都の悪魔、偽善者の烙印②
リドルはバックステップをして俺と距離を取る。
「無一文の老婆がお前の手にあるリンゴを食べたがっている、お前ならどうする?」
……この質問に何の意味があるのだろうか?
「お前が何を言いたいのかわからないが、同じ状況になったとしたらリンゴを渡すだろうな」
口元しかわからないが、驚いた表情をした後に”ククク”と笑うと風のように姿が消失した。俺は助かったのか? 今まで殺された奴はどんな回答を出してきたのだろう。
「……こっちです!」
遠くから警備兵たちの声が聞こえる。逃げた貴族が呼んだのだろうか? 全身血まみれで周りには死体の山、見つかったら事情も聞かれるし、俺の素性も調べられるかもしれない……厄介ごとはゴメンだ。
急いでその場を後にする。派手に失血しているが、思ったよりも傷は浅いようだ。幸い真紅のローブを着ているから、一見血まみれだとはわからないだろう。
月明かりを頼りに夜の街を駆け抜ける、暗闇を走っていると村を抜け出した日を思い出すな。途中何度か道に迷ったが、無事に東門まで辿りつく事が出来た。
近道のつもりが余計に時間をかけてしまい、宿に着いたころには日付が変わっていた。他の客を起こさないよう静かに宿に入るが、おっさんがカウンターから出てくる。俺のことを待っていてくれたようだ。
「俺の料理から逃げようとしたって……ておい! 大丈夫か!?」
この状況をどう説明したらいいのか……転びましたでは説明がつかないだろう。今までは月明かりの中で移動していて気が付かなかったのだが、ローブも穴だらけだ。
「……迷宮で階層ボスに遭遇しまして、命からがら逃げだしたんですよ」
半分本当で半分嘘だ。おっさんはちょっと待っていろと言うと奥から救急箱を取り出してきて、手際よく治療をしていく。
「……本当は治癒魔法でも使えればこの程度の手当ては一瞬で終わるんだが、あいにく俺は魔法が苦手でクラスも料理人だからな。応急手当で我慢してくれ」
それでもこの国で宿屋を経営できるぐらいなので、経営手腕と料理の腕が優れているということだろう。
「ローブは置いていけ、簡単に縫っておいてやる。そのシャツは鋼糸か? ……どうすればそこまでボロボロにできるのか逆に教えてもらいたいな、それは針が通らないからそのままだ」
手当の礼を言い、代金を聞いたが”いらねぇよ”と照れくさそうな顔をしてカウンターの奥に戻ってしまった。
全身血まみれで気持ち悪いけど、風呂は明日の朝に入ろう。食堂のテーブルを見るとオニギリが二個置いてある。メモ書きでリオンとだけ書いてあった。
カウンターの奥にいるおっさんに礼を言い、オニギリを部屋に持ち帰ると、ポケットからクロが顔を出してきた。
「なぜすぐに逃げなかった、お前は死なないとでも思っていたのか? それとも、自分を特別な存在と勘違いしているのか? ハッキリ言ってお前は弱いぞ」
クロが怒っている、当然かもしれない。指示を無視して、逃げなかった上に殺されかけた。
「すまない、弁解の余地はないよ」
「……そうか、分かっているなら良い、言い訳をしなかったから今回は許してやる。今から反省会をするぞ」
もっと怒られるかと思ったのだが、あっさりしているな、心から反省していることが伝わったのだろうか。おっさんが作ってくれたオニギリを食べながら話を聞く。
「人助けをすることについては何も言うまい。お前の本質のようだからな、そこを否定するつもりはない」
……別に人助けをしているつもりはない。自分のモノサシが正しいとも思っていないが、納得のできないことはそのままにしたくないだけだ。
「まず一つ目、勝てない相手に向かうのは勇気ではない。自殺志願者というわけじゃないだろう? お前が立ち向かっていったところで、相手にとっては死体が一つ増える程度のことだ。私が勝てないと判断したら、逃げることを最優先してくれ、これは前にも言ったよな」
「……努力する」
「次に相手をよく観察しろ、盗める魔法があるなら盗め。お前の武器は相手の魔法をコピーできることだ。さっきは必死すぎてあいつが何を使っていたかも考えていないだろう。」
……グウの音もでない。クロの言葉を黙って噛みしめる。
「最後に、自分の命を粗末にしないでくれ」
