死を招く迷宮、氷の追跡者③
「裏地? 縫い合わせるってことですか?」
ただ単に縫うだけではなく、効果を相乗的に高める技術があるそうだ。イメージ的にはユミルの融合剣と同じか? この技術は昔から裁縫師の間で確立されているので、効果は保証するとまで言われてしまった。
「真紅のローブとの縫い合わせになりますので、火耐性上昇が小から中になります。具体的に言うと二割から四割くらいカットですね」
カットの振れ幅が大きいが、そこまで厳密には計れないってことだろうな。真紅のローブは手放すつもりがないから、能力向上はありがたい。
「じゃあお願いします」
料金を確認すると、初級装備の縫い合わせは銀貨三枚と言われたので、カバンからお金を取り出す。ユミルから再度カードを受けとり、隣の武具店に向かう。
明日は秋服、明後日は真紅のローブの受け取りと……常連みたいだな。むしろすでに恋人なのか? ……いやいや、妄想はこのくらいにしておこう。決して会いたいから色々頼んでいるわけではないのです。下心は一切ありません。
『そこの変態妄想勘違い野郎、鼻の下が伸びているぞ』
ふう、アミルに会った後だと、どんな暴言でも流せてしまうな……命拾いしましたね、ヒヨコさん。
武具店に入ると、相変わらず店内には誰もいなかった。奥からカーンカーンと一定のリズムで金属を叩いている音がする。あの細い腕でよくやるよ、と思う。
「おーい! ユミルいるかー?」
呼びかけるが返事がない。ふとカウンターをみると「御用の方はボタンを押してください」と書かれた札が貼ってあった。
ボタン……? この赤いボタンのことだろうか。まぁ押すしかないよな……ぽちっとな、赤いボタンを押すと大きな音でアラームが鳴り響いた。
“ジリリリリ!”
うるさいわ! 耳を塞ぐが少しも改善されない。これはたまらないと思い、外に出ようとしたところで、けたたましく鳴り響くアラームが突然鳴りやんだ。
「おう、リオンか?」
おう、リオンか……じゃないわ!
「このアラームはうるさすぎるぞ!」
「恥ずかしい話、最近耳が遠くなってきてさ、もうジジイだよ俺も」
笑いながら答えているが、コレを続けていたら客が減ると思う。それにしても、アミルは老眼でユミルは難聴とか、お前ら本当に何歳だよ。見た目は二十代にしか見えないぞ。
「まぁいいよ、今日は迷宮で拾った宝石を鑑定してもらいたくて来たんだ」
バクウが落とした青い宝石を差し出す。ユミルは「ふむ」とつぶやくと、まじまじと見ている。虫眼鏡は使わないのか?
「すごいな、バクウの涙だ。効果は記憶力の向上だったかな? 希少な宝石だから結構高いぞ」
そうなのか……お金に困ったら売る事にしよう。
「それを加工して装備品にできるか?」
「ああ、ネックレスでよければ簡単に作れる」
ユミルに加工を依頼して、鑑定の料金とあわせて銀貨二枚を支払った。あとは大量の魔石を見てもらおう。
「これだけの量をお前一人で集めたのか?」
ギルドでも同じことを言われました。少し時間がかかったがクズ魔石含めて銀貨三枚か、まずまずだな。ユミルの話だと、魔石の価値は大きさ以外に色でも変わるらしい。
俺が持ってきた魔石は全部白だったが、他に青、黄、赤、黒とランクが上がっていくとのことだ。ユミルも黒い魔石は見たことがないと言っていた。
おっと、今日来た理由は鑑定だけじゃない。
「なぁ、短剣が欲しいんだけどいいものはないか」
「なんだ、剣だけじゃ不満なのか」
「そういうわけじゃないんだけど、あの剣のリーチは長いだろ? 狭い通路では使いにくいんだ」
なるほど……とユミルが呟く。
「少し待っていろ、奥から探してきてやる」
奥ってあの作業場のことだよな、乱雑に武器が重ねられている様がここからでも見える。とても期待できないのだが……鼻歌交じりでユミルが武器を探している。
待っている間は暇だな。杖でも見ているか……おもむろに手に取った杖の値段を見て引いてしまった。
「金貨七枚」あわてて元の場所に戻す。
まじかよ。あんな棒きれが金貨七枚とかありえないだろ。見た目は白く光沢を放っている杖だ、先端には大きな青い宝石がついている。済んだ青い色は吸い込まれそうなくらいキレイだった。こっそり俺が拾ってきた髑髏の杖と交換しちゃおうかな。
