都の悪魔、偽善者の烙印①
「なぁ、この両手剣の価値ってどのくらいなんだ?」
命請いをしている相手からのあまりにも唐突な質問に、戦士が目を白黒させている。俺を殺してまでも欲しがるくらいなので、どのくらいの価値があるのか気になった。
「街で鑑定しないとわからないが、最低でも金貨四枚以上はすると思うが……」
……マジで! と思ったのだが、よくよく聞いてみるとこの国では売れないと思う、とのことだ。戦士の説明では、この国では魔法が主流であり、剣の価値は非常に低い。だが、剣を主流としている東の国まで持って行けば高値で取引されるらしい。
いずれは東の国にも行くつもりだけど、まだまだ先の話になるだろう。この国で売ったところで二束三文の額で買われて商人に転売されるだけ、自分で使おうにも強化魔法やスキルなしでは重くて使えない。かといってカバンにしまっておけば忘れっぽい俺のことだ、記憶から消去されて永遠に出てこないだろう。
この剣を有効活用する方法を考える…………よし、決めた!
「俺と取引をしないか? お前らにこの剣をくれてやる、その代わりお前らはこれから二ヶ月間この迷宮で困っている人を助けてくれ、もちろん強奪はナシだ」
盗賊が驚いた顔をしている、殺されると思っていたのだろう。
「……言っている意味がわからない、お前に何の得がある」
「お前らを殺す理由がない、かといってこのまま放置もできない。無料で困った人を助けろと言っても、お前らは当然助けたりしないだろう? だからこの両手剣でお前たちを雇うと言っているんだ。もちろん約束を反故することだってできる。だがそのときは、容赦しない」
今まで沈黙を守ってきた魔法使いが大声で突然笑い出した。
「おもしろい! 実におもしろいですよ、その提案是非受けさせてもらいたい。剣をもらえて自分の命まで助かる。こんなオイシイ話、受けない奴はただのバカだ」
さっきまでのクールな感じとは一転、テンションが急上昇しすぎで若干ひいてしまったが、とにかく契約成立だ。
これで結果的にこの危険な三人組を善行に従事させることができる、迷宮で助かる命が増えたとしたら、金貨四枚なんて安いものだ。おまけにしたくもない人殺しをしないで済むなら一石三鳥だな。
『……お前は器が大きいのか、ただのバカなのか計りかねるな』
褒め言葉として受け取っておこう。その場で捕縛月季を解き、装備品を返す。両手剣は戦士が使うようだ。
別れ際に”お前のクラスは何だ?”とか”いつ詠唱したんだ?”と聞かれたので、笑って曖昧に答えておいた。そういえば、あいつらの名前を聞くの忘れていたな……俺も名乗っていないし、どうでもいいか。
三人組が見えなくなったところで”雄叫び!”と叫んでみるが……うん、何も起きないな。鏡写しの効果距離をそのうち確認しておこう、発動限界距離を把握していないってのは死活問題だ。
まったく、思わぬところで時間を食ってしまったな。その後、探索を続けた結果、アイアンマッシュルームのキノコ回収クエストは条件を達成できた。二十本も集めれば上出来と言って良いだろう。
六階への階段を見つけた頃には十八時近くになってしまった。戻るのに同じ時間かかったとしたら深夜だな。急ごう、幸いにも帰路は敵の数も少なくなっており、思った以上に早く抜けることが出来た……が、地上に出たときには二十三時近くになっていた。
「ここまで遅くなったのは初めてだな」
北門から王都に入ると、人通りは全くなかった。昼間の喧騒が嘘のようだ。
北門の門番からはリドルに気をつけろと忠告されたが、たしか国の偉い人を狙っているんだろ? 俺なんか狙われる理由が無い。
時間がかなり遅くなってしまったため、宿屋までの近道を探す。中央広場に向かうよりも東門へ直線で向かった方が早いと思い、細い路地に入っていく。足早に進んでいると風に乗って血の匂いがした。
「助けてくれーっ!」
男の叫び声が聞こえるが、周りの住人が出てくる気配が無い。関わりたくない気持ちは分かるが、少しくらい反応しても良いだろう。
「おいおい、みんな無視とか……マジかよ」
嫌な予感がしたため、叫び声のしたほうに向かう。曲がった先で視界に入ったのは一面の血の海だ……ほとんどが心臓を一突きにされた死体なのだが、首無し死体、四肢のどれかが切断されている死体等々、一目で死んでいることが分かる。身なりからして騎士のようだが、一体何があったのだろうか。
心臓が早鐘となって胸を突き続ける。覚悟を決めて先に進むと全身黒いタキシードのようなもので正装をした男が、貴族らしき男に近づいていくところだった。
「お前はアンネリーゼを知っているか?」
「し……知らない!」
「そうか、なら質問を変える。目の前に大怪我をした子供がいたとしよう、医者は遠くにいるのだが子供は動くことが出来ない……お前ならどうする?」
「何もしないに決まっているだろうが! 汚らわしい」
なるほど、と小さく呟くと正装の男は腕を振り上げた。
「……待て!」
腕を振り上げたまま、男がゆっくりとこちらを向く。裏道は薄暗く顔がよく見えない……それでも目を凝らしてみると、顔の上半分には眼球の模様が描かれたバンダナのようなものを巻いていた。
顔を隠すためだろうか? ……しかし、あれでは前が見えないと思うのだが。
「まだ護衛が生き残っていたのか……いや、お前は冒険者だな」
護衛? あの騎士たちのことか。俺のことを冒険者と判断した理由は服装が違うからだろうとは思うが、そうなると目まで覆ったバンダナ越しに俺の姿が見えているってことになる。
「そんなことはどうでもいい、そこの男をなぜ殺す」
貴族らしき男を一瞥し、指をさす。
「……理由か? こいつが私の質問に答えることができないからだ」
やはりこいつがリドルのようだ。有名なシリアルキラー……ってことは、これ以上被害者を増やさないためにはここで倒す必要がある!
