都の悪魔、偽善者の烙印④
「……話は変わるけど、クエストの納品をしてもいいかな?」
カバンからキノコを取り出して納品する。ハルカが一つ一つ手にとって、つぶさに確認をしている。ここまで慎重になるってことは、偽物を納品する奴がいるのだろうか。
「確かに二十本ですね、銀貨七枚をお渡しいたします」
銀貨を受け取り、ギルドカードを更新する。あれだけ苦労して銀貨七枚か、最初のクエストが上手くいきすぎたな。
「ありがとう、あと傷の治療をしたいんだけど、西の診療所にいったら場違いだったみたいでさ、馬鹿にされたあげく追い返されてしまって……どこかに俺でも入れるような診療所はないかな?」
「ああ、それならオススメの診療所がスラムの近くにあります。治療士の方もやさしくていい人ですよ。建物はわかりやすいと思うのですが、地図があるなら印をつけてあげます」
ハルカに地図を渡す、診療所は北東にあるようだ。地図に書かれていない場所もたくさんあるのかもしれない、暇なときに街の散策にでてみよう。
「ありがとう、ちなみにハルカさんは治癒魔法って使えます?」
俺がそう尋ねると、ハルカは首を横に振った。
「……治癒魔法は使えませんね、クリスが使っているのは見たことありますけど、今日はお休みみたいです」
……肝心な所で役に立たないイケメンだな! ハルカのほうが百倍使えるぞ。
「残念、おとなしく診療所に行くよ。あと今日は迷宮十階を目指すんだけど、オススメのクエストはあるかい」
目の前に手際よくクエスト用紙を並べていく。
「九階に出てくるブラックオークの棍棒収集何てどうでしょう? 一本銅貨五枚です」
それはおいしいクエストだな、今回は効率よく稼ぎたかったため同じ階のオーク系クエストをもう一個受注する。手数料としてさっき受け取ったばかりの銀貨を一枚支払う。報酬が高いと手数料も高くなるな、当然だけど。
「ブラックオークは本来Eランククエストですからね、大丈夫だとは思いますが気をつけてください」
「そういえば、俺はまだFランク冒険者だったね」
「ええ、今回のクエストの結果次第で昇格ですからがんばってください」
ハルカに別れを告げ、診療所に向かう、昨日リドルに遭遇した場所の近くだな……あまり近づきたくないから遠回りしていこう。
北側に進むにつれて、建物が荒れ果てていくのが目に見えて分かる。窓ガラスが割れているのはまだマシなほうで、ドアがない家もめずらしくない。西側と比べると同じ街とは思えないな。
印象的だったのは、そんな環境であっても悲観的な顔をしている住人がいないことだろうか。賑やかな笑い声の方に目をやると、子供たちが楽しそうに遊んでいる。
廃墟のような街並みを見て、ここに暮らす人々は生活が成り立っているのかを考えてしまったが、上から目線の心配だったようだ。
少なくとも魔物に怯えることなく、風雨がしのげるだけでも十分なのかもしれないな。そんなことを考えながら歩いていると、劣化した建物の中に一軒だけ木造の建築物があった。木造の建物自体が珍しいこの街では、かなり目を引く。
地図を見てみると、目指す診療所はあそこのようだが……看板を見てみるとモーガン診療所と書いてあった。
『ここで間違いないようだな』
『ゴテゴテしている変態趣味の診療所より全然いいな、クソサディストメガネ女もいないだろうし』
クロさんは根にもつタイプのようだ……怒らせないようにしよう。
“コンコンコン”診療所のドアを叩くが反応がない……しばらく待ってみたが結果は同じだった。誰もいないのかな?
「どうぞー!」
どこかで聞いたことがあるような声がしたが気のせいだろう。男の声なのが非常に残念ではあったが、表情には出さずに中に入る。
「あれ、リオンさんじゃないですか」
目の前にいたのは冒険者ギルドのイケメン、クリスだった。その隣には白衣を着た男が椅子に座っている。
スキンヘッドにお腹を隠すくらい長い髭、丸太のように鍛え上げられた腕は、治すためではなく壊すために存在しているとしか思えない。
白衣を着ているって事は、まさかこの筋肉ダルマが治癒士ですか……?
『ドワーフは治癒魔法が得意だ。適正も回復になりやすいし、治癒の精霊に好かれやすい。まぁ宿屋の親父は例外だな』
そうは言ってもさ……どうしたらいいのかわからず固まっていると白衣のダルマではなく、イケメンの方が尋ねてきた。
「今日はどうしました? って言っても怪我をしたから来たのですよね」
「治療してもらおうと思ったんだが、クリスも怪我をしたのか?」
「ああ、私は怪我なんてしてないです。休みの日とかは空いた時間に診療所の手伝いに来ているのですよ」
そういえばハルカがクリスは治癒魔法が使えるとか言っていたな。休日を利用して人助けをしていたとは意外である。
「……話は済んだのか?」
黙っていた筋肉ダルマが突然口を開いた。そのぶっきらぼうな言い方は怒っているんですか? と聞きたくなるほどだ。
「ええ、私はそろそろ約束の時間なので失礼しますよ」
言ってクリスは、自分のカバンに荷物をつめ始めた……ちょっと待ってくれ、コイツと二人とか耐えられないぞ。手際よく身支度を整えると「じゃ、お大事に」と言い、クリスは診療所から出て行ってしまった。
「……で、どこを治せばいい? その擦り傷じゃないよな?」
すいません、その擦り傷なんですけど。それにしても無愛想なドワーフだな、名前は看板に書いてあったモーガンでいいのか?
