都の悪魔、偽善者の烙印③
まずは診療所の位置を確認だ、地図によると西門の近くにあるらしい。西門近くってことは城の近くだな、行ったことがないから丁度いい、ギルドは診療所帰りで寄れそうだ。東門から中央広場を抜けて西門に向かう、心なしか西門に近くなるにつれて建築物が豪華になっていく。やはり富裕層が住んでいるのだろうか。
クロが飢え死にしそうな勢いで訴えるので、途中で見かけた露店で朝飯を買う。グルメなヒヨコは魔物の肉串をうまそうに頬張っているので、しばらくはご機嫌だろう。
豪華な建築物に挟まれたところに治療院はあった。窓はステンドグラスで飾られており、所々馬だの獅子だのをあしらった趣味の悪い装飾品が置かれている。
『趣味が悪すぎる、本当に人を治療する場所なのか』
俺も同じ意見だ、でも看板にもミトラニア教団診療所と書かれている……地図を見返すが間違えていないようだ。
中に入ると待合室と受付があった。革張りのソファーに高そうな絨毯、壁もタイルと大理石の組み合わせで何かの模様が描かれている。受付には教団の服と思われるものを着ている女性が座っていた。
かなりの美人なのだが、化粧がかなり濃く香水の匂いが部屋全体に充満していて不快だ。
『何度も言ってすまないが、本当にここは診療所なのか』
『何度も言うがここで間違いない』
ソファーに座っている人たちも貴族のような身なりをしている。何だか視線を感じるな、ローブがボロボロだからか……先に武具店か裁縫屋に行くべきだった。
受付まで行くと、受付嬢から怪訝な顔をされた。そこまで露骨に顔に出さなくてもいいのに。
「……失礼ですが、どなたかのご紹介ですか?」
「いえ、初めてきました」
「そうですか、爵位をお聞かせ願えますか」
「爵位? ありません」
「……なるほど、ご寄付はどれほどできますでしょうか」
寄付? 治療費のことかな。
「銀貨一枚位ならだせます」
銀貨一枚は一般兵の一日分の給金と同じだ。俺にとっては大金である。
「……残念ですが、当院にはふさわしくないようです。お引取りください」
受付嬢がそう言い放つと、周りからクスクスと笑い声が聞こえる。どうやら嘲笑の的となっているようだ。少し腹が立ったが、場所を理解せずに入った俺も悪い……事前に確認をしていくべきだった。
背中に嘲りの視線を感じながら、すごすごと退散する。こんなときは困ったときのクリスだな。ギルドなら多少ボロボロで入っても平気だろう。
恥ずかしいやら悔しいやら、気持ちを落ち着けながらギルドに向かう。逃げるように歩いてきたからか、あっという間にギルドの建物が見えてきた。ギルド前には俺以上にボロボロの装備を着た連中も多く、安心してしまう自分が情けない……。
『ボロボロ加減ならお前も負けてないぞ』
それ、フォローになってないから……むしろ馬鹿にしていますよね?
ギルドに入るなりホワイトボードを確認する……うわ、クリス休みだよ、あいつ休みすぎだろう。でもハルカがいるな、ハルカに教えてもらえばいいか。
ハルカはカウンターで冒険者の応対しているようなので、うろうろと適当に時間を潰す。
しかし、いつ来ても騒がしいところだな、時間つぶしに人を観察していると喧嘩を売られそうなので掲示物でも見るか。
壁の掲示物には緊急クエストが貼られている。内容は魔物の討伐依頼から指名手配犯の確保まで多岐に渡っていた。
その中で嫌でも目に付いたのがリドルの確保だ。生死を問わず、賞金は白金貨十枚……場所と大きさを選ばなければ家が買えるな。
賞金首は金額の大きさでランクが決まるのだが、リドルでDランクってところだ。
あれでD……SSSランクとかどれだけ強いか想像もつかないぞ。
まぁ、ここから討伐できなければランクが上がっていくのでDのままとは限らないのだが。
ちなみに一番小物であるFランクの賞金首で金貨一枚だ。ハルカのほうを見ると丁度手が空いたようで、こっちを見て手を振っている。
「おはようございます」
「おはよう、ハルカさん」
挨拶を交わし席に着く。俺の格好に、冒険者を見慣れているはずのハルカも若干引いているようだ。無遠慮にマジマジと見ている。
「ダメージジーンズって流行っているらしいですよね」
……自分でやったと思われている。
「いやいや、昨日殺されかけたんだよ」
ああ、と呟くと手を差し出してきた。
「例のもの、手に入れたって事ですよね!」
「いやいや、昨日は五階までしか潜っていないよ、死者の書は早くても明日だな」
……ん? 前方から舌打ちが聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
「そうですか、五階程度の魔物に殺されかけたのですね」
「トゲがあるな、これは迷宮の魔物にやられたんじゃない。帰りにリドルに遭遇し……」
言いかけたところで、ハルカに口を塞がれた……フゴフゴ、息ができない。
「何度言えばわかるのです、その名前を口に出さないでください!」
コクコク頷き手をどけてもらった、……いい匂いだったな。
「よく生き延びられましたね、目撃者が子供だろうが全員殺すサイコ野郎ですよ」
「実際死にかけたんだけど、質問に答えたらあっさり帰ってしまって……」
ハルカが突然体を前に乗り出してきた、顔が近いです……そして、いい匂いです。
「どんな質問だったの?」
……興奮しているのか、タメ口になっていますよ。あまりの必死さと勢いに押され、質問された内容と自分が言った答えをつい話してしまった。
「なるほど……その回答がリドルの中では正解だったのでしょう」
どういうことだろう……疑問に思っているとハルカが続ける。
「この国では、魔法至上主義でかつ利己主義というのが一般的な考え方です。リドルの質問、この国での正解は『老婆にリンゴはあげない』でしょうね、そう答えないと頭のおかしい偽善者認定されますよ」
……心当たりはあるな、この辺りの感覚の違いは散々村で悩んできたことだ。
「つまり俺とリドルは同じ考えを持っているということなのか?」
黙って頷く。
「やはり、この話はここ以外でしないほうがいいですね、あなたも同種としてつかまる可能性がある。下手すれば第二のリドルとして処刑コースですよ」
……最初にこの国の人間じゃないハルカに話して正解だった、このことはクリスにも内緒にしておこう。だが、そうなるとリドルはなぜシリアルキラーになったのだろうか。無一文の老婆にリンゴを与える、それ自体は別にたいしたことじゃない。だがその思考に至る者が、無慈悲に人の足を切断する殺人鬼になり得るのか?
ダメだ、殺人鬼の気持ちなんてわかるわけがない、ここは考えるだけ無駄だ。
視点を変えよう。この国出身で異端扱いされる考え方を持っていたものは、俺と両親にイリア達だ、共通点としては魔力が低いこと……いや、それだと俺は該当しないな……混乱してきた。
ちょっと落ち着こう、俺はリドルがこの国の出身者だと決め付けていた、違う国の出身なら考え方も利己主義にはならないかもしれない。そうはいっても、殺人鬼の出身地なんて、わかるわけもない。
色々考えてはみたものの、結論としては考えるだけ無駄、ということだ。
殺人鬼が生まれた背景については本人に聞くのが一番てっとり早いだろう、殺されかけた相手には当分会いたくないから、とりあえず今できることをしますか。
「アドバイスありがとう、ハルカさんに話してよかったよ」
いえいえ、と笑顔で返してくれた。




