死を招く迷宮、氷の追跡者④
「いらっしゃいませ!」
明るい声とともに現れたのは、オレンジ色の制服を着たかわいらしい女の子だった。店内もピンクを基調にかわいらしい店づくりを前面に押し出している。
おまけに、周りを見ても客はカップルだらけだ……完全に入る店を間違えた。
『何も間違えていないだろう、早く席につけ』
あまりの場違い感に固まっていると、店員が声をかけてきた。
「お客様はお一人ですか」
「一人と一羽です」
「はい?」
「いえ、一人です!」
クロォォォ! 慌てて訂正する、笑顔で通された席は真ん中あたりの席だった。カップルの集団のど真ん中にヒヨコとケーキを食べる男一人、周りの視線が痛かった。
こっちを見て笑っている奴もいれば、チラチラみている奴もいる……どんな罰ゲームだこれ。当の本人は『このケーキおいしいな!』と喜んでいる。
無邪気なんだか、よくわからん。まぁ喜んでいるからいいか。ケーキは二個と言ったのだが、結局五個も食っていた。
少し意外だったのが、ケーキの味を感じたことだ。強い甘みなら味として認識出来ることが分かっただけでも大きな収穫である。
ケーキはどれでも五百トラスとの事だったので、持ち帰り分を合わせて四千トラス支払って店を出る。おみやげを買おうと言い出した時は、苦笑いしかでなかった。これで、今日の予定はあと死者の書の獲得だけだ。
時間を確認すると九時になったばかりだ、早いところ迷宮に潜ろう。
雨合羽を着こみ足早に北門へ向かう。北門の門番とあいさつを交わし、外に出ると迷宮内にものすごい勢いで雨水が流れ込んでいた。階段下りるときは注意しないと足を滑らせて大怪我をしそうである……今更ながら長靴も買えば良かった。
幸いにも今の靴には防水性があるので中に水は入ってきていないが、迷宮内の水かさが踝以上まできていたらアウトだ、どうやっても靴の中に水が入る。滑らないようにかつ、水がはいらないように慎重に階段を下りる。
一階の通路に出たが、水かさは心配するほどではなかった。さてと、ここで転移石を使えばいいんだな、青い転移石を握り魔力をこめる。五分って結構長いよな、しかも動くなって言われても魔物に襲われたらどうするんだろ?
のんびりと待っていると足元の魔法陣が強く発光し、次の瞬間には十一階に下りる階段の前にいた。あっという間だな、普通に行ったら何時間もかかる道のりが五分で済んだ。一時間は再使用できないらしいから、落とさないようにカバンにしまっておこう。
十一階はクリムゾンアントの一種類だ、こいつらはとにかく数が多く集団で行動するらしい。尾端から噴出される蟻酸に注意と書いてあるが、所詮は蟻だろ? 踏み潰してやるよ。
『油断するなよ』
クロさんも心配性だな、平気だってば。鼻歌交じりに歩き出すと“ガサガサガサ!” 大きな物音とともに巨大なアリが地面から顔を出してきた。
俺よりもでかい……昆虫特有の感情を映さない目がこちらを睨んでいる。まぁ、一匹くらいなら……。
戦闘準備に入ると、クリムゾンアントが地面から這い出してきた穴から、他の蟻が次々顔を出してくる。あっという間に十匹を超えていた……気持ち悪い、そして臭い。
一匹ずつ相手にするのは面倒なので炎槍で串刺しにしていく。死ぬときの“ピギィ”という鳴声が生理的に受け付けない。
『私も昆虫は苦手だ、早いところ抜けてしまおう』
激しく同意。魔物を見かけても無視して逃げ切る。虫だけに……
『一応言っておくが……』
『わかっています!』
クロの言葉を途中で遮る。迷宮内で魔物を引き連れていく行為は禁止されているのだが、他の冒険者に擦り付けなければ問題あるまい。最悪、後方に向かって炎槍を放てば数も減るだろう。
身体強化を使って一気に駆け抜ける! 何匹かクリムゾンアントに遭遇するが、全て無視して階段を目指す。時折後ろを振り向くが、追いかけては来ていないようだ。
