咲き誇る花、相容れぬ二人①
━━話し終えたクリスは静かに息を吐く。
「……あと二人なんだ、それで全部が終わる」
俺が同じ事をされたら、クリスと同じ道を選んだだろう。両親が殺されたときに、クレール学園長をこの手で殺した。俺には復讐をやめろと言う資格はない。
「復讐が終わったらどうするつもりなんだ」
クリスは天井を見つめている、感情の無い瞳は何を考えているのかわからない。
「私は自分の事を正当化するつもりは無い。だが、もう道を変えることは出来ない、全てを終えたら消えるつもりだ。残念なのはアンネリーゼと同じ場所に行くことはできないってところか、そのときは地獄で私が手にかけた貴族とお茶でもするさ」
「……なぜ、死者の書が必要なんだ」
「死者の書の目的、それは魂を楽園に導くことだと言われている。復讐を終えたところで天国に行ってくれればいいが、もしダメだったら……アンネリーゼを地獄の苦しみから解放してあげたい」
「……わかった、死者の書はクリスにあげるよ、その代わり条件がある。全てが終わったら殺した数以上に困っている人を救ってほしい、死ぬまで贖罪を続けるんだ。どうせ死ぬなら人を助けてからでも遅くは無いだろ?」
クリスは信じられないと言わんばかりに大きく目を見開く。眉間にシワを寄せながら目を瞑り何かを考えているようだ。
「ククク、あなたは本当におもしろいな。もっと早く会いたかったよ……その条件を飲もう。元々死んでいてもおかしくない身だ、あなたの言葉には全て従うことにしよう」
『クロ、ローズバインドを解除してくれ』
『いいのか? お前の甘さがたまに心配になる』
『なぁ、クロ……クリスは神徒適正なんだろ? 死霊と契約しているのが証拠だ』
クロは黙っている、気がついてはいたんだろう。返事を求めているわけではないので、そのまま自分の考えを伝える。
『俺とクリスは紙一重だったんだ。忌み子と呼ばれ、生きる価値がないと烙印を押された。俺はお前に会えた、理解者に会えない奴は世界に馴染めず死ぬか狂うかのどっちかだと思うよ。前にクロは俺に言ったよな、私は幸運だって。それは違うんだ……お前に会えた俺が幸運だったんだよ』
『わかった、お前がそこまで考えているとは思わなかったよ。謝罪をさせてくれ』
次の瞬間、クリスを縛り上げていた捕縛月季が解除されていく。
……捕縛月季を発動させた影響だと思うのだが、床が捲りあがっているのは見なかった事にしよう。テーブルの上に死者の書を置く。
「ここに本は置いておくよ、俺はコーラス侯爵の家に行かないといけないから、後は好きにしてくれ」
「待ってくれ、コーラス侯爵には気をつけたほうがいい。正確に言うと周辺に頭のネジが飛んでいるヤツがいる」
どういうことだ? クリスが勧めてきたクエストだと思ったが。
「私は貴族と護衛は殺すことがあったが、家族まで皆殺しにしたことはない。おまけに私が殺していない貴族も私の仕業にされていた」
「それって……まさか」
「そのまさかだ、リドルは二人いる。いや、私に罪を着せようと、手口を真似て殺しているやつがいるんだ」
おかしいと思っていた点が一つ解決した。目撃者も全員殺す非道な殺人鬼、脚を切断することから脚斬りと呼ばれ、相手に質問をする姿を見た者がリドルと言い出した。
目撃者が全員殺されるのに、質問する姿を見たと言う者がいる。最初に聞いたときは何か違和感があった。
クリスはターゲットと邪魔する者以外には手を出さなかったのだろう、それなら目撃者が生きていもおかしくはない。そこから質問者の名がついたと考えられる。
しかし、目撃者も殺す奴が別にいた……そいつには見られてはいけない何かがあったのか、単純に殺人狂の異常者だったのか……それはわからない。
