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素晴らしき このイカれた世界  作者: hi-g
魔導の神 ミトラス編
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利己主義の国、狂人たちの集い④

「父さん……母さん……」


 辺りを見渡すと、薄暗く、密集した木々が日の光を遮るほどに成長しているため、十メートル先も目視できないほどだった。足元には伸びきった雑草が、刃のように生い茂っている。


 人の生きる領域ではないことは肌で感じられるが、村に戻っても生き延びることはできない……もう帰る家もない。

 耳を澄ませば今にも魔物の息遣いが聞こえてくるような錯覚に陥る。闇雲に走り続けたため、どこから来たのかわからなくなってしまった。


 少しは自分の状況を考えられるようになってきたが、狂ってしまったほうが幸せだったのかも知れない。落ち着きを取り戻すのと引き換えに、遠くから人の声が聞こえてきた。


「そっちにいたかー!」

「こっちにはいないみたいだー!」


 声が聞こえてきた方を見ると遠くに無数の明かりが揺らめいている。今はまだこちらに気がついていないが、確実に近づいてきているようだ……このままでは見つかってしまう。


「早く逃げないと……」


 震える足を叩き前に進む。両足を何かに掴まれているかのような重い足取りだ。


「魔物に遭って殺されるか、村の人に殺されるか、どっちが先か分からないな」


 考えるほどに救いがない……いや、最初から救いなんてなかったのかもしれない。いっそのこと村人を一人でも多く道連れにしてやろうかとも考えたが、ギリギリのところで思い留まった。


 治療室から持ってきた回復薬を一本取り出して飲む。残りは二本、これが尽きた時が死ぬ時だな、それまでにこの状況を打開できるとも思えない。

 いやいや、俺は何のために逃げ出した、悲観的になるな! 諦めるくらいなら両親を殺した奴に向かっていって死ぬべきだった。生きることを選択したからには最後まであきらめない。


 ━━森の中を歩き続けて六時間くらい経っただろうか、運よく魔物には遭遇していない……先ほど最後の回復薬を飲んでしまった。せめて川があれば……と思い、辺りを見渡していると遠くに少し明るい場所が見えたので、一縷(いちる)の望みをかけて歩き続けている、そこがダメなら自然と死を意識してしまうだろう。


 祈るような思いで歩き続ける……近づくにつれて、そこはただの平原であることがわかった。平原というよりも、森の中にぽっかりと穴があいているという表現が正しいかもしれない。

 平原の中央には石碑があり、何かが刻まれているのが見える。他のところは雑草が膝上まで生い茂っているのに、この空間だけは誰かの庭かと思うほど手入れがされていた。


「何だ、ここは……」


 おそるおそる中央の石碑に近づく。石碑はキレイな長方形に整えられており、高さは自分の腹くらいまであった。

 何かが書かれているようなのだが、どの角度から見ても理解不能だ。学校で複数種類の言語について、読み書きを学んでいたので、読めないということは俺の知っている言語ではないのか。


「所々、苔で良く見えないな」


 何か読める字はないかと思い、苔を払おうとしたら突然石碑が光りだした。何かの罠か!? もう少し慎重に行動すべきだったと後悔をするが、発光しただけで他には何も起きなかった。


「驚かせやがって……」


 ホッと胸を撫で下ろしていると、どこからともなく声が聞こえてきた。


「ほう、ここに人が入ってくるとは何年ぶりだろうか」


 急に声をかけられたことに驚き、辺りを見回す……だが人の気配は全くしない。


「誰かいるのか!」


 やはり開けた土地に出たのはまずかったか。すでに遅いとは思うが、ここから立ち去ったほうがいいだろう、少なくとも視認できる範囲にいないということは、急いで森の闇に隠れれば逃げられる可能性はある。


「……待て、私の声が聞こえるのか?」


 また近くから声がしたので、慌てて振り向くが誰もいない。あまりに疲れていて頭がおかしくなってしまったのだろうか?


「本当に聞こえているようだな、私と同調しているということか……」


 幻聴かとも思ったが違うようだ、ハッキリと声が聞こえる。いや、極限状態にまで追い込まれているので自分の頭がおかしくなったと思う方が自然かもしれない。

 とにかく、この場所から早々に立ち去るべきかを考えていると「ガサガサッ」と後ろから木の枝を払う音がしたので、物音のほうを見ると見慣れたクラスメイトたちが松明を持ってこちらに近づいてきていた。


「ちっ、見つかったか!」


 今なら森の闇に紛れれば逃げ切れるかもしれない、少なくともここに突っ立っているよりはマシなはずだ。覚悟を決めて走り出そうとした刹那、またもや変な声が聞こえてきた。


「落ち着け、ここから動くと見つかるぞ」


 反射的に声が聞こえた方を見ると、近くまで来ていたクラスメイトの一人と目が合ってしまった。しかし、俺のことが見えていないかのようにそのまま立ち去ってしまう。


「見つからなかったのか……?」


 まだ心臓がバクバクしている……確実に寿命が縮まったぞ。なぜ見つからなかったのかを不思議に思っていると、幻聴と思われる声が丁寧に説明を始めた。


「ここには不可侵の結界が張ってあるからな、同調したものでなければ入ることは出来ないし、見ることもできない。これまでも何人か入れた奴はいたが私の声を聞くことができたのはお前が初めてだ」


