死を招く迷宮、氷の追跡者⑤
後方から突然声がしたので振り向くと、白いローブを着た男が立っていた。手には黒い杖、金色の長い髪の毛がサラサラなびいて若干気持ち悪い。
こちらを見てゆっくり近づいてきている。
「あ……あ……あ……」
アイシアは完全に怯えている、声になっていないが何かを訴えているようだ。あいつ何て言った? ぶっ殺したとか言ったよな。
「なぁ、俺の聞き間違いか? この迷宮に入ると耳が遠くなるみたいなんだ。アイシアの仲間を殺した……なんて言ってないよな?」
俺の質問には答えずにニヤニヤしている。本当に気持ち悪い奴だ、顔立ちはハッキリ言って印象に残らないタイプだな。
こういうタイプの奴に限って、突然俺は選ばれし者なんだ! とか言い出しそうで怖い。
「聞け三流冒険者、僕は選ばれた存在だ! キミとは格が違うんだよ。死にたくなければその女をこっちに寄こせ」
「言っちゃったよ……」
『思考回路が同じだな、お前も同類ってことだ』
やめてくれよ、頭がおかしいのだけは分かったので、とりあえずあんまり関わらない方がいいだろう。
「アイシア、立てるか?」
アホを無視してアイシアに手を差し伸べる。
「おい! 僕を無視するな!」
さっきからうるさい、相手にするのも面倒なので捕縛月季で締め上げる。必死にもがいて傷だらけにでもなっていろ。
「う……後ろ!」
アイシア俺の後ろを指差している。何を驚いているんだ? 後ろにはアホが転がっているだけ……と思ったのだが、アホを締め上げていた捕縛月季が白く変色していく。
違うな、色が変わっているのではなく凍り付いているのか? あたりに白いモヤが立ち込めてきた。先ほどまで暑かった階層が、肌寒く感じるほどだ。
次の瞬間捕縛月季が“パリィン!”と高い音を立てて崩れ落ちた。
「キミは植物の精霊と契約しているのかな? あとは火の精霊……いや、あの威力は炎の精霊ってところだろう」
捕縛月季と火炎蛇を見られたからな、そう考えるのは当たり前か。
……待てよ、アイシアとの会話中に後ろから現れたって事は、あの火炎蛇の炎を耐え切ったということだろうか。
「ふふふ、僕はね、氷の精霊と契約しているのさ! はーっはっは! 驚いた? ビビッて声も出ないだろ! 命乞いをするなら助けてやってもいいぞ」
ビビッて? ……呆れて声が出ない、に訂正してほしい。
『なぁクロ、あいつ何であんなにテンションが高いんだ?』
『……もうすぐ夏が終わるからじゃないのか?』
さすがはクロ先生だ、説得力がある。
「冒険者さん、氷の精霊は中位の精霊の中でも別格なんです! 私のことはいいですから逃げてください! あなたまで殺されてしまいます!」
俺が状況を飲み込めていないと勘違いしたのか、アイシアが説明をしてくれた。
アイツが言いたいのはつまり、お前は低級精霊としか契約してないけど、俺は特別な精霊と契約をしている、格が違うんだよ! って事なのか。
「とりあえず、階段近くまで連れて行けばいいか? 転移石は持っているよな?」
アホを無視してアイシアに話しかける。
「冒険者さん、お願いですから話を聞いてください! あの人は賞金首のサイラスです、初心者殺しで有名な奴なんです! 私のことはいいから早く逃げてください!」
賞金首……初心者殺し……? つまりは犯罪者ってことか。サイラスと呼ばれた男の方に振り向く、やっと僕の恐ろしさがわかったのかい? とでも言いたげな表情だ。
「僕の名前は偉大なる魔導師サイラス! 僕の使命は下等な魔法使いの数を減らすことなんだ! 魔力が低いだけで罪、僕と同じ空気を吸う価値も無い……キミもそう思わないか?」
魔法至上主義を体現したような奴だな、お決まりのクソヤロウってことは確定した。
「何でアイシアは狙われているんだ?」
不思議なことが一つあった、お世辞にもアイシアの身体能力が高いとは思えない。他の連中は皆殺しなのに、アイシアだけが逃げ切れた。まぁ、仲間が食い止めている間に逃げたって可能性もあるが。
「え……あ、あの人、私が母親に似ている、とか言って襲いかかってきたんです」
母親……? 意味がわからない、それだけの理由でアイシアの仲間を殺したっていうのか。
「死んだ母さんにそっくりだったんだよ、つまりキミも選ばれし者なんだ! 僕の隣にいてもいいんだよ」
言って、アイシアに気持ち悪い微笑を向けている。
『……リオン、そろそろこいつを黙らせてもいいか?』
『そうだな、正直うざいと思っていたところだ』
ゆっくりと立ち上がり、気づかれないように魔法障壁を二重展開する。
「僕僕僕って……さっきからうるさいわ、そんなにママのおっぱいが欲しいならすぐに会わせてやるよ、マザコン魔導師が! ハッキリ言って気持ち悪いよ、お前」
クロさん……言いすぎですよ! あいつがマザコンだなんてわからないでしょ?