「すいません、お名前はモーガンさんでよろしいですか?」
筋肉ダルマに睨みつけられる、もう帰りたい。
「ああ」と短く呟いた。長い沈黙が二人の間を流れる。非常に気まずい、何か言わないと……何だか喉が渇くな。
「今日は治癒魔法をかけてもらいたくて……」
「ウチにきて他に何がある、さっきの質問に答えてくれ」
そうなんですけど、他に言い方あるでしょう。
「全身に擦り傷がありまして、ちなみに治療費はおいくらでしょうか? あまり持ち合わせが無いんです」
じゃあ、ウチにくるなと怒られたらどうしよう。
「そうか、うちで簡易治癒をかければ銅貨五枚だ。だがその傷程度なら回復薬で十分じゃないか? もっと安く済むぞ」
金額は非常に良心的な部類に入るだろう、回復薬を勧めてきたところにも好感が持てるな。でも、それじゃあ診療所が儲からないと思うのだが。
「実は診療所に来るのは初めてでして、大怪我をする前に一度見ておこうかと思ったんです」
ふむ、とモーガンが呟く。
「まぁ、本人が望むなら構わないが、簡易治癒をかけてもいいのか?」
「……自動回復に痛覚麻痺をかけてもらうことはできますか?」
再び沈黙が流れる。マズイことを言いましたかね。
「両方とも補助適正の魔法だな……使えるが俺の適正は回復だ。適正外の魔法だから効果は低いぞ」
治癒魔法って全部回復適性だと思っていたのだが補助適性もあるのか、まぁ効果が低くても使えるなら問題ない。
『最初からリドルは補助が得意な術士と言っているだろう、三歩歩いたら忘れるのだな』
『いやいや、治癒の精霊と契約しているかもってお前言っていただろう。それを聞いたら普通は回復魔法なんだな、って思うぞ』
「おい、どうするんだ?」
「……構いません、お願いします」
「変わった奴だな、その魔法ならクリスも使えるから奴に頼めばよかったのに」
イケメン使えるのかよ、今から追いかけても見つけられないし面倒だからいいや。
「あと、痛覚麻痺を今かける必要はあるのか? 痛みが消えるのは短時間だぞ」
やべ、理由を考えてなかった、確かに不必要な魔法をかけろと言っても怪しいだけだ。どうしよう、怪しまれない理由……そんなことを考えているとモーガンが魔法を唱え始めた。
「癒しの泉よ湧き続けよ、自動回復、苦しみから解放せよ、痛覚麻痺」
答えも聞かずに魔法を唱えてくれた、ありがたい。魔法の効果が発動しているのか、少しずつだが傷口がふさがり始めた。
これなら回復薬も緊急用以外は買わなくて済むな。あとは気のせいかもしれないが、体が重たくなった感じがする。
自分の腕に触るが異物に触っているような感触だ、これがアンチペインの効果だろうか、この状態では武器を持つ感触も分からないので戦えるとは思えないな。
「これでいいか? 簡易治癒を使っていないから銅貨二枚でいいぞ」
……俺誤解していたよ、筋肉ダルマはいい奴だ。
『文字通り現金な奴だな、お前は』
『いやいや、最初の態度とこの太い腕を見たら誰でも誤解するって』
「何を黙っている、まだ痛い所があるのか?」
モーガンが心配そうにしている。ヒヨコと話をしていました、とも言えないので適当にごまかしておいた。
「大丈夫です、傷は完全に治癒したみたいです」
モーガンに銅貨二枚を支払う。
「あの……クリスはよく手伝いに来るんですか?」
共通の会話が全く思いつかなかったので、クリスの話題をふってみる。モーガンは髭を触りながら椅子に座った。
「ああ、あいつはスラム出身だからな……昔はよく怪我を治してやった。そんな縁もあって今は非番の日に手伝いに来てくれている」
クリスがスラム出身とは意外である、身なりや言葉遣いがしっかりしていたので、出自もそれなりかと思っていた。人に歴史ありとはこのことだな。
「……あいつはいい奴だからな、仲良くしてやってくれ」
そういうとモーガンは俺に背を向けて書類を書き始めた。終わったんだから帰れ、ということなのだろう。俺の方もお目当ての魔法はかけてもらえたので、これ以上ここにいる理由は無い。
「今日はありがとうございました」
「……もう来るんじゃないぞ」
モーガンが背を向けながらぶっきらぼうな感じで言ってきた。おそらくだが怪我をするなよ、と言いたいのだろう。ドワーフは不器用ながらも優しい人が多い印象だ。




