繁栄の都、命を奪う者⑧
部屋に戻ると、早速カバンから本を取り出し迷宮攻略のための予習を始める。クロもクラス名鑑を読んでいるようだ、器用にくちばしでページを捲っていた。
一階は赤帽子に殺人兎、稀に緑帽子が出るらしい、特に注意すべき攻撃は無いが先日の例もある、油断大敵だろう。構造もただ広いだけでそこまで複雑ではないし、罠もないようだ。
同じように十階までを確認していく、十階毎に転移石が設置されているらしく、入り口まで帰還できるので区切りとしては丁度良い。
問題は十階のボスを攻略しないと次の階層に行けないことか。あとは途中帰還することも考えて階層を進めないと危ないな、ギリギリまで進んだら戻る余力がありませんでした、では死ぬ。
よし、五階までは確実に覚えた、本も持っていくから大丈夫だろう。
気がつけば十二時をまわっている。寝息が聞こえてきたので、クロのほうをみると本に挟まれて寝ていた。こいつも寝るのか……考えればいつも先に寝ていたからな。
座布団の上に移してタオルを一枚かけておく。風邪をひくかはわからんが、放っておくとうるさそうだしな。俺もそろそろ寝よう、明日は朝から本格的に迷宮攻略するし寝不足は論外だ。
翌朝は本を捲る音で起こされた。クロが予習をしているようだ。
「相変わらず早起きだな」
「私は何度も体を失いたくない、才能に溺れる奴は無能に等しい。どうにもならない状況もあるが、後悔をしたくないのだ」
これには同意だな、死ぬ寸前だった俺はチャンスを与えてもらった。手に入れた力は才能という言葉を凌駕している、それに慢心することなく俺も強くなる努力をしよう。
「よし、今日は朝から迷宮攻略に向かうぞ」
食堂に寄らないとおっさんうるさいだろうからな、飯は食べていくか。一階に降りるとおっさんが仁王立ちをしていた。
「待っていたぞリオン、まずは料理修行中に西の国で学んだ料理を食べてもらう」
無理やり椅子に座らされ、目の前に一皿の料理が置かれる。色のついた米? いや、米が光っているのか、お皿からは焦げた醤油の香ばしい匂いがする、具材はバラ肉に卵焼き、香りの強い野菜らしきものが細切れにされて入っている。
「さあ食ってみろ!」
変な形をしたスプーンを渡され一口食べてみるが、結果はいつもと変わらない。味は分からないけど、口の中で広がる香ばしい匂いは中々良い線いっていると思うよ。
「だめなのか……じゃあ次だ! 晩飯までには必ず帰ってこいよ!」
……これが美少女ならなぁ。厨房にトボトボ歩いていくおっさんの後姿が寂しさを漂わせている、無理しなくてもいいのに、残りを食べようと皿に目をやると、腹の膨れたヒヨコが一匹横になっていた。
「……ゲフゥ」
あれ? 今日の朝食は黒ヒヨコの踊り食いだったか? 口に入れてみるが、これは食べられないな。
『お前に食わせるにはもったいない料理だった! 私に食べられた方が幸せだ!』
何か叫んでいるが無視だ! 食い意地の張ったヒヨコめ、しばらく俺の口の中で反省しろ。
ギルドまでの道のりはもう慣れたものだ、露店の場所も東通りだけならほとんど把握した。朝一でもけっこう人がいるな、中に入るとクリスの顔が見えた……今日は勤務日のようだ、クリスが俺を見つけて手を振ってくる。
「リオンさん! お待ちしておりました、ここに座ってください」
言われるがまま席に着く。クリスの首筋に引っかかれたような傷跡があるな、昨日はお楽しみだったのか! ……まじ許せねぇ。
「……聞きましたよ、リオンさん、大洪水の犯人らしいじゃないですか」
「今なら笑い事かもしれないが、死にかけたからな」
「ははは、よく説明文読まないからですよ、与えられた情報を扱えないものは死ぬ、冒険者の常識です。何人かレッドキャップごときと侮って死んだみたいですね」
……さらっと言うな、結構な人数が喰われていたぞ。軽い口調に少し腹が立ったが、こいつに当たっても意味がない。
「昨日はハルカが受付をしたらしいですね、変なことしませんでしたか?」
「水浸しにしたことは怒られたけど、他は気にならなかったな」
そうですか、とクリスが笑う。
「ハルカは別の国からの転勤族ですから、私達とは感覚が色々と違うのですよ。だから失礼なことをしていないか心配だったのですが大丈夫ですね」
この国の出身じゃないだけでも信頼に値するな、魔法至上主義の腐った思考がないわけだ。辺りを見回してみるが、今日はハルカの姿が見えない、その様子に気がついたのかクリスが俺の後ろを指差していた。
「あそこに勤務表があります。名前があれば出勤、なければ休みです」
後ろを振り向くと白い板にたくさんの名前が書いてあった。なるほど、混雑しているなかで自分の担当を探す手間が省けるわけだ。
「まぁ、あれも目安でしかありませんけどね。噂で聞いたかもしれませんがギルド職員の逮捕が相次いでいます。明日には知っている職員が全員逮捕か死んでいるなんて、ザラにありますから注意してください」
そう言えば食堂でそんな話を聞いた気がする。クリスは表情一つ変えずに伝えてきたのだが、自分の職場の悪口を俺に言うなんて、どうしたのだろう?
