死を招く迷宮、氷の追跡者①
気が付けば八時間近く迷宮に潜りっぱなしだ。早いところ街に戻りたいが、まずはバクウのドロップアイテムを確認しよう。バクウの死体が光の粒となったあとに、小さな宝石が一つだけ落ちていた。
魔石とは違う……青く澄んだ宝石は見るものを魅了するな。ユミルのところで鑑定してみよう。
この階層では相当な数を倒したのだがドロップアイテムは魔石のみ、何とも言えない収穫だ。
『転移石はどこだ』
部屋の奥に扉があるので、おそらくそこにあるだろう。
木製の扉を開けると小さな部屋につながっていた。そこには十一階へ続く階段と、小さな緑色の石が浮いた台座があった。
あの小さな石が転移石だろうか? 台座には注意書きが書いてある。
必ず最初に読むこと。
魔力をこめると一階に転送されるが、触れるだけでも魔力を吸収されるので注意すること。
冒険者ギルドに登録している場合は、転送される前にギルドカードを転移石にかざすこと。
魔力がない場合は使用できない。
しかし、パーティーメンバーに魔力保有者がいる場合は一緒に転移可能。その際は必ず相手の地肌に触れていること
なるほどね、まずはギルドカードをかざしてみると、クエスト欄に文字が浮かび上がってきた。ミトラニア迷宮十階制覇……何かもらえるのだろうか。
つぎに転移石に触れてみる。魔力を込めるまでもなく、自分の体から何かが吸い取られる感触がする……次の瞬間迷宮一階の階段近くに転移していた。
『これは便利だな』
とりあえず、外に出よう。すでに日は暮れており、他の冒険者たちも街に帰るところのようだ。十階まで探索したのに一人も会わなかったのだが、みんな十一階以降の探索者ってことなのか?
そうなると、逆に潜ることができる転移石もあるかもしれない。明日の朝にでもクリスに聞いてみよう。
『今日は晩飯に間に合いそうだな』
おっさんが待っているからさっさと帰ろう。北門をくぐり、中央広場に向かう。慣れない近道はもうしません。この時間帯はまだまだ人通りが途絶える気配はなかった。露店に腰を掛けて酒を飲む人々が目に映る。
そこからは笑い声や陽気な歌声が聞こえてくるが、たまに喧嘩をしている酔っ払いもいるようだ。
宿屋に着く頃にはお腹は減っているのだが、食事を楽しむことが出来ないので、死なないために食べるって感覚なんだよなぁ。
中に入ると食堂が賑わっている。ピークタイムだった……外の露店にいる人々と同じように酒を飲んでいる宿泊客もいる。カウンターの奥にいるおっさんに声をかけると「席に座っていろー!」と大きな声が聞こえてきた。
いつもの特等席が開いていたので、そこに腰をかける。あいかわらず宿泊客の話題はリドル一色であった。
「さっき門番から聞いたんだけど、貴族がまた殺されたらしいぞ。家族全員皆殺しだってな!」
「聞いた聞いた、なんでも部屋中に内臓が飾られていたらしいな! 心臓は口の中から見つかったと言っていたぞ」
「狙われるのは、本当に貴族ばかりだよな、俺は最近侯爵になった奴……名前なんだっけ……まぁいいか、とにかくアイツが怪しいと思うんだ」
食欲が失せる話題だな。アイツって誰だよ。所詮は噂話なのでどこまでが真実かはわからないが……。
「おう、今日も服がボロボロだな! 怪我はなさそうだから何よりだ」
おっさんが笑いながら俺の前に料理を並べていく。これもまた見たことのない料理だ。ご飯の上に焦げ茶色の液体らしきものがかかっている。液体の中には人参やジャガイモ、何かの肉が入っているようだ。
これは煮込み料理なのだろうか……匂いもいままで経験したことがない。皿の隅に置かれている赤い謎の物体も気になるところだ。もう一品は何の変哲もないサラダのようである。
「おっさんこれは……」
そう言いかけるとおっさんが遮るように「まぁ食ってみろ!」と言ってきた。おっさんに促されるまま茶色い液体と一緒にご飯を口に運ぶ。一口食べるなり、全身に衝撃が走った。
様々な味が混ざり合っている、素材は実にシンプルなものばかり……だが、茶色い液体が素材に馴染んでおり、香りと刺激が交互に襲ってくる。
そしてこの強い刺激に、白米がよく合う!
