王都の闇、死神と殺人鬼④
昨日は風邪でダウンでした。
10000PVありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
『こいつは殺さないのか?』
『クリスは連れて帰る、聞きたいことがあるからな』
クロは『好きにしろ』と言っている。氷柱棺を解いてからクリスを背負うが、ただでさえ自分より大柄な男、気絶しているからなおさら重く感じる。
途中で休み休み、宿にたどり着いたころにはこっちが気絶しそうなほどだった。さすがにおっさんは寝ているらしく、宿の明かりは消えていた。
物音を立てないように一段一段階段を上り、やっとのことで部屋に戻る。クリスを床に転がして、自分はベッドに倒れこんだ。
今日一日で色々ありすぎた……もうクタクタだ。
『こいつは私が見張っている、お前は少し休め』
ここはクロさんの言葉に甘えよう。
……目を閉じると、すぐに深い眠りについてしまった。
『……オン……そろそろ起きろ!』
いつものコツコツで目を覚ます。クリスを見ると捕縛月季で締め上げられていた。
『同じ魔法を重ねがけしているのか?』
『ああ、再使用制限が解けると同時に捕縛月季で締め上げている。私一人では五重に縛るのが限界だ、本音を言えばこれでも足りないくらいだがな』
「……何を黙っているのです。私を殺さないのですか? それとも聖庁に突き出すのか……賞金を受け取るのもいいかもしれませんね」
抑揚の無い声で話しかけてくる。
「そんなことはしないよ、だが殺すかどうかはこれから俺のする質問への答え次第だ」
「あなたが私に質問ですか……エスプリが利いていておもしろい。答えられる範囲でよければ答えましょう」
本当にクリスか? 言葉には感情が一切こもっていない。まるで死人と話をしているようだ。
「なぜ貴族を殺したんだ? 復讐と言っていたが」
「……そう、ただの復讐ですよ、もう少しで全てが終わるところだった」
━━十年前
「それは本当なのか!」
「残念ながら間違いありません、水晶は紫色に染まり精霊とも契約できませんでした」
父が魔導師に向かって怒号を放っている、おそらく自分が原因なのだろう。
「この恥さらしが! グランベル家から忌み子が出たなどと知れたら家督取消しも十分にあり得るぞ」
「このことを知るのは我々しかおりません、黙っていればバレることはないかと」
魔導師の男が父に何かを耳打ちしている。
「それでいくしかないな。それにしても面倒なことになった、長男だから簡単に殺すわけにもいかない……クリスフォード、お前は部屋に帰っていろ」
言って父は魔導師とどこかに行ってしまった。僕は生まれてきてはいけなかったのだろうか……。
今日まではみんなに天才と呼ばれて大事に育てられてきた。将来を約束されたグランベル家の長男。十歳にして学校で学ぶべきことを全てマスターしてしまった神童。それが今日終わりを告げる。
部屋を出て行った父は弟にも適正確認をしたらしい、結果は「万能」レアな適正である。
「みんな良く聞け! グランベル家の跡継ぎはエルネストとする!」
この家では父の発言は絶対だ、誰も逆らうことは出来ない。
弟のエルネストは優秀だ……しかし、優秀なだけであって天才ではなかった。いつも僕と比較されて辛い思いをしてきたのかもしれない。
その時から、使用人や家族が手のひらを返して僕のことを冷たくあしらうようになった。
弟に至っては今までの鬱憤を晴らすかのように辛く当たってきた、僕は弟に優しくしてきたつもりだったのに……人はここまで変わってしまうのだろうか。
「兄さんは魔法が使えないんだってね? 天才って呼ばれていた事にあぐらをかいて、天狗になっていたんじゃないの? グランベル家は僕が継ぐから安心してよ。兄さんのことは使用人として保護してあげるからさ」
