王都の闇、死神と殺人鬼⑥
しかし、事件が起きたのは準決勝だった。開始早々はアンネリーゼのワンサイドゲームだったのだが、彼女は試合中に突然魔法を使わなくなってしまったのだ。
当然そんなアンネリーゼが勝てるはずもなく、そこからは一瞬で負けてしまった。
「どうしたんですか! あなたの力は圧倒的だったのに」
悲しげな表情で床を見つめている。私が話しかけてもかすかに反応する程度だ。
「最初から解放するつもりなんてなかったのよ、喜ぶ私を突き落として絶望する姿を見たかっただけ……結果は決まっていたの」
どういうことだ? アンネリーゼは乱れた髪のままうつろな表情でぶつぶつ言っている。
「私には隷属の刻印が彫られているの。主人に危害を及ぼすことの禁止、居場所の特定、魔法の使用の制限、この三つが主人の命令一つで発動する。つまり試合中に主人から魔法の使用制限をかけられたわけ……勝てるわけが無いわ」
「そんな……あんまりじゃないか」
「私は夢を見てはいけなかったのよ、死ぬまで籠から出ることは出来ない」
アンネリーゼの頬に涙が伝っている、その姿を見て私の心は決まった。あとは言葉にするだけだ。
「アンネリーゼ、私と一緒に逃げよう! 隷属の刻印も亜人の国でなら解呪できるはずだよ」
「……そうね、亜人たちは技法を知っていると聞いたことがあるわ……でも逃げ切れるはずがない。居場所はすぐにバレてしまうわ」
「追っ手がきても私が守る、ここで逃げなければ……前に踏み出さなければ一生囚われたままだ。それに、私はあなたに会うためにこれまで生きてきた、あなたを守って死ぬなら本望だ」
そこまで言うと、アンネリーゼは顔をあげて私の目を見つめてきた。
「本当にいいの……? 死ぬ確率の方が高いわよ……」
「ああ、アンネリーゼと一緒にいられないのなら、生きていたって意味がない」
逃げ出す計画は二人で話し合って決めた。明日の決勝後には優勝者の祭典がある、そこには国中の貴族が集まり一日中大騒ぎをしているはずだ。当然街中の警備もそこに集中するので、門の警備も手薄となる。
決勝が始まると同時に北門で待ち合わせをして、街を抜け出し北国……亜人の国である帝都カグロスを目指すのだ。
「初日にどれだけ距離を稼げるかが、今後逃げ切れるかに大きく関わってくる。時間にだけは遅れないでほしい」
「わかったわ! 私の走りはまだまだ若い子に負けないんだから」
じゃあ今日は屋敷に戻るわね。そういってアンネリーゼは帰っていった……私は今日のことを一生忘れないだろう。なぜ、すぐに連れ出さなかったのか、主人と呼ばれる奴を殺さなかったのか。悔やんでも悔やみきれない。
次の日、待ち合わせの時間になってもアンネリーゼは現れなかった。それでも待ち続けた、日が暮れてきて夜が近くなってくる。
「兄ちゃん、デートすっぽかされたのか! まぁ気にすんなよ」
門番に慰められるとは……アンネリーゼが今のままでいい、と納得して現状を受け入れたのだったら仕方がない。彼女がこの街にいるってことがわかっただけでも大きな収穫だ。気持ちを切り替えて仕事に戻らないと、もう決勝と祭典は終わった頃だろう。
一日仕事サボったからなぁ……戻ったら支部長にボコボコにされるかもしれない。
「はぁ」
短くため息をつく。後片付けだけでも手伝わないと、今から行けばまだ間に合うはずだ。
急いで闘技場に向かう……そこで見たのは絶望だった。
人気がなくなった闘技場の中心に、見世物のように磔になった女の姿があった。乱れた赤い髪、白い肌は生気を失い、あるはずの両足がなくなっている。アンネリーゼであるはずがない……あれはきっと人形だ。近くから兵士たちの話し声が聞こえる。
「それにしてもすごかったな、ハーフエルフの生き血が振舞われるなんて滅多に無いぞ、あれが飲めるなんて貴族が羨ましいよ」
「ああ、今日の参加者は大満足、祭典は大成功で俺たちにも特別給金が支給される。みんなハッピーだな」
まるで話が頭に入ってこない、現実逃避をしてしまいそうな気持ちを抑えて、兵士たちに近寄る。