「不思議そうな顔をしていますね? ギルドを利用する人には忠告することにしているんです、職員を信用するなって……私を含めてね。どれだけ職員から逮捕者が出てもギルドは閉鎖されません、なぜなら冒険者にとってギルドストーンは必須ですし、住民にとってもトラブル無く依頼ができるのはココしかありませんから、それに閉鎖なんてしたらゼオン様に喧嘩売るのと同義です」
「原因は分かっていないのか?」
「それが分かれば苦労はしません、国籍も様々、種族や性別も関係ない、長く勤務してからおかしくなる人もいれば、初日に人殺しをする人もいます……話が逸れてしまいましたね。前置きが長くなりましたけど、最近ハルカの様子がおかしいから気をつけてくださいってことです」
気をつけろと言われてもなぁ……クリスには忠告ありがとうと伝え、本題を切り出す。
「今日は迷宮の五階を目指そうと思っているんだけど、ついでにできるクエストはないかな? できればお金になるものがいい」
ああ、それでしたらとクリスがいつものファイルを取り出す。
「三階にいる、鉄茸を倒して、頭に生えているキノコを十個回収してきてください。十個で銀貨三枚、十個を超えたときは一個増えるごとに銅貨四枚です」
「ん? ちょっと待ってくれ、キノコの上にキノコが生えているのか?」
苦笑するようにクリスが笑う。
「はは、そのとおりです。注意点としてはアイアンマッシュルームのキノコは珍味なのですが熱に弱いです、火は使わないでください」
食用ですか、火属性以外で倒せばいいのね。ギルドカードを手渡し、クエストを受注する。戻されたカードから手数料が引かれていたので、間違いなく受注は出来ているようだ。
「お気をつけて」
クリスに別れを告げ、迷宮に向かうが、大穴の周りには相変わらず人気がない。ギルド前の冒険者の数と比べると天と地ほどの差があるな。
迷宮の階段を下りていく、少し進むと一昨日赤帽と死闘を繰り広げた通路にでた。一昨日見た赤い集団が嘘みたいに消失している。
少し湿気が多い気がするが、原因は俺だろうな。魔物の数や距離を調べようにも、迷宮の中では魔素に阻害されて索敵が使えないのか……突然襲われるかもしれないから慎重に進んだ方が良いだろう。
一階から広さは相当なものだ。迷宮は年々成長しているため一年ごとに確認し、名鑑を更新している。深さも年を重ねるごとに深くなっていくので下手したら冒険者たちの攻略速度よりも速いかもしれない。
現段階で確認できているのは五十四階まで、深層にあるクリスタルを破壊しなければ迷宮は広がり続ける。頭に地図は叩き込んであるが念のため本でも確認しておく。
━━大分進んだな、この階層は突き当たりを左に行けば階段が見えるはずだ。楽勝だと思いながら進んでいると、T字路の右側から何かが擦れる音がした。
……魔物か、腰から鋼の剣を静かに抜き、姿が見えると同時に斬りかかる。このでかいウサギがキラーラビットか、肩から斜めに斬り込むと綺麗に二つに分かれた。
辺りに血の海ができるが地面に吸収されていく、水もこんな感じで吸収されたのだろう。とりあえず、この階層の魔物は敵ではないな。時間経過と共に、死体は消えていくがアイテムは落とさなかったようだ。
「レッドキャップは絶滅したのかもしれないな」
言ってクロが周りを見渡している。それはないと思うが……それ以降は魔物に遭遇することもなく、前方に地階に下りるための扉らしきものがみえてきた。
近くで見てみると、鉄のようなもので出来た大きな扉だ、年季が入っているようで所々錆付いていた。
「お前が水浸しにしたからじゃないのか?」
「そんなわけないだろう」
触ってみるとヒンヤリとした感触が伝わってくる、扉は重かったが一人で開けることができた。二階に到達したので、カバンから本を取り出して念のため階層の確認をする。




