忘却の魔物、記憶の価値⑤
次は十階だ、六から九階の魔物が強化されて出現する。しかも大量に……あと忘れてはいけないのはボスの存在か、名鑑には夢喰としか書かれていない。絵もないし説明文も要領を得ない内容だ。
とにかく何が出てもいいように、気を引き締めていこう。心なしか十階に下りる階段は長く感じるな。
十階の地形は一階と同じだった、茶色のレンガが敷き詰められている。かなりの魔物と遭遇したが、魔法は極力使わないで処理ができた。多数との戦闘にも大分慣れてきたと思う。
出会う魔物を全て撃破していき、気が付けばボスの部屋は目の前である。ここが十一階への門番がいる部屋か、名前はバクウだったか?
『聞き覚えがあるのだが思い出せないな、とにかく気をつけろよ』
魔力も九割方回復している、念のため補助のかけなおしと回復薬を飲んでおく。持ち物の点検など、準備を簡単に済ませてから扉を開き中に入った。
中は非常にカビ臭い……久しぶりに開けた押入れのようだ。少し進むと、勢いよく轟音とともに扉が閉まる。慌てて開けようとするが硬く閉ざされておりビクともしない。
どちらかが死ぬまで出られないってことか……低層階の初ボスだ、そこまで強くはないだろう。
しかし、肝心のボスの姿が見えないな。
『上だ!』
クロの声に反応し、上を見上げるとゾウとカバを足して二で割ったような変な生き物が浮いている。全然強そうに見えない。
徐々に高度を下げてきて地面に降り立った。一撃で決めてやる! 気合を入れて黒双剣で斬りかかるが、バクウの目が光ると同時に何かが抜けていく感触がする……頭の中から何かが吸いだされる感覚だ。
……あれ、俺は何と戦っていたんだ? 何かを攻撃したところまでは覚えているんだが……って、なぜ目の前にでかいカバがいるんだ! 突然の事に動きが止まる、それを狙っていたかのように目の前の魔物が体当たりを仕掛けてきた。距離があまりにも近かったため、避けることができずに直撃を喰らうが、魔物の方も助走距離が足りなかったのか、そこまでの威力は出ていない。
『何をやっている!』
『そんなの俺が聞きたいよ! 扉を開けるところまでは覚えているんだが……』
『しっかりしろ! お前はボスと戦っているのだ!』
……そうだ! バクウだ、何で忘れていたのだろう。
再度こちらに体を向きなおし、全速力で体当たりをしかけてきたが、余裕で避けられる速度だ……余裕を持って避けようとした瞬間、また何かが抜けるような感覚に襲われる。
「あれ、俺は何を避けようとしているんだ?」
動きが止まったところを再度吹き飛ばされてしまった。何に吹き飛ばされたか分からないが、左腕にヒビが入ったかもしれない、アバラも何本か折れている。
あまりの痛さに涙がでる……が、何かがひっかかる。もう少しで思い出せそうなんだ。
『おい! 何をボーっとしているのだ』
『クロ、目の前のカバは何だ?』
『バカはお前だ! いい加減にしろ』
『なんだと!』
クロの言葉で我に返る。あいつはこの階層のボス、バクウ……完全に思い出したぞ。バクウのほうを見ると口に光が収束していく、何かを撃ち出すのつもりのようだ!
実戦経験はそれなりに積んできたので、撃つ方向がわかっていれば直撃だけは避けられるはず。間一髪のところで回避ができたが、バクウから放たれた魔法らしきものは一筋の光となり後方の壁に衝突した。物凄い衝撃で部屋全体が揺れるほどの威力だ……受け止めようと考えない方がいいな。
『思い出したぞリオン、こいつは記憶の表層を喰うスキル、記憶吸収を持つ魔物だ! 相手の中にある自分の記憶を吸収し、魔力に変換する。効果は一人にしか及ばないからPTで挑めば余裕なのだが……』
なるほど、最初の体当たりのときは直前に記憶を喰われたから混乱したってことだな。しかし、魔法攻撃のときは記憶を喰われてないような気がする。
『なぁ、奴は魔法攻撃をするときは記憶吸収ができないのか?』
『おお、めずらしく鋭いな。奴の魔力が満タンになったら、それ以上記憶吸収はしてこない……正しくは出来ない、か。その代わりに吸収した全魔力を使った攻撃を放ってくるからな』
『いまの感覚でいくと、俺の記憶を二回喰えば次は魔法攻撃になる。そこがチャンスってことだよな』
魔力を使い果たしたのか、バクウの目が妖しく光る。
『……えっと、誰が記憶吸収をするんだっけ?』
『記憶吸収のことは覚えているのか? 中途半端なスキルだな……今は目の前の奴の攻撃を避けることに集中しろ!』
言われるままにカバの体当たりをサイドステップでかわす……あ、このカバはバクウだ! ……今回は早く思い出せたが厄介極まりないスキルだな。喉につっかかって思い出せない苦しみを何度も味わうとは思わなかった。
……ちょっと待てよ、記憶吸収はスキルなんだよな?
バクウの目が怪しく光るのと同時に「鏡写し」を発動する!
「記憶吸収だ!」
微量ながらも魔力が回復していく感覚が分かる、でもこの後どうするんだっけ?
『早く思い出せバカ! 敵は目の前のカバだ!』
『……俺はカバで敵はバカ? って思い出した!』
バクウは何を考えているのか、虚空を見つめてボーっとしている。その隙を逃さず、俺は二刀を融合しながら全力でダッシュし、バクウに渾身の一撃を放った。
バクウも何かを思い出したようだがもう遅い! 双生剣は弧を描きながら、背を向けて逃げようとしているバクウの胴体を切断する。
「グモオオォォォ!」
断末魔の叫びを上げながらバクウは地面に横たわり、やがて動かなくなった。
『勝ったのか……』
『ああ』
お互いに記憶吸収を発動したが、俺のスキル「鏡写し」はオリジナルよりも劣る。普通なら奴の方が先に俺の存在を思い出すのだが、俺にはクロがいるからな。
クロに一喝してもらえば、さすがの俺も思い出す。あとは奴より先に動けば勝ちだ。それにしても強敵だったな、戦闘中に敵を忘れるとかありえないだろ。
『その代わりに、身体能力も低いし、魔力も自力では補充できない』
さっきから気になっていたのだが、クロさんバクウについて色々と詳しいな……。
『バクウは私が千年前に種族間の戦闘用兵器として創りだした魔物だ、記憶吸収を付けたまでは良かったのだが、自力で魔力補充ができないとか、最終的には自分の生命力を魔力に変換するとか……欠陥だらけで、結局自滅してしまったのだ』
『お前が創ったのかよ!』
『絶滅したと思ったのだが戦争が終わったあとも、生き延びているとは……魔物の適応能力は私の想像の範疇を超えているな』
そこそこ、締めに入らないでください。まぁ、詳しい話はそのうち聞くとして……ぶっつけ本番だったがうまくいってよかったよ。
鏡写しはスキルをコピーできると書いてあったが、魔物のスキルもコピーできたんだな……もっと早く気がつけばよかった。
『そうそう、お前に金貨一枚貸していたのだが忘れていないよな?』
『借りてねぇよ!』




