忘却の魔物、記憶の価値②
「このレンズを通して魔力波長が映し出されるからな。この波長を見て装備品の効果を判定する。今まで発見されていない魔法効果の場合は鑑定不能だ、自分で確認してくれ」
虫眼鏡だけ持っていても波長を判断できる知識がなければ意味がないのか。自分での鑑定は諦めよう。
「装備品の性能も波長の振れ幅で数値化できるからな、必要なら言ってくれ。ちなみに俺の知識も百パーセントではないから間違えても恨むなよ」
……不安になるようなことを言うな。滅多に間違うことはないと言っているが、少なからずあるってことだよな。
「今回は初めてだしサービスでいいよ」
虫眼鏡を通して腕輪とにらめっこをしている。真剣な横顔は女性だったらと思うほどキレイだった。
「わかったぞ、こいつの性能は知力向上で効果は小だな。数値で言うと一から十パーセント上昇ってところだ」
知力向上か、さっそく装備しておこう、腕輪を受け取り左手に装備する……賢くなった感じはしないなぁ。
『知っているか? マイナスとプラスのかけ算ではマイナスが増えるだけだ』
……どういう意味だヒヨコ、羽毛毟るぞ!
とりあえずアホヒヨコは放っておいて、迷宮で手に入れた装備品を売ろう。カウンターの上に髑髏の杖と銅の短剣を並べていく。
「これか、武器製造の材料にできないこともないが、二束三文だぞ」
鉄貨三枚と言われたので、鑑定のお礼にタダであげた。
「なぁ、気になったんだが、お前は剣を使うのか」
俺の腰に差さっている鋼の剣を指さしている。
「ああ、剣術が得意なんだよ」
ユミルがカウンターから大きく身を乗り出してきた。突然俺の体をベタベタ触り始める……俺、そっちの趣味ないから!
「肉付きは悪くないな、バランスも良さそうだ」
独り言のように呟くと奥の作業場に行ってしまった……これは、待っていた方がいいんだろうな。
「……待たせたな、こいつを持ってみてくれ」
渡されたのは一振りの剣だった。刀身は黒く細い、形状はレイピアに近いかもしれないな。よく見ると、片刃になっており、刃のない刀身の背には何か呪文のようなものが刻印されている。柄の部分には翼のようなものをあしらった鍔が、刃のある方にだけ伸びていた。
「俺は元々刀剣類の鍛冶を目指していたのだが、使う奴がいなくてな。たまにくる注文も聖庁役員や騎士団が祭典用に使うお飾りみたいな剣だけだ」
驚くことに重さがあまりない、試しに振ってみると風の抵抗を感じなかった。
「それは浮遊鋼と呼ばれる魔法鉱石の一種で鋳造されている、重さを感じない上に切れ味も鋭いが、衝撃と熱に弱い。それで重い一撃を受け止めたら一発で砕ける」
「微妙じゃないか……」と言いかけたところでもう一本の剣を渡された。
刀身が赤くズッシリと重たい、形は黒い剣と全く同じだった。使えないことはないが片手で使うには少し重いな。
「もう一本も魔法鉱石で紅蓮鋼と呼ばれる物で鋳造している。非常に硬く、熱にも強いが持ってみて分かるとおり、重たい上に切れ味は期待しない方がいい」
振ってみると赤い剣線ができ、非常にキレイだった。
「使えないことはないけど、これがどうしたんだ?」
不敵な笑みを浮かべて「その剣にも刻印が彫られているだろう。二本の剣の刻印を合わせて、柄に魔力を込めながら『融合剣』と唱えろ」と言ってきた。
はぁ……言われるがまま指示に従う。すると剣の刻印が合わさっている部分から光が放たれる。みるみるうちに剣の継ぎ目が結合していき、一本の剣となってしまった。赤い刃と黒い刃を持つ、両手剣である。
柄の部分は完全に融合している、鍔は双翼となっていた。何よりも驚いたのは、その軽さだ。黒い剣ほどではないが非常に軽くなっている。片手でも十分に振るえそうだ。
「中々の代物だろう、お互いの特性を最大限に引き出しているんだ。融合剣の技術を確立するまでに四十年もかかったからな、試作品一号が十年前に完成したんだが、使ってくれる奴がいなくて困っていたのさ」
すばらしい技術じゃないか……ん、四十年?