少なくとも殺したあとに脚を切断すれば、周りが勝手に脚斬りの仕業にすると考え付く頭だけはあるようだ。
「コーラス侯爵もターゲットの一人だったのだが、屋敷の手前で変な奴に邪魔をされた……そいつのことを調べて欲しくてクエストを持ちかけたんだよ」
「そいつがもう一人のリドルなのか?」
クリスは首を横に振る。
「それがわからないから調べて欲しかった。だが、コーラスにとって邪魔な貴族が次々と殺されている。それも私の仕業としてな……」
「クリスの邪魔をできるってことは相当な実力者ってことか?」
「単純な戦闘なら私が勝つだろうな。しかし、厄介な事に幻術を使ってくるんだ。さすがの私も幻術にかけられては逃げるしかなく、コーラスへの質問は後回しにせざるをえなかった」
幻術使いか……面倒だな。
「もしかして、それで真実の眼帯をつけていたのか?」
ユミルの話では幻術への耐性が付与されているはずだ。
「ほう、真実の眼帯を知っているのか。そのとおり、奴と次に会ったら決着をつけるつもりで手に入れたものだ……あなたに斬られてしまったがな」
なるほどね……まいったな、俺には幻術に対抗する術が無いぞ。困った顔をしていると、クリスが眼帯を差し出してきた。
「良かったらこれを使ってくれ、何本か予備を持っているんだ」
渡されたのは真っ赤な眼帯だった。デザインはクリスが持っている青い眼帯と同じだ。
「色違いだが効果は同じ。あなた……リオンさんは赤が好きみたいだからな」
「リオンでいいよ、年上なんだしさ。赤が好きってわけじゃないけど、ありがたく使わせてもらうよ」
「頼みごとができる立場ではないのはわかっているんだが、今日一日はこの部屋においてもらえないか? クラススキルの反動で今日一日満足に動くことができない」
反動なんてあるのか……俺のスキルにはないよな。
「……まぁ構わないけど、宿屋の人に見つかったら適当にごまかしておいてくれよ。一人分の料金しか払っていないからな」
クリスは短く「任せてくれ」と呟いた。
『おっさんの話で思い出した、朝飯を食いたい』
こいつは本当に食うことが好きだよな、クリスを部屋に残し、階段を下りる。食堂に向かうと、パンの焼ける匂いが漂ってきた。
味覚がないので、匂いを楽しむしかない。これはとてもいい匂いである。
「来たかリオン! 今日はこれだ」
テーブルの前に出されたのは焼きたてのパンにバターとジャムだった。
「今日は変な料理じゃないんですね」
「変な料理とはひどいな、お前以外には大好評だったぞ。今回は趣向を変えてみた、ひねらずに単純にうまいものを出してみようとな」
なるほど、正攻法で来たか。
「このパンにこれを塗ればいいんですか?」
おっさんに聞くと「貸してみろ」といい、手際よくパンにバターを塗っていく。もう一枚のパンにはジャムをたっぷりと塗る。それを豪快に重ねて俺の前に出してきた。
ヒヨコはと言うと『あれは恋人同士だ……ついに出会うことができた奇跡の出会いだ……』とか、わけのわからないことをブツブツ言っている。
渡されたパンを持つとまだ熱い、焼きたての香ばしい匂いも鼻腔をくすぐる。これは期待できそうだ。パンの中から溶けたバターが落ちそうになる。思い切ってほおばると、濃厚なバターと甘いジャムが絡まりあい中々おいしさを感じることが出来た。
「おっさん、これはいい線いっていると思うよ」
「……と思う?」
またやってしまった。
「なるほどな、お前は甘さを感じることはできるようだな」
おっさんはアレコレいいながらカウンターの奥に消えていった。
『甘味はわかるのか……子供だなお前』
うっさいわ、この前のケーキも中々うまかったし……甘いものには罪はないだろ。とりあえずクリスタルゴーレムの心臓をユミルに渡して、コーラス侯爵の家に行くか。




