの喫茶店に会う約束をした。そこで、具体的な予定や計画を話し合うつもりだ。
夜になるとクラススキルの負荷が無くなったらしく、クリスはギルド職員の寮に帰っていった。俺の方も昨日は死闘を連続でこなしたため、体が悲鳴をあげている。こんな日は無理をせずに晩御飯を食べて寝るべきだ。
食堂に向かうとチーズ特有の匂いがする。周りの客を見ると、平べったいパンの上にチーズが乗っかっている物を食べている。こんがり焼けたパンとチーズの匂い……悪くない。
おっさんがカウンターの奥から料理を持ってきて、俺の前に出してきた。
「今日はこいつを食ってくれ」
焼き立てなのだろうか、目の前のチーズが音を立てている。円形のパンの上にチーズや肉に野菜が並べられており、色彩豊かで目で見ても楽しめる一品となっていた。
目の前でおっさんが手際よく切り分けていく、八等分されたパンは大皿から取り出すときにチーズの糸を引き食欲をそそる。
思い切って大きく頬張ると、あまりの熱さに口の中が火傷しそうだった。熱いと思う反面、口の中いっぱいに濃厚なチーズの風味が襲ってくる。……チーズとパンの間に何かが塗ってあるのか?
これはトマトだ……ペースト状にしているようだ、濃厚なチーズに酸味が加わりサッパリとした後味に仕上げている。この料理にこれ以上の言葉はいらない……うまい、ただそれだけだ。
「熱くて食べにくいです」
『このバカタレがぁ!』
よくわからないがクロがキレている。無視しておこう。おっさんのほうは何も言わず大きな溜息をつくと、カウンターの奥に帰ってしまった。いい加減諦めたのかもしれない。
食堂を出るとその足で風呂に入り、そのまま特に何もせずに寝た。
次の日も夜に備えて休息を取る、朝飯を食べるついでに今日の夜は出かけるから晩飯は食べられないとおっさんに伝える。
外を眺めていると、たくさんの人、様々な人種が通り沿いを歩いている。王都でゆっくり過ごしたのは迷宮を水没させた日以来か? 気がつけば、日も落ちはじめている……そろそろコーラス侯爵の屋敷に向かう準備を始めよう。