……悔しい、なぜここまで虐げられなければならないのか、僕が何をしたというんだ。
厳格な父も内心は僕を殺したくてたまらないのだろう、しかし体裁を考えると長男を殺すわけにもいかず、忌み子ということを隠して生かすことを選んだ。そのほうが跡継ぎの変更に有利であると踏んだからだ。
「クリスフォード、明日はミトラニアでパーティーがある。出席はしろ、だが目立ことは厳禁だ。エルネスト、明日は私について挨拶回りだ、顔を覚えてもらえるように上手くやるのだぞ」
エルネストは嬉しそうに返事をしている。
僕の方は正直言ってパーティーなんか行きたくない、完全なお飾りだ。だが、この役目がなくなるときが僕の死ぬときだろう。
少しずつ世間に長男の僕ではなくエルネストが跡継ぎであることを浸透させていく……それが父の狙いなのだ。
「邪魔だけはしないでくれよ、兄さん」
僕は何のために生きているのだろう? こいつらは自分の利益のためなら人を傷つけることは何とも思わないのか。僕はそんな大人にはなりたくない、こんなところで死ぬくらいなら……。
━━パーティーは退屈だ、僕はただ壁の近くで息を殺すようにジュースを飲んでいるだけ……だけど、今日は違った。
「どうしたの僕? ご飯を食べないと大きくなれないぞ!」
「え……あ……」
久々にかけられた優しい言葉に思わず涙を流してしまった。
「あら、どうしたの? 突然泣くなんて……お詫びに中庭を案内するから。ほらほら元気出して!」
強引な人だ、でもとてもキレイな人だった。丁寧に編みこまれた燃えるような赤い髪、切れ長の瞳は深い緑色で、肌は雪のように白かった。
名前を聞くとアンネリーゼと答えてくれた。二人で中庭を散策する、踊るように僕の前を歩く彼女は、とても楽しそうだ。
目の色と同じ、深い緑色のドレスがひらひらと揺れる。アンネリーゼは、話上手でそれ以上に聞き上手だった。
初めて会ったはずの人なのに、気がつくと僕はいつしか自分の身の上話をしていた。
「そうなの、とても辛い思いをしてきたのね」
「……僕は何のために生きているのでしょう」
するとアンネリーゼは、しっかりしろ! とばかりに手のひらで僕の背中を強く叩いてきた。
「私はね、ハーフエルフって種族なの。ヒューマンからもエルフからも嫌われる存在、今も周りから虐げられているわ。今日だって貴族の所有物……見せ物のお人形として連れてこられた。でも私は諦めたりはしない! ……いつか自由を勝ち取ってみせる」
「でも……」
「“でも”も“だって”もない! 悔しいときこそ笑いなさい、嫌なときは殴ってやれ、悲しいときは思い切り泣いたっていい。でもね……諦めなければ、負けたと思わなければ、必ず勝てる日が来るわ」
「そうかな……」
「私こうみえても六十歳なの、年寄りの言うことは素直に聞くものよ! なんなら、おばあちゃんて呼んでもいいわよ」
大きな口で笑うアンネリーゼにつられるように、僕もいつしか大笑いしていた。こんなに笑ったのは久しぶりだ。
僕は初めての恋をしたのかもしれない、胸の高鳴りを抑えることができなかった。
「……ありがとう、僕も決心がついたよ」
「よくわからないけど、元気が出てよかったわ。私はこの街に住んでいるから、遊びに来たときは顔を見せてね」
そういうとアンネリーゼは僕の手を優しく握った。世界が一変したあの日から、初めてもらった暖かさだった。
「おーい! アンネリーゼ、どこにいるんだ!」
遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえる、彼女を所有している貴族だろうか。
「ごめんなさい、急いで戻らないと」
言ってアンネリーゼはドレスを翻し、風のように去ってしまった。
月明かりに照らされた庭に一人で立ち、今起きた夢のような出来事を忘れないようアンネリーゼの姿を心の奥にしまう。




