王都の闇、死神と殺人鬼⑤
僕の決意は固まった。計画を実行に移す、そのため家からは持てるだけのお金を持ってきた。
父や弟に見つからないよう、こっそりとパーティー会場を抜け出す。この街で全てをやり直すんだ、失った自分を取り戻すために。厄介者でしかない僕のことを、父と弟は探さないだろう。仮に探そうとしてもスラムに入り込めば簡単には見つけられないはずだ。
━━考えが甘かったと気がつくまでに時間はかからなかった。
めかしこんだ貴族の子供が、スラムに入り込んで無事で済むはずがない。それでもついこの間まで神童と呼ばれ、格闘技に秀でた才能は確かだったようで十人以上は倒したと思う。
だが多勢に無勢、次から次へと群がってくる大勢の大人の前にはなすすべが無かった。最終的には身包み剥がれ、路地裏に放り投げられた……考えが甘すぎたのだ。
お金さえあれば、どうにでもなると思っていた、所詮はお金持ちの坊ちゃん育ちだ。それからは三日三晩何も食べることが出来なかった、もちろん誰も助けてくれない。水は、泥水だろうが生きるために飲んだ。
あまりの空腹に耐えかね食べ物を盗もうかとも思ったが、犯罪に手は染めたくないと思うとできなかった。それから数日、ヘタなプライドのせいで体力も限界が近くなり、ここまで来ると今更生きるために盗もうと思っても満足に動くことすら出来なくなっていた……ゴミだらけの路地に、ボロ雑巾のように丸まる。
「……何をやっているんだ、小僧」
朦朧とする意識の中でハゲ頭が見えた気がした。
「……目が覚めたか」
気がつくとベッドの上に寝かされていた、体中にあった痣や傷はきれいに消えている。
「あの……」
「別に言わなくてもいい、興味もないしな」
ドワーフの男は背を向けたままぶっきらぼうに言い放つ。
「お名前を教えていただけませんか? 僕はクリスフォ……クリスです」
背を向けて仕事をしていた男はこちらを向き「モーガンだ」と短く答えた。
「モーガンさん、ありがとうございます。いつか必ずこのお礼はいたします」
そう言って部屋から出ようとする。
「丁度、助手がほしかったんだ。仕事を手伝うなら、俺の部屋に住まわせてやる」
「え……でも……」
「どっちだ」
「……よろしくお願いします」
それが僕とモーガンの出会いだった。
それからの毎日は生きていることを実感できる日々だった、一般市民は成人の儀を行う十六歳まで魔法が使えないから怪しまれることも無い。
それでも、モーガンにだけは魔法が使えない事を伝えたのだが「それがどうした」で終わってしまった。人の詮索はしないし無言のやさしさもある、そんなモーガンは今の自分にとって父のような存在になっていた。
スラムでは自分の身を守るために喧嘩をすることもあった、相手が何十人もいる時は多勢に無勢でさすがに負けたが、ほとんどは圧勝だった。毎日生きるのに精一杯だったが、時間を見つけてはアンネリーゼのことを探した。でも、消息は一向に掴めなかった、もうこの街にはいないのかもしれない。
街の人が教えてくれたのだが、ハーフエルフを奴隷にすることは表向き禁止となっており、秘匿している貴族が殆どらしい。
それでも、自慢をしたがる一部の貴族がパーティーなどに連れて行くらしいのだが、お目にかかることは滅多にないとのことだ。
五年ほど診療所の手伝いをしながら生活をしていたのだが、十六歳が近くなってきたので表向きだけでも就職をする必要がでてきた。
幸いにもと言うべきか、スラムに住んでいる者は学校に行っていないため、成人の儀を受けなくても怪しまれない。
本来ならば魔学庁に行き適性検査だけは行うのだが、結果はわかっているので理由をつけて行かなかった。王都には職業が無数にある、だが魔法が使えない自分に選ぶ事のできるものは限られている。
……結論から言うと、仕事はすぐに決まった。
魔法が使えない俺が就職できたのも、全部モーガンのおかげである。モーガンとギルド支部長が旧知の仲だったらしく、顔パスで冒険者ギルドへの就職が決まったのだ。冒険者ギルドなら魔法が使えなくても関係ない、俺にはこれ以上無い職場だ。
それから更に三年の月日が経った。それでも私の中にあるアンネリーゼへの想いは色褪せることなく、想うほどに逢いたいという気持ちは強くなっていく。
そんなある日、冒険者ギルドの仕事で魔術大会の運営を手伝う事になり、祭典会場の下見に行くと奇跡が待っていた。
忘れるはずが無い、その後姿……髪型は少し変わっていたけど、雰囲気はそのままだ。
「アンネリーゼ……?」
俺の呼びかけに振り向く一人の女性、八年前から全く変わらないその顔はアンネリーゼだった。
「……? どなたかしら……」
「ぼく……私です、覚えていないかもしれませんが、八年前に貴族のパーティーで話をしたクリスです」
そういうと目を見開いて「あー、あの時の! あの後大騒ぎだったのよ、大きくなったわね!」と明るい声で返してきた。
「ははは、あれから色々ありまして」
「その格好は……そう、自由になれたのね。おめでとう!」
僕の姿を目を細めて見ている。
「アンネリーゼさんはなぜここに?」
「ふふふ……私も参加者だからです」
話を聞くと、アンネリーゼはまだ貴族の所有物となっており自由にはなれていなかった。しかし、魔術大会に優勝できれば自由にしてやる、そう言われたので参加登録に来たとのことだ。
「そっか……アンネリーゼさんも自由になれそうなんだね」
「ええ! 諦めなければ勝機は訪れる。私は自分の足で前に進むわ」
魔術大会は二年に一度開催される祭典だ。この大会に優勝すれば、生活に困らないほどの富と名声を得ることができる。
今年で七十回目となる歴史ある大会の一つであり、魔法の使えない私にはもっとも縁遠い大会でもあった。
今年は百名を超える参加者が国中から集まったが、大会五日目になると残りは八人にまで減っていた。大会も残すところあと三日だ。アンネリーゼは順調に勝ち上がり、準々決勝まで駒を進めている。
彼女の戦闘スタイルは風魔法での中遠距離攻撃、被弾しても即時治癒魔法の発動。オーソドックスな魔術師スタイルであった。
しかし、圧倒的な魔力を武器に他を寄せ付けない強さを誇り、大会でついた二つ名は嵐の魔女。彼女が通る道は全てがなぎ倒される。
優勝候補筆頭をも打ち破るその姿は戦女神にも見え、観客を魅了していく。もちろん私もその一人だ。
それを遠くから見ていた私はというと……試合後のアンネリーゼに理由をつけては外に連れ出し、楽しい時間を過ごしていた。
「クリス君もこんなおばさんと一緒にいても面白くないでしょう?」
「そんなことないですよ、あなたに会いたくてミトラニアに残ったんですから。そうじゃなければ他の国に逃げています」
これは本当だった、普通だったら逃げ出した場所から遠くに離れると思うのだが、アンネリーゼに会いたい一心でリスクを犯し続けたのだ。下手したらすぐにグランベル家の者に見つかっていたかもしれない。
「そっか、もし自由になれたらクリス君と旅にでも出ようかな」
「そうしましょう! 私もあなたを見つけることができたから、これ以上この街にいる理由はありませんし」
アンネリーゼが本気で言っていたのかはわからなかったが、有頂天になっている自分がいるのは間違いなかった。