「すいません、急用で遅くなり今来たんですけど……何があったんですか?」
訝しげな顔をされたが、冒険者ギルドの職員カードを確認すると状況を説明してくれた。貴族の奴隷が逃亡を計画し、罰として処刑されたらしい。
「ああ、すごかったぜ。泣き叫んでいてなぁ……ごめんなさい! もう行けない! って、足を切られてからもしばらくは生きていたんだけど、もう歩けないよ……とかブツブツ言っていたな」
「そうそう、その姿を見て周りの貴族は大喜びでなぁ。生き血も一滴残さず全部飲まれていたよ」
全身が粟立ち、言い知れぬ怒りが体を支配する。心臓が大きく鼓動をしているのがわかる。これからどうするべきか……決まっている、復讐だ。
その前に、まず彼女をあんな場所から解放してあげないと。震えそうになる声を必死に押し殺して、兵士に声をかける。
「そうでしたか、私も見たかったなぁ……それでは支部長に死体を片付けておけと言われたので、処理しますね」
「悪いな、さすがに魔女の死体に触ると呪われそうでさ、躊躇していたんだよ」
兵士に別れを告げて、闘技場の中央へ急ぐ。手のひらに打ち付けられた杭を抜き、アンネリーゼの死体を地面に下ろす。
見開いた目を閉じ、涙の跡が残る頬を指でなぞった。すっかり冷たくなっている。近くのテーブルからテーブルクロスを引っ張り、死体を包む。その際にテーブルの上に置いてあった祭典の参加者名簿も併せて回収する。
足を捜したけれども見つけることは出来ない、時間をかけすぎると本来の死体回収者が来てしまうかもしれないので諦めるしかなかった。アンネリーゼを持ち上げると、驚くほど軽い。
せめてこの街から出してあげよう、北門から抜けて一時間ほど北東に進む。そこには大きな湖があり、湖面に映る夕日が幻想的でとてもキレイな場所だ。街を出たらアンネリーゼと一緒に来ようと思っていた。
しかし、アンネリーゼは死んでしまった……せめてここに埋めてあげようと思い連れて来たのだ。簡単だけどアンネリーゼの墓を作り、街に戻ろうとした時、後ろから声をかけられたような気がした。慌てて振り向くと、そこにはアンネリーゼがいる。
「アンネリーゼ……? 生きていたのか!」
「……いたい……」
アンネリーゼが何かを言っている。
「いたい……? 痛いのか?」
触れようとしたらすり抜けてしまった、まだ悪い夢の続きをみているみたいだ。会いたい一心で幻覚をみているのか? 何でもいい、私はもうアンネリーゼの傍を離れない、そして復讐をする。
「キミの痛みは私が必ず消してみせる、これからはずっと私の傍にいてくれ」
次の瞬間、眩しい光とともにアンネリーゼは目の前から消えていた。自分の頭の中にアンネリーゼの記憶が断片的に入り込んでくる。
貴族たちの嘲笑、痛み、悲しみ、そして強い憎しみ……身を裂かれるような気持ちだ、まるで自分が体験したかのように。
次に魔法の知識や、使い方、今まで当たり前のように魔法を使っていたかの様な錯覚に落ちいる。記憶の混同というべきだろうか。
試しに風魔法を唱えてみると、簡単に使うことができた。今までどうやっても使えなかったのに……どうして?
……魔法を使う際に魔力を高めるとアンネリーゼの姿を見ることが出来た。そうか、わかったよアンネリーゼ……この力を使って復讐をしろってことだね。
名簿を硬く握り締める、こいつらの中にアンネリーゼを隷属の刻印で捕らえていた奴がいるはずだ。
断片的な記憶は悲しみや憎しみに埋め尽くされており、アンネリーゼの主人の顔はなかった。兵士たちに聞いても無駄だろう。
となれば、名簿の奴らに聞いていくしかない。そいつらに生きる価値がないとわかればその場でアンネリーゼと同じ目に遭わせてやる。隣にたたずむアンネリーゼと目が合う、何かを言いたそうな目だ。
「大丈夫、私が全部終わらせるから」
そう、キミを地獄のような苦しみから解放できるなら、この手をいくら血で汚しても構わない。それから復讐という名の悲劇の幕が上がった。




