死を招く迷宮、氷の追跡者②
翌日は雨の音で起こされた。村を出てから初めての雨だ、雨季と違ってこの季節は本当に雨が降らないので、水源の補充としては貴重である。
「お、一人で起きるとは珍しいこともあるものだ」
すでにクロは起きて迷宮名鑑を読み始めていた。
「あれ、クラス名鑑は読み終わったのか?」
「ああ、本に書いてある全てのクラスは記憶した。大体クラススキルは三個くらい覚えるみたいだから、お前にも同じくらい増えるだろう」
三個くらいってことは多いこともあるし、少ないこともあるってことだろうな。まぁ増えたらラッキー程度で考えておこう。
身支度を整えて食堂に下りると、宿泊客の人数分と思われるオニギリが置いてあった。
「おっさんいないのか……?」
カウンターの奥から何か音がしたので、覗いてみる。鬼のような形相で、鍋を覗き込むおっさんの姿が見えた。こちらに気がついたのか、手を振ってきたが何も喋らない。
「今日の朝飯はオニギリを食べればいいのかな?」
「ああ、いまは鍋から目が離せないからオニギリを食ってくれ、その代わり夜は期待して良いぞ」
視線はこちらに向けずに答えてきた……今日は帰れないかもしれない、なんて言えないな。おっさん渾身の晩飯のようなので、今晩帰る事を最優先にしたほうが良さそうだ。そんな事を考えながら、オニギリを口に入れて宿から外に出る。
ザァァァ……結構な大雨だな、よくよく考えたら悪天候は旅に出てから初めてだ。カバンから雨合羽を取り出す。ヒヨコも濡れないように内ポケットに入ってもらった。
道は舗装されているので靴が泥だらけになる心配が無い。道の脇には小さな穴が開いており、雨水が溜まらないように排水している。これが都会と田舎との差か……村にいたときは少し走るだけで靴の中まで泥だらけだったからな。
雨の中を静かに歩くが人通りも少なく、いつもは賑やかな露店街もシートが被せてあるだけで誰もいなかった。
『甘いものが無い!!』
話が違うぞ! と叫んでいる。
『仕方ないな、後で喫茶店に連れて行ってやるよ。そこでケーキでも食ってくれ』
『二個だよな?』
『……三個でも四個でも好きなだけ食べればいいじゃない』
雨が止む気配はなかったが、相変わらずギルドの前は人が多かった。ギルド前には大きなテントが張られ冒険者たちはその中にひしめき合っている。雨の日はテントを張ってくれるのか。
テントの手前で雨合羽を脱ぎ、手際よくカバンにしまう。本当は乾かしてから入れたいのだが、贅沢は言えない。中に入ると早速ホワイトボードを確認した。今日はクリスが出勤日でハルカが欠勤日のようだな。あいつら一日おきに休んでいるのか、そんな楽な仕事聞いた事無いぞ。
「リオンさん、雨の中お疲れ様」
声の方を見るとクリスが手を振っている。よくもまぁこの混雑した中で俺を見つけられるなと感心してしまう。
「久しぶりの大雨だな、ここまで大降りだと迷宮に雨が流れ込むんじゃないのか?」
「一階だけは水溜りが多いと思いますけど、この位の量なら迷宮が飲み込む速度の方が早いですよ。どこかの誰かさんみたいに洪水を起こしたら話は別ですけど」
サラッと嫌味を言ってくるな、イケメンだからって調子に乗るなよ!
「冗談ですよ、今日はクエストの報告ですか?」
そうだった、金欠を早いところ解決しなくては、カバンからギルドカードを取り出し、クリスに手渡す。
「お、十階制覇したんですね、おめでとうございます。ギルドから報酬として転移石をプレゼントさせていただきますね」
お、やはり十階まで転移できるみたいだな。毎回一階からスタートなんて非効率すぎると思ったんだ。クリスが机の下から取り出したのは卵形の青い石だった。わずかに発光しているのが見える。
「これが転移石です、十階まで転移が可能となっておりますので有効にお使いください。二十階に到達したらまた別の転移石をお渡しいたします」
階層ごとに違う石を使うのね、クリスから青い石を受け取りカバンにしまう。
「ちなみに、この石はどうやって使うんだ?」
「迷宮内でならどこでも使えますよ、魔力をこめると足元に魔法陣が現れますから5分ほど動かなければそのまま十階に転移します、注意点は一度使うと一時間は使えません」
お、それは便利だな、再使用時間も一時間くらいなら許容範囲だ。十五階に行ってからも、十階にすぐ戻れるということか。十階からなら入り口にもすぐ戻れる……迷宮の探索時間が大幅に増えるな。
「あとは……ブラックオークの棍棒とビショップの杖ですね、カウンターに出してもらっても良いですか?」
言われるがまま、戦利品を並べていく。ブラックオークの棍棒が三十本にビショップの杖が二十五本だ、精算結果が楽しみである。
「どうやれば一人でこの数を狩れるのですか……全部で金貨二枚銀貨七枚銅貨五枚ですので、二十七万五千トラスですね」
ウヒョー、一気に大金持ちだ。
「……低層階で儲けているのはリオンさんくらいのものですよ、普通迷宮は四人以上で攻略するものですからね、報酬を山分けして装備を補修すると収入はスズメの涙になります。それと、よく一人でバクウ倒せましたね? パーティーなら楽勝ですけど、一人で撃破したならかなりすごいですよ」
それだけ死にそうな目にも遭っていますからね。受け取った報酬は大事に使っていこう、まだまだ欲しいものは沢山あるけど、一日で使い切っていたら身が持たない。
「ははは、バクウの倒し方は内緒にしておくよ。これから迷宮に潜るんだけど、十一階以降でお手軽なクエストはないか?」
「そうですねぇ……」
クリスがファイルを片手にページを捲っている。
「十一から二十階の間で迷宮クエストはでていませんね……報酬が高いものをお探しでしたら一件いいものがありますよ」
こいつの「いいもの」はロクなことがない、俺は話を聞かないぞ!