有無を言わさず水弾を放つ。無詠唱の一撃は避けられまいと思ったのだが、あっさりと回避された。
『やつの手に魔力が集まっている。ハッキリとは分からないが、全身に何かの魔法がかけられているようだ。補助系の術者かもしれない』
補助系の術者か、前線で戦う職業には向いてなさそうだが……それにヤツは武器を持っていないように見える、どうやって首や足を切断したのだろうか? 考えるまでも無く、答えはすぐに分かった。
「我に風刃の加護を、風刃付与」
リドルが魔法を唱えると、魔力で作られた風の刃が白い手袋のはめられた手を覆っていく。
『ヤツの武器は手そのもののようだな、風刃付与は切断及び貫通力が向上する補助魔法だ。風刃よりも射程距離は短いが、効果時間の長さは比ではない』
今のところ遠距離型の魔法を使う気配が無い。もしかしたら、こいつはクロが言っていた厄介な相手……接近型を得意とする術者の可能性が高いな。
『……やばいぞ、あの魔法の練度を見るにお前の実力では勝てない』
次の瞬間視界からリドルが消えた。いや、ギリギリで捉えることができたのだが、あまりの速度に体がついていかない。身体強化を全開にするが、避けるだけで精一杯だ。
『なんであんな無茶な動きが出切るんだ、俺が同じ事をしたら筋肉が千切れるぞ』
『奴は風の精霊と治癒の精霊の契約者かもしれない、風の速度補助に併せて全身に麻酔効果付与と筋肉の断裂を即時治癒しているようだ、魔法の使い方を知っている強敵だぞ』
感心している場合か。
『レジストはできないのか!』
『何のためにレジストするのだ。風刃付与をレジストしたところで、即死が致命傷に変わるだけ、それに補助系の魔法をレジストするためには直接術者に触れる必要がある。すでに魔法としては完成しているからな』
クロの言うとおり、手刀から繰り出される一撃は魔法強化されていなくても致命傷となりうる威力を秘めている。風切り音が尋常じゃない。どうにかならないのか、クロ先生! 避けるのもそろそろ限界だ。
所々で、クロが魔法を使うが相手を捉える事ができないようだ。
『今の実力では、私の魔法も本来の力を発揮できない。それに、お前の肉体は限界を超えている、早く逃げろ!』
同感だ、早く逃げないと……しかし、貴族のほうを見ると小便を漏らしながら座ったままだ。あいつは馬鹿か! 俺が時間を稼いでいる隙に逃げてくれよ!
「なぜ逃げていないんだ! 俺も長くは持たないぞ!」
そう叫ぶと貴族の男は我に返ったのか、慌てて逃げ出した。
「ククク、あの男からいくら貰えることになっている? 自分の命よりも高い金額だと良いなぁ、地獄で使える通貨ならだが!」
リドルはまだまだ余裕があるようだ、笑いながら話しかけてきた。俺の方は避けるのも限界が近い……すでに何発かかすっており、全身から血が噴出している。
鋼糸のシャツをかするだけで切り裂くとは、どれだけの貫通力だ。剣で受け止めようものなら、剣ごと俺の体を貫くのは目に見えている。
「お金なんてもらうつもりはない……人の命を何だと思っているんだ!」
俺がそう叫ぶと目の前で手刀が止まった。最後の一撃は完全に動きを捉えられていたので、そのまま振りぬけば俺は死んでいただろう。
「ほう、おもしろいことを言うな冒険者……私の質問に答えろ」