ん、ちょっと待て、この白米……このパサつき……炊く際に水を少なくしているのか!
白米が時間経過と共に茶色い液体を吸う分、べちゃべちゃにならないよう計算されているだと! もはや神の域に近い黄金率。そして気になっていた、例の物体に手をのばす。
見た目は茶色い物体以上に辛そうだが……覚悟を決めて赤い物体を食べる……何? 見た目とは裏腹に少し甘い漬物のようだ、シャキシャキとした歯ごたえがアクセントとなっていて、それがまたこの茶色いご飯に合う! ……ってのがクロさんの感想です。
いちいちそんなことを考えて飯を食っているのか、こいつは……
「どうだ、この料理は?」
おっさんが俺の感想を待っている。クロの感想をそのまま伝えるべきか……いや、この人は本気で俺にぶつかってきている、俺も本気で答えないと。
「辛味を感じることだけは分かりました。あとの味は分かりませんね」
おっさんが驚いた表情をしている。そんな……バカな……声にはなっていないが口がそう動いたような気がする。フラフラになりながら、そのまま何も言わずにカウンターの奥に帰っていった……悪いこと言ってしまったか。
『味音痴が嘘をついてもすぐにバレる、あのおっさんはバカじゃないからな。正直に伝えて正解だと思うぞ』
『許せ、これもおっさんの料理道のためだ』
そのまま露天風呂に向かい汗を流す、今朝は傷が痛むため湯船には浸かれなかったからな、最高に気持ちがいいぜ。ヒヨコ隊長も満足しているようだ、足を一生懸命バタバタさせて泳いでいる。
……おおっと津波だー! ヒヨコが沈んでいった……尊い犠牲である、ヒヨコ隊長に敬礼!
『勝手に殺すな』
その後も三十分くらい遊んだ、もう長湯はしないと反省したのにも関わらず、のぼせている自分がいる。火照った体を冷ますべく、自分の部屋に戻るとそのままベッドに倒れこむ。天井を見ると魔力灯がチカチカ光っていた。
「今日は予定通り、十階までを攻略できたな」
「十階層からあのボスはないだろう」
「全て私のおかげだからな、明日は露店で甘いものを買ってもらう」
それくらいなら、いくらでも買ってやるよ。
明日は十五階を目指す。十階まで転移できればさほど苦労はしないと思うが、一階からスタートとなった場合は半日以上潜ることを覚悟しなければならない。
むしろ、迷宮に泊まることを考えた方がいいのか? そこも含めてクリスに確認しよう。
時間は二十一時をまわったところだ、寝るには少し早い。名鑑をカバンから取り出し、十一階以降の確認をする。ここからは通り道にも致死性のトラップが仕掛けられているので、注意が必要だ。
魔物もEランク以上の魔物となるため、クエストの報酬も期待して良いだろう。いよいよ明日は死者の書を取りに行く。
呪いが発動しなければいいが……十五階ってことは魔物の生息率も高い階層になるはず、そんな中で長い時間滞在しては命に関わってくるよな。
一通り必要な情報は頭に叩き込んだ。明日はギルドに行ったあとに、服の受け取りと鑑定だな。明日の準備を続けていると、気がつけば二十三時近くになっていた。
「先に寝ていて良いぞ」
クロは真剣な表情でクラス名鑑を読んでいる……ヒヨコに真剣な表情もないか。
「ああ、お休み」