「悪いけど、迷宮探索を急がないといけない理由があるんだ。他のクエストを受けている余裕はないなぁ」
「そうですか……調べてもらうのに丁度いいクエストだったのですが」
調べる……? 何のことだろう。
「ん、何を調べるんだ?」
俺が聞き返すと、クリスは慌てた様子で「聞き間違いですよ」と言ってきた。不審に思ったが、追求しても仕方ないので他の用事を済ませる事にする。席を立とうとしたとき、クリスに呼び止められた。
「あ、言い忘れましたけど、今回のクエストクリアでEランクに上がりましたよ。一人でクリアすると報酬に加えて貢献度も総取りですからね」
ギルドカードを見ると確かにEランクと書かれていた。
「本当だ、EランクになるとDランククエストまで受けられるんだよな?」
「その通りです、大型魔獣の討伐にも参加できますので時間があるときに受注してみてください」
大型魔獣……大人数で狩りをするのが苦手だからな、しばらくはいいだろう。クリスに礼を言いギルドを後にする。喫茶店へ行く前にアミルさんに会いに行こう。
でも、新調した服を早速穴をあけてしまったからなぁ……怒られるかもしれない。店の中に入ると、アミルが眼鏡をかけて裁縫をしていた。知的美人とはこのことを言うのだろう。
何となくだが母親が破いた服を縫ってくれたことを思い出す。思わず見入ってしまったが、そろそろ声をかけたほうがいいよな。
「すいません……」
ハッとした様子でこちらを見るなり眼鏡をはずしてしまった。
「最近眼鏡をかけないとよく見えなくて……恥ずかしいです」
「いえいえ、とてもよく似合っていましたよ」
アミルはコホンと咳払いをし、補修してくれた服をカウンターの上に広げてくれた。
「破けた箇所は補修しておきました。血のシミ抜きは広範囲でしたけど、キレイになったと思います」
仕事が早いし丁寧だ、どこを縫ったのかがわからない。
「ありがとうございます、それと昨日買った服に早速大きな穴が開いてしまって……」
焦げた右袖を見るなり「お体は大丈夫でしたか?」と心配の言葉をかけてくれた。この子は天使なのか! どこかの黒いヒヨコとは大違いである。
「傷はたいしたことなかったです」
「そうですか……それで、この服の着心地はいかがでしたか?」
「気になった点としては、打撃耐性があると聞いたのですが効果を感じなかったです。あとは少し暑いくらいでしょうか……まだ十階までしか潜っていないので睡眠耐性は確認できませんでした」
ふむふむ、とメモをとっている、かわいいな。
「モニターをしていただいて非常に助かります。これをもとに量産品を作りますので、完成したら買ってくださいね」
試作品ということもあり、今回の補修はサービスでやってくれるそうだ。カードと引き換えに補修されたシャツを受け取り、奥の試着室で着替える。
破れたシャツを渡そうと思ったところで、とんでもない事に気がついた……やばい、これ昨日から洗っていないぞ。
「すいません、洗っていないので明日持ってきます」
アミルはニッコリと微笑み「気にしないでください、こう見えても洗濯は得意なんですよ」と言い、シャツを受け取ってくれた。
『お前はこういうのがタイプか』
『俺だけじゃなくて、だいたいの男は好きだと思うぞ』
クロはつまらなさそうにふーんと言っている。そうだ、オークプリンスからはぎ取ったマントを見てもらおう。カバンからマントを取り出し、カウンターの上に広げる。
「マントを拾ったんですけど、効果はわかりますか?」
アミルは再び眼鏡をかけると、マントを調べ始めた。
「これはオークプリンスのマントですね……ここまでキレイな状態で持ってこられるのは珍しいですよ……まさかとは思いますけど、一人で倒したのですか?」
話を聞くと、魔法効果が付与されており全般的な魔法の耐性が上がるらしい。所詮は低層階の装備なのでそこまで効果は高くないが、初級冒険者にとっては十分に価値があるとのことだ。
でもなぁ……このマントを羽織って迷宮に入ったら、目立つ上にダサイ。
「そのまさかです、ちなみに売るといくらくらいですか?」
少しだけ驚いた表情をすると「そうですね、状態がいいので三金位でしょうか」と教えてくれた。ゴブリンバーサーカーの剣よりも安いのか、なんだか苦労した割に報われないな。でも、一回の戦闘で三金と考えれば破格なのかもしれない。
「装備するには派手すぎるので、売ってきます」
「それはもったいないですよ、真紅のローブの裏地にしてはどうでしょうか?」




