忘却の魔物、記憶の価値①
診療所から出て時計を確認する、すでに九時近くになっていた。早くほかの用事を済ませないと、迷宮に潜れる時間が減ってしまう。
あとは裁縫屋と武具店を探さなければならない、カバンから地図を取り出して場所の確認をする。
あまり時間をロスしたくなかったので、北門の近くにある裁縫屋にしよう。
ふと思ったのだが王都に着いて今日で五日目だ、まだ一週間たっていないとは……何回死にかけたかわからないな。思った以上に冒険者は過酷な職業なのかもしれない。
北の大通りから一本はずれると、裁縫屋、雑貨屋、武具店等の商店が並んでいる商店街が見えてきた。大通りにも店はあるが、お高い感じがしたので小さめな店舗を探したところ、一軒の店が目に留まる。店の軒先には、ハンドメイドと思われる商品が並んでおり、製品としての良し悪しはわからないが、見た感じは悪くなさそうだ。
早速、裁縫屋に入るとカウンターの奥に歳は二十代後半から三十代前半の女性が座っていた。茶色い長い髪を一つに結っており、整った顔立ちに目の下の涙ぼくろが特徴的だ。服装も青のワンピースに白いエプロンを着こなし、清潔感が漂っている。第一印象はお嬢様……といったところだろうか。
「いらっしゃいませ」
俺の顔を見るなり、やさしく微笑んできた。営業スマイルだとわかっているがドキっとしてしまう。
『お望みの女性だぞ』
人聞きの悪い、俺が女好きみたいじゃないか! たしかに望んではいましたが……やはり美人には癒される。
「本日は何かお探しですか?」
あなたとの出会いを……なんてね。
『アホか』
『うっさいわ』
「シャツとズボンとローブがボロボロになってしまって、補修をお願いできますか」
カバンからシャツとズボンを取り出してローブと一緒に手渡す。
「これは鋼糸製ですね、仕立ても見事です。ローブのほうは火耐性が付与されていますが、穴が開いていたら台無しですね……大怪我をされたのでしょうか? シャツの方は血抜きも必要です」
見るだけで魔法効果がわかるのか、プロは違うな。
「今までどんな効果があるのかわからなかったんですが、見るだけでわかるんですね。怪我はもう大丈夫です、ここに来る前に診療所で治してもらいましたから」
心底感心して言うと、お姉さんはいたずらっ子のような顔で俺の目を見つめてきた、その笑顔、反則です。
「ふふ、商会ギルドのルールで、装備品に魔法効果を付与するときにはタグを付けるんです、内側の腰辺りについているでしょう」
そう言うと彼女はタグを見せてくれた。本当だ、火耐性付与と書いてある……こんなところ誰も見ないって。
「迷宮産になると効果は鑑定しないとわかりませんが、正規の職人製ならタグがついているはずですよ」
いいことを教えてもらった。今度からはタグも確認しよう。
「料金はシャツにズボンとローブをあわせて一万二千トラスです。補修をする場合は一日お預かりすることとなりますが、いかがいたします?」
銀貨一枚か……この調子で出費が続くと破産してしまうが、ボロボロのままでも困る。補修を依頼するしかないよなぁ。
「お願いします、あと探索用の服が一着しかないので代用品を買いたいのですが、何かオススメはありますか」
それでしたら……と言うと奥に行き、一着の服を持ってきた。ベージュのシャツに茶色のズボンだ、サイズも問題なさそうだが、秋っぽい色彩だな。
「秋の新作を作っていたんですよ、試作品ですのでモニターをしてもらえるなら三万トラスでお譲りいたします」
「三万トラスですか……正直相場が分からないので、服の効果を教えてもらえますか?」
「スリープシープの羊毛で仕立てております、主な効果は睡眠耐性に防寒ですね。強度は鋼糸には劣りますが、打撃系の耐性もあります。店頭で売りに出す場合は上下で五万トラスでしょうか」
夏ももうすぐ終わるし……買っておいて損はなさそうだ。何より、この人の作った服を身に纏いたい。そしてクンクンしたい。
「……じゃあこれをください」
ギルドカードを手渡すと、残金が六万九千トラスになっていた。間違えていないか? と聞くと二千トラスはサービスしてくれたらしい。
店主の女性から服を受け取ると、早速奥の試着室で着替える。今はまだ少し暑い気もするが大丈夫だろう。ローブを着ていない分で相殺だな。
「とてもよくお似合いですよ! あと、お客様のお名前をお聞かせ願えますか? 補修用品の引換カードをお作りいたします」
「俺の名前はリオンです……あなたのお名前も教えてもらえませんか」
「私の名前はアミルと申します。店の名前はアミル裁縫屋です」
そう言うと俺の名前と番号が書かれたカードを手渡してきた……自分で店を経営しているのか。歳を聞くと失礼かもしれないので聞かなかったが、若いのに店を持っているってことは腕がいいのだろう。
「ではまた明日来ますね」
また明日も会える……デートの約束みたいだ。
『……商売だからな』
こいつのせいで、ぶち壊しですよ。
次は隣の武具店だ、手に入れた腕輪の鑑定をお願いしよう。少し汚れた看板を横目に、店に入ると大量の杖や鎧が飾られている。この国は魔法が使えて当たり前なので、剣に頼るより杖で魔力を高める方が主流だ。そのせいもあって、刀剣類の品ぞろえは少なかった。
イメージ的にはここもドワーフが居そうだなぁ……。
「何だ、客か!」
後ろから突然声をかけられて驚いてしまった。片手にはハンマーを持ち頭にゴーグルをつけている。服装は耐熱用のツナギに大きな手袋をはめており、いかにも作業中です! といった感じだ。
何よりも驚いたのは、恰好が違うだけで顔立ちがアミルそっくりなのだ。
「……何だ、ジロジロ見て、俺の顔に何かついているか?」
性格は似ていないようだ……言葉づかいも男っぽいな。
「あ、すいません、隣の裁縫屋の方に似ているなと思ったので……」
「似ているも何もアミルは双子の妹だからな……ちなみに俺は男だぞ」
話を聞くと兄の名前はユミル、よくみると涙ぼくろがアミルの反対側にある。
兄妹で店を経営しているらしい、よくよく見ると隣の裁縫屋とは壁一枚で隔てられているだけで同じ建物のようだ。
「んで、今日はどうした」
「迷宮で腕輪を拾ったんです、鑑定してもらいたいのですが」
カバンから腕輪を取り出しユミルに渡す。
「これか……あと敬語はやめてくれ、背中がかゆくなる。この手袋じゃ背中をうまく掻けないからな!」
ユミルなりの冗談なのだろう、気さくな人物のようだ。大きな口でガハガハ笑う様は、きれいな顔立ちとのギャップがハンパない。
「鑑定をしたことはあるか?」
「したことはないな、装備品を手に入れたのも初めてだ」
「そうか、ちょっと待っていろ」
言って奥から虫眼鏡のような魔法具を取り出してきた。
「装備品の鑑定はこれに魔力を込めて使う」
手に持っていた虫眼鏡を渡してきた。意外と重量がありレンズも大きい、随分と年季も入っているようで所々に傷がついている。試しに魔力を込めてみると、レンズが曇り始めた。