「それか、魔力を高める魔石が先端についているからな、丁寧に扱ってくれよ」
突然声をかけられたので慌てて振り向く、いつから後ろにいたのだろうか。ここまで気配を消して近づいてきたとするならば、俺よりも実力は上と見るべきだろう。
「これで七金もするのか? 高すぎるだろう」
「そうでもないぞ、その先端の魔石だけでも三金はする。杖自体も魔力伝達率の高い魔物の腕で作られているからな、加工にも手間がかかっているんだ」
これが魔物の腕……加工賃も含めれば七金くらいはするのかもしれないな。そんなことよりも、いい短剣があったのだろうか。ユミルの手を見ると埃をかぶった短剣が握られていた。
「良いダガーがあったぞ。先代が作った作品なんだけどな、黒銀で打たれた逸品で退魔のダガーだ。霊体にも効果があるから持っていて損はないぞ」
鞘から抜くと、透き通った銀色の刀身だった。黒銀というくらいだから黒い刀身を想像したのだが……。
それと形が少し変わっている、両刃となっているが片刃が直刀、反対側がノコギリのようにギザギザした形をしている。刀身の真ん中がくり貫かれており、軽量化を図られていた。今までに見たことのないデザインだが強度は大丈夫なのだろうか。
持った感じは銅の短剣よりも少し軽いな、霊体は魔法が使えれば問題なく倒すことができるが、無駄な魔力を使わなくて済むっていう点では物理攻撃でも処理できたほうがいい。
「それとこれは付属品だ」
ユミルが何かを投げつけてきたので慌てて受け止める。渡されたのは革製のベルトだった、ダガーの鞘がセットできるように調整されている。
「咄嗟に使いたいときにカバンから出すわけにもいかないだろう? それをつけておけば背中側に装備できるから、使わないときでも邪魔にはならないはずだ」
たしかに、試しにつけてみるが両手の動きは邪魔をされないし、ダガーもすぐに抜き出せる。これはいいものだ。
「高そうだけど、いくらだ?」
「そうだなぁ、諸々をセットにして二十万トラスでどうだ」
二十万トラスかぁ……買うと残金が九万四千トラスとなる。まぁ迷宮に潜れば、すぐにお金も貯まるだろう。
「よし買った!」
二刀はツケだが、ダガーは即金で支払った。今はシャツしか着ていないから背中のダガーが丸見えだが、ローブを着れば見えないだろう。
さすがはユミルの師匠と言うべきか、柄を握ると少し指が沈み込むため非常に握りやすかった。
「なぁ、先代はまだ生きているのか?」
ユミルは首を横に振り「何十年も前に死んでいるよ」と言ってきた。少し悲しげな表情が一瞬見えたのだが、すぐにいつも通りの元気なユミルに戻っている。
「とにかく先代は名工と呼ばれていたんだ、そのダガーも本当は十金以上するんだからな! リオンだから特別にサービスしていることを忘れるなよ!」
先行投資ってことだな、あの乱雑に置かれた武器の中から取り出していなければもっと嬉しかったのだが、何十年も放置されていたと思われるので何とも言えない。
そうだ、前に聞こうと思っていたことを今聞くか。
「顔の上半分が隠れる眼帯を知っているか? 瞳のような模様が刺繍されていたんだが」
「あー、多分真実の眼帯だ。あれを装備していると、直接瞼の裏に外の映像が映し出される。装備効果は幻術系が効きにくくなるはずだ」
そうか……目が隠れていたけど見えてないわけじゃないんだな。近距離系の奴は幻術にかかったら負けって感じもするし、顔も隠せて一石二鳥なのだろう。
「なぁ、融合剣の使い勝手はどうだ?」
「強いとは思うんだけど、移動時にバランスが取りにくいな。特に右側に着けている朱双剣が重いから右に重心が寄ってしまう感じだ。あとは黒双剣の強度がわからないので使用時に躊躇してしまう、どこまで耐えられるのかは知りたい情報だ」
ユミルは頷きながらなるほどと言っている。
「わかった、次に来る時までには解決策を考えておくよ」
頼りにしていますよ。用事も済んだのでユミルの店を出て、約束の喫茶店に向かう。雨だから移動が大変なので店は選んでいられない、目に入った最初の店にはいる。