「ちょっとまってくれ、四十年と言ったがユミルの歳は一体いくつなんだ」
「俺か? 百歳を超えたあたりから数えていないな」
「……百歳!? アミルさんもか!?」
「双子だから当たり前だろう」
どういうことだろうか、ヒューマンの寿命は長くても八十年位だぞ、目の前にいるユミルはどう見ても二十から三十歳にしか見えない。
「年齢を言うとみんなに驚かれるんだが、俺はハーフエルフだ」
耳が長くないからヒューマンだと思い込んでいた。話を聞くと、ハーフエルフはエルフほどではないが長寿らしい。
母親がヒューマンで、父親がエルフだったのだが、外見がヒューマンそっくりに生まれてしまったため、父からは捨てられたとのことだ。
しばらくは母と妹と三人で暮らしていたのだが、母が先に亡くなり孤児になったところを鍛冶屋の先代に拾われたらしい。
「重たい話をして悪かった、ハーフエルフはヒューマンからもエルフからも嫌われているからな。付き合っていくうちに正体がわかって距離を置かれるくらいなら、最初に全部話しておくことにしているんだ」
「……種族なんて関係ないだろう」
「そう言ってくれる奴は少数さ、若さを保ったままの俺たちを妬むヒューマンは山ほどいるよ。呪われている血だの因縁をつけられるのは日常茶飯事さ。酷い奴になると俺たちの血を飲めば若さが保てるなんて勘違いしている始末だ」
「ここで店を開いていても大丈夫なのか? そんな勘違い野郎に襲われな……」
俺の話しを遮る様に、目の前でユミルが魔法を唱えた。圧縮された炎が手のひらの上で浮いている、今まで見た火魔法の中でも一番の練度だ……小さい炎なのにここまで熱気が伝わってくる。
「幸いにもエルフの血のおかげで魔力は高いんだ、この国ではこれが全てだからな。アホな連中も簡単には手出しできないのさ。ちなみにアミルは俺以上の使い手だからな、手を出すと殺されるぞ」
元々はどこの国にも所属しないエルフの里の出身だったらしいのだが、迫害を避けるためにこの国へ逃げてきたそうだ。魔法至上主義はデメリットしかないと思っていたのだが、恩恵を受ける者もいるんだな。
もちろんアミルに手を出すつもりはないが、失礼なことを言わないように気をつけます。
そうだ、話が逸れてしまったがこの剣はどうすればいいのだろうか。とりあえずユミルに返そう。
「ああ、まずはそれを分離しないと、そのままだと使い手の魔力を吸い続けるからな」
……サラっとすごいこと言いましたよね。
『なんだ、気が付いていなかったのか、結構な量を吸われたぞ』
どうやら融合を維持するために魔力を消費し続けるらしい。
「魔力が切れても結合は解除されるが『分離』と唱えればすぐに解除されるぞ」
即座に呪文を唱える、両手剣が離れていく姿は生き物のようだ。例えるならスライムの分裂だろうか。ひとつ言えることは長話をする前に解除してほしかった、ということだな。
「じゃあ返しますね」
性能も良さそうだし何よりカッコイイので、このまま俺の剣にしたかったが今の所持金で買える代物ではないだろう。ユミルは剣を受け取らず、何かを考えている。
考えが纏まったのか、俺の顔を見るなり「その剣を買う気はないか?」と言ってきた。
……俺は六万九千トラスしか持っていないから、どう考えても買えない。きっぱりと無理だと言うべきだろう。俺の考えを察したのかユミルが続ける。
「金額のことを考えているのだろう? 安い素材を有効活用してはいるが、それでも八十万トラスは欲しいところだ。そこで提案なのだが、迷宮十九階にいるクリスタルゴーレムの心臓を十個ほど持ってきてもらえないだろうか?」
いやいや、十九階まで行く予定は今のところない……欲しいのは山々だが、提案は断ろう。
「悪いけど……」
「この剣は組み合わせ次第で無限の可能性があるんだ、それを探るのを手伝ってもらえないだろうか」