「ママのことを……ママのことを馬鹿にするなぁ!」
「うわぁ、マジかよ」
「冒険者さん……」
アイシアが何かを言おうとしたので、手を前に出して静止する。不安な表情をしていたので「任せろ」と小さく呟いた。
覚悟を決めたのか、俺の顔を見ながら大きく頷いた……もう怯える心配は無い。サイラスが大きく息を吸い込むと、さっきよりも肌寒くなってきている、外気を取り込むことで魔力を高めているようだ。
「なぁサイラス、死ぬ前に教えてくれ。お前は強いし魔力も高い、普通に冒険者をしているだけでも十分生活ができるだろう。なぜ初心者を殺す道を選んだんだ」
怒り狂っていた表情が少しずつ落ち着きを取り戻していく、何かを勘違いしたようだ。
「ほほう、自分の死期を悟ったのかい? 殊勝な心がけだから教えてあげよう。選ばれた僕は何をしても許されるからね。さっきも言ったけど、下等な連中が大嫌いってのもあるし、弱い奴を圧倒的な力でねじ伏せるって……快感だろ?」
とんだ勘違いをしてくれたものだ。死ぬ前にってのはな……お前が死ぬ前にだよ! これ以上会話をする必要がないことがよくわかった。
今手元にある情報を整理する。奴の属性は氷、あの無駄な自信と攻撃的な性格、おそらく適正は殲滅か?
『他の精霊と契約している可能性はないと見ていい、特別な存在である氷の精霊にご執心のようだからな』
気になった点は一つ、捕縛月季を凍らせたとき詠唱をしていなかった。つまり、奴に触れるだけで何かの魔法が発動する。
『……いい分析だ。該当する魔法は凍結反射、補助適性だが殲滅でも使えるからな。効果が減算されているとはいえ、触れるだけで凍りつくから距離を取れ』
指示通りバックステップで距離をとる。サイラスのほうを見ると詠唱を始めていた。
「凍てつく飛礫よ、弾けろ! 氷雪雫!」
白いモヤの中から氷の結晶が具現化する。氷の飛礫が散弾となり、勢いよく襲い掛かってきた。展開していた魔法障壁に連続で被弾する。
“カカカカン!” と何発もぶつかる音がして障壁が一枚突破された感触がする。しかし二枚を一気に貫通するほどではないようだ。
ようやく納まったと思ったのだが、あたり一面が霧のようなものに包まれている……サイラスの姿が視認できなかった。とにかく移動しよう……と思ったが足が動かない、下を見ると足元から凍りつき始めている。
クソっ、いつの間に他の魔法を! 見た感じは捕縛用魔法のようだ。
「氷柱棺さ、生きたまま全身が凍りつく恐怖を味わうがいい!」
見る見るうちに全身が氷に包まれていく。霧が晴れる頃には氷の彫像となっていた。
「はーっはっは! 僕のことを馬鹿にするからさ、その中で頭を冷やすがいい」
その棺から逃れたものはいない! とか喚いているのがかすかに聞こえる。サイラスは勝ち誇った表情をしたまま、「待たせたね」とか気持ち悪いことを言いながらアイシアに近づいていく。
アイシアは観念したのか、抵抗するそぶりすら見せない。
サイラスにアドバイスをするであれば、相手を殺すまでは目を離してはいけない、これは戦闘の初歩ですよ。
氷の彫像となりかけた俺の足元に魔法陣が展開されていく。
燃え上がれ! 轟音と共に氷の彫像が炎に包まれていく、驚いた表情をしているようだが気づくのが遅すぎたな。
『まさか自分に使う事になるとは思わなかった』
『さすがはクロ先生の火葬、クソ魔法使いの氷なんて一発解凍だな』
『だが、手加減とは難しいものだな。本来の氷柱棺はこんなものではない。もう少し魔力を込めていたら、危うく焼き鳥になるところだった』
炎の中から蘇る姿が、よほど恐ろしく目に映ったのだろう。
「お……お前は悪魔か! 凍りついた状態で魔法が使えるわけがない! 仲間かっ、仲間が近くにいるんだろ!」
焦りすぎだ、お前はもう終わりだよ。何度も勝つチャンスはあったのに、驕りが敗北に繋がったのだ。
「ちくしょう! 卑怯者め、仲間が何人いようが関係ない、全員吹き飛ばしてやる。凍てつく嵐で凍土と化せ! 細氷乱舞!」
クロがああ、それかと呟く。
『**** 細氷乱舞!』
サイラスが両手を前に突き出しているが何も起きない、契約初日の俺も魔法を叫んで使えなかったのを思い出す。アレって超恥ずかしいんだな。
「あれ、あれ、何で魔法がでないんだ! お前まさか……」
「そのまさかだよ、凍てつく飛礫よ、弾けろ! 氷雪雫!」
意味はないが詠唱を真似てやった。
俺の周りに発生した白いモヤの中で次々と氷の結晶が具現化されていく……無数の結晶が出来上がると同時にサイラスに襲いかかる。
「くそぉ!」
サイラスも精一杯の魔力を使ってレジストをしてきたようだ。
『あれはレジストではなく、同じ属性の精霊に吸収させたのだ。あれをやると相当な魔力を喰われる』
たしかに、ほとんどの魔力を使い果たしたように見える。サイラスのほうを見ると、ピンチを切り抜けたと思っているなら大きな勘違いである。
大事な足元がお留守ですよ……さすがのサイラスも自分に起きている異変に気が付いたようだ。
「そんな……これは氷柱棺、僕だけの……僕は選ばれ……」
全てを言い終える前に氷の棺に包まれていた。捕縛魔法は守護適正なのでサイラスの適正では扱いきれていなかったのか。
クロが使った氷柱棺は完全なる円柱……文字通りの氷の棺となり、中にいるものには確実な死が訪れる魔法だった。
これは強力な魔法だな、ありがたく使わせてもらうよ。
「たしかに、お前は選ばれた者かもしれない……だが、選ぶ道は間違えたようだな」