順調に進んでいると、突然大声が聞こえてきた。
「助けてー!!」
へ? 気が付かないうちに擦り付けてしまったのか? ……違うな、声は前方から聞こえる。わずかにだが地面が揺れており、どんどん音と振動が強くなってくる。
『嫌な予感がする』
ここでも激しく同意だ……遠くから大きなリュックサックを背負った男? がこちらに向かって走ってくる。帽子を深くかぶっているため顔は確認できない。
後方には数えきれないほどのクリムゾンアントが、我先にとひしめきあっている。餌に群がる蟻を大きくするとこんな感じなんだな……通路は奥まで赤い色で埋め尽くされている。初日の赤い帽子の集団を思い出すほどだ。
困ったな、前には蟻を引き連れた男、戻れば俺が振り切ってきた蟻たちが餌を求めてうろついているのだろう……早い話が逃げ道無し。男の顔を見るとまだ若いようだ、もしかしたら俺と同じくらいか年下かもしれない。助けを求めながら逃げているので、わざとではないようだが。
『助けるのだろう?』
『はぁ……助けますよ』
「おい! 今から道の半分を岩で塞ぐ、ぶつからないように気をつけろよ」
返事は聞こえないが頷いたように見えた。
『クロ、わかっているよな』
『任せておけ』
交互に岩石弾を唱えて通路の半分を塞いでいく。狭くなった通路にクリムゾンアントの大群が雪崩込むが、一列になった時点で勝ったも同然だ。
男が狭い通路を駆け抜けて俺の後ろに滑り込むと同時に、蟻に向かって火炎蛇を放った。何匹いても関係ない、全てを飲み込む炎の蛇だ。
虫が燃える音だろうか、“ピキピキ”と音が鳴り続けている……クリムゾンアントの大群は学習能力がないらしい。次から次へと前進してくる。まるで何に追われているかのようだ。
あまりにも気持ち悪い音だったので、耳を塞いで待っていると、通路には蟻の燃えカスしか残っていなかった。念のため、少し待ってみたが追撃もないようである。俺じゃなかったら、全滅していたかもしれないぞ。
後ろを見ると、十代前半くらいの男の子が肩で息をしている。ハンチング帽に半ズボンと半袖のシャツ、小さい体には大きすぎるリュックサックを背負っていた。迷宮に来るのに地肌を露出しすぎだろう……こいつは本当に冒険者か?
「はぁはぁ……た……助かりました」
肩からかけていた水筒を手に取り、水を一気飲みしている。
「ゴホッゴホッ」
「大丈夫だから少し落ち着け」
俺も魔力を多めに使ってしまったので小休止を取ることにした。
「こんなところ何していたんだ、見たところ武器も持っていないじゃないか」
言って男の子の顔を眺める。あれ……もしかして……。
「本当にありがとうございます! あ、自己紹介がまだでした! 私の名前はアイシアです、アズガルド出版で迷宮名鑑の地図確認を担当しています」
女の子だったぁ……短い髪と服装に騙されたな。
それに、アズガルド出版……? カバンから名鑑を取り出し確認すると、発行元は……アズガルド出版だった。
「あ! うちの本を買ってくれたんですね! ありがとうございます」
「それはいいんだけど、一人でここまできたの?」
尋ねると、今にも泣きそうな表情になり、目に涙を浮かべている。え? え? まずいこと聞きましたか?
『最低だな』
おいおい! 当たり前のことを聞いただけだろ。
「すいません、今日は初仕事で来ていたんです。私の仕事は地図の更新と確認なんですけど、一緒に来た人が全員殺されてしまって……」
「クリムゾンアントに?」
あれに殺されるようなメンバーで迷宮の確認に来てはダメだろう。
アイシアはとうとう泣き出してしまった。俺の質問に対しては首を横に振っている。
『あーあー、最低だー!』
こいつ本当に最初の厳格なイメージはどこにいったんだ。
『うっさいわ!』
「違うんです、みんなは……」
「僕が全員ぶっ殺してやった」