 同調? どういうことだろう……それよりも今の状況を確認するのが先決だな。


「声の主よ、お前は魔障の森の主か?」

「森を作ったのは私だが主ではない」


 問いかけたのは自分だけど、すぐに返答がくるとは思っていなかった。とりあえず意思の疎通はできるようだ。


「結界と言っていたが、この中は安全なのか?」

「敵意をもった者が同調していなければ、安全だろうな」


 少なくともクラスメイト達は同調していないってことか。下手に動くよりもここに居た方が安全だとは思うのだが、今までのことを考えると疑心暗鬼である。


「少しの間だけ、ここに匿ってもらえないか?」

「それは構わない、そもそも私にはお前を追い出す力もないからな」


 一応確認は取ったが、得体の知れないヤツの言葉を完全に信用しきったわけではない。しかし、体力と魔力の消費が限界を超えていたため、緊張の糸が切れると同時に気を失ってしまった。



 ━━たまに吹く風が頬を撫でていく、とても気持ちが良い。


 草木が擦れる音、鳥たちの鳴声、木々特有の匂い、まるで森林浴をしているみたいだ……森林浴?

昨日のことを思い出して慌てて体を起こすと同時に、自分の体に異常がないか確認する。次に周りを見渡すが、今のところは危害を加えられた様子はなさそうだ。


「どれだけ寝ていたんだ」


 体を起こすが、久しぶりに魔力切れを起こしかけたので少し気持ち悪い。念のため立ち上がってから再度周りを見渡すが、近くに追っ手はいないようだ。


「起きたか小僧」


 そうだった、得体の知れないコイツがいたことをすっかり忘れていた。


「俺は小僧じゃない、リオン・メルディスだ。差し支えなければ名前を教えてもらえないか?」

「私の名前はクロスレイン、呼びにくいならクロで構わない」


 随分とフランクな主だな。偉そうにふんぞり返っているよりは好感が持てるが。でも、クロスレインって名前はどこかで聞いた気がする……思い出せないが、父さんから聞いたのかもしれないな。


「お礼を言いたいのだが、姿を現してもらえないだろうか」

「姿も何も、私は精神体だから見ることはできん。もちろん触ることも」


 危害を加えることはないと遠まわしに言っているのだろうか。まぁ、何かをしようと思っていたら、寝ている間にしていただろう。話しかけてくる声色は中性的であり、男なのか女なのかがイマイチ分からない。


「クロ、昨日は突然押しかけてしまってすまない、それと一日匿ってくれてありがとう」

「気にするな、私も会話ができたのは千年ぶりだからな、こちらが礼を言いたいくらいだ」

「千年も一人でいたのか?」

「居たくていたわけじゃない、ここから動けないのだ」


 動けない……自分の意思でいるわけではないのか? それにしても、クロは全ての質問に対して即座に回答してくる。よほど会話に飢えていたのだろう。


「外にいる奴等はお前のことが気に入らないようだが、何をしたのだ?」


 むしろ、一方的にされているだけなのだが……正直自分自身が一番状況を飲み込めていない。分かっているのは、相手に殺意があることと、両親が殺されたことだけだ。


「俺にも分からない、精霊と契約ができないことが判明した瞬間殺されかけた。家に帰ったら両親が殺されていたから逃げ出した、それだけだよ」

「そうか、世界の(ことわり)から外されたってことだな……嫌がらせもここまでくると清々しい」

「世界の(ことわり)に嫌がらせ? 何の話をしているんだ」

「ああ、こっちの話だから忘れてくれ」


 クロはそう言うと、俺に質問をしてきた。


「一応確認だが、お前はこの森の近くに住んでいたのか?」

「ああ、俺の家系は代々森の監視者をしていたからな、ずっと昔から住んでいるはずだ」

「なるほど……お前の親は精霊と契約ができたのか?」


 クロが何を言いたいのかが分からないが、他にすることも無いので質問に答える。


「……できたらしいけど、とても弱い精霊としか契約していない。魔力は常人よりも高かったのに……」

「やはりな……話は変わるが、お前はあいつらに復讐をしたいのか?」

「殺してやりたいくらい憎いけど、自分にはそんな度胸も力もない、両親を目の前で殺されたのに逃げ出すような腰抜けだから……」


 悔しくて涙がでてくる、自分の中で麻痺させていた感覚が蘇ってきた。父と母、あんなにやさしい二人が死ぬ理由なんてなかったのに……。


「慰めにもならないかもしれないが、お前の判断は間違えていない、魔法が使えない上に丸腰の状態で向かっていっても犬死だ。父と母の命をお前は繋いだのだよ」

「ただの臆病者だよ……」


 下唇をぐっと噛み締める。血が滲んできたが、両親の受けた痛みに比べればたいしたことはない。


「私はお前に度胸を与えることはできないが、力を与えることはできる」

「え?」


 何を言っているのか理解できなかったのでクロに聞き返すと、しばらく沈黙が続いた。


「私と契約しないか?」


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