「……俺が死んだ方が、お前にとっては好都合じゃないのか?」
「私を本気で怒らせたいのか、契約は絶対だ」
俺の命を最優先する、のことか。
「……悪い、言い過ぎた」
「分かってくれれば良い」
言って、クロは寝床に潜ってしまった。失礼なことを言ってしまったな、明日もう一度謝るか。
時計を見ると大分時間も遅くなってしまったようだ、明日に備えてそろそろ寝よう。
━━“コンコン”誰かがドアをノックしているようだ。
俺に用がある人って誰だよ、眠たい目をこすりながらドアの前に行く。
「どなたですか?」
「俺だ、傷の具合はどうだ」
おっさんが心配して見に来てくれたようだ。慌ててドアを開けると、両手でお盆を持ち、脇にローブを挟んでいた。
「朝飯も持ってきてやったから部屋で食え、食器は後で回収するから部屋に置きっぱなしで構わない。あとローブだ、仮縫いしかしていないから裁縫屋で修理しろよ」
ご飯の並んだお盆とローブを手渡される。お盆の上にはお粥と漬物に汁物、俺好みのシンプルな感じだ。おっさんはローブを俺に押し付けると、そそくさと出て行ってしまった。
小さいテーブルにご飯を置き、ベッドに腰掛けるが、めずらしくクロがまだ寝ているので、横で静かにご飯を食べる。文句を言ってきたら露店で好きなものを食べさせてあげよう。
「……お、寝すぎてしまったな」
「まだ寝ていてもいいぞ」
平気だと言い起き上がる。飯については、怪我人向けの淡白な内容だったので先に食べてしまったと伝え、後で好きなものを買い食いするってことで話がついた。
「早速だが、昨晩リドルが使っていた魔法について私なりに推測してみた」
「昨日寝ないで考えていたんだろ、あまり無理はしないでくれよ」
「十分寝たから大丈夫だ、リドルは少なくとも四つの魔法に身体強化を併用していた可能性がある。風魔法の疾風速と風刃付与、治癒魔法の自動回復に痛覚麻痺だ」
補助魔法は目に見えないから判別しにくいらしい、もしかしたら違う魔法の可能性もあるとのことだ。
魔法の効果は実際に目の前で使われた風刃付与しかわからない、自動回復は名前から推察できるが……。
そんな様子の俺を見かねてか、クロが一つずつ魔法の解説をしてくれた。
風刃付与は武器に風の刃を纏わせる補助系の魔法だ、主に切断と貫通の効果が上がる。
疾風速は移動速度の向上、身体強化と併用していたため異常な速度がでていたようだ。
自動回復は傷の自動治癒、痛覚麻痺は麻酔の効果がある。
近接型の組み合わせとしてよく考えられている。
「……クロは治癒魔法を使えないのか?」
戦闘前にかけてくれれば楽だったのだが。
「ああ、当然の疑問だな。私は体を失うまでは怪我というものをしたことがない、回復系のイメージがさっぱりわからないのだ。回復薬の効果をどうにかイメージすれば魔法は使えるかもしれないが、それなら直接回復薬を使った方がいい」
怪我したことがないとか、何者なんだ。回復魔法のイメージを掴むためにも、治療を兼ねて診療所に行ってみるか。
「風刃付与は実際に切り刻まれて嫌でも覚えただろう、風刃を今まで使っていたこともあって、イメージはしやすいと思う。私に出来ることは、試しに疾風速をかけるくらいだな」
……何だか、体が軽くなった気がする、更に身体強化をかければ移動速度はどこまで向上するのだろうか? 試しにドアまで歩いてみようと一歩踏み出すと、勢いあまってドアに思いっきりぶつかってしまった。
めちゃくちゃ痛い、これは練習が必要だ。
「ドアが壊れなくてよかったな」
……フォローになっていません、そして俺の心配をしてくれ。このままでは移動もままならないので、身体強化とウィンドウォークを解除する。
まずは血まみれの体を洗いたいので、風呂に入ってからクロの朝飯探し、ついでに診療所へ向かおう。
脱衣所に着くなりボロボロになったシャツとズボンを脱ぎ、水洗いをしてみるが血の跡はとれそうにない。湯船に浸かると傷にしみるので、簡単に体についた血の跡と汚れを洗い流す。
風呂から出るとカバン入れておいた私服を着て、上から真紅のローブを羽織る。仮縫いとは言っていたが、かなり上手に補修してあるな。
血まみれだった服は乾いていないが補修もしたいので、そのままカバンに詰め込む。この格好なら外に出ても平気だろう。




