繁栄の都、命を奪う者⑥
今はギルドに向かっている、昨日のことが騒ぎになっていなければいいが……後はクエストが達成できているかが気になるところだ。
昨日よりも早い時間に到着したのだが、ギルド前にはすでに人だかりができていた。もしかしたら一日中混雑しているのかもしれない、空くのを待っているわけにもいかないので、人の合間を縫って中に入る。
「クリスを探すのも一苦労だな」
人ごみの中を探すが、見つけられない。このままでは埒が明かないので、近くにいたギルド職員らしき女性に声をかける。
「……すいません、クリスさんはいますか?」
彼女は首を横に振り”今日は休みね”と短く答えた。休みか、担当が休みのときってどうすればいいの? ……考えても分からないし受付くらいは誰でもいいか。空いているところを探して腰をかける。
「今日はどのような御用で?」
瓶底みたいな眼鏡をかけた、大人しそうな女性だった。幼い顔立ちをしているが、物腰がしっかりしているので恐らく年上だろう。しかし三つ編みとは……これをやめるだけで大人っぽくなると思うけどな。
「昨日初めて登録したんですけど、クエストのクリアはどうやって報告すればいいのか教えてもらえませんか?」
ああ、と呟くと自分のギルドカードを見せてきた。名前はハルカ・マーガレットと書いてある。あまりジロジロみると失礼なのかな。
「ギルドカードのクエスト欄を指でタップしてみてください、本人以外が触っても反応しないので、そのページを表示させてから見せてください」
……そんな機能もあったのか。カバンからギルドカードを取り出してみると昨日は気が付かなかったのだが、確かに記載されている。
《クエスト:レッドキャップの討伐》
言われるがままカードをタップすると、クエストの説明文と討伐情報が表示された。
レッドキャップの討伐:迷宮内一階に原因は不明だがレッドキャップが大量発生した。個々の能力は低いが、数が非常に多いため初級冒険者の脅威となっている。
大至急駆除の必要があるため、本日の午後一時から一斉駆除を行う。参加希望者は午後十二時三十分までに北門前に集合されたし。
やべぇ、そういえばクリスに詳細確認してくれって言われていたわ……文句言う前に気が付いてよかった。
レッドキャップ討伐数”九百八十八匹”……数字を見て言葉を失う。
水攻めで結構死んだのか……いやいや、これじゃ水浸しにしたのが俺だってばれてしまう。固まっている俺をみて、ハルカがギルドカードを覗いてきた。
「これは……あなたが犯人だったのですね」
ギルドカードを確認し終えると、席を立って奥の部屋に入ってしまった。逃げたほうがいいのかな……そんなことを考えていたら、奥から初老の男性が出てきた。迷うことなく真っ直ぐこっちに向かってきている。
鋭い眼光に、体軸がぶれない歩き方、そして漂う雰囲気。これは逃げられないな、逃げてもすぐに追いつかれるのは目に見えている。
無表情のまま俺の目の前に立つと、男は一転、満面の笑みを浮かべて握手を求めてきた。
「君が討伐してくれたのか、あまりに数が増えすぎてしまって困っていたのだよ」
……こ、殺されるかと思ったマジで、殺されるは言いすぎだとしても、確実に怒られると思ったので意外な反応である。
「いえ、私も必死でしたので、まさかこんなに倒しているとは思いませんでした」
「謙遜はよしたまえ、中級の冒険者も数の蹂躙に合うくらいだったのだ。でも次からは水浸しはやめてくれよ、いくら迷宮でもあの水量を飲み込むのに半日はかかる」
そう言うとクルリと反転してドアの向こうに帰っていった。部屋のプレートにはギルドマスターと書かれている。あの人がここのギルドで一番偉い人なのか……呆けていると、入れ替わりにハルカが目の前に座る。
「討伐はありがたいのですが、アレをやられると光苔まで流されてしまいますので注意してください」
「すいません、あの時は死ぬ寸前でしたので……あと光苔ってなんですか?」
驚いた顔をして、そんなことも知らないで迷宮に行ったのかと更に怒られてしまった。学校で教えてもらった記憶が無い、単純に忘れているだけなのだろうか。
「迷宮内が明るいのに不思議に思わなかったのですか? あれは光苔が発光しているからです。放っておけば魔素を餌にして勝手に繁殖するからいいのですが、今日一日は迷宮内真っ暗ですよ」
……水浸しは本当に申し訳ないと思っております、光苔のことはひたすら謝るしかない。ハルカの説教は続いているがとりあえず報酬を受け取る。
一匹あたり銅貨一枚なので、全部で金貨九枚銀貨八枚銅貨八枚となった。受け取った硬貨をそのままギルドカードに吸収させると所持金は百四万四千トラスとなり、一気にお金持ちだ。
「あと、昨日のことは誰にも言わないほうがいいですよ。あの討伐に三十人以上集まっていましたからね……皆さん報酬がもらえなくて殺気立っていました」
……ご忠告ありがとうございます。もともと言い触らすつもりはないので問題ないけど。
自分のせいでもあるが、今日一日迷宮に入れないのか……時間が空いてしまったなぁ。クリスに確認予定だったことをここで聞いてしまおう。
「今朝、リドルが出たって聞いたんだけどリドルって何です?」
リドルという単語を聞いた瞬間、ハルカの瞳の奥に暗い何かを感じたのだが、すぐにハルカは怯えた表情を見せ、周りを見渡してから小声で話し始めた。
「……あまり大きな声で話さないほうがいいですよ。リドルって別名、脚斬りと呼ばれている連続殺人鬼のことです。両足を切断してから相手を殺すとか、相手に変な質問をするとか、とにかく頭のおかしい奴なんですよ。なぜか貴族ばかり狙っているようですけど」
……なるほど、関わってはいけないことだけは間違いないな。貴族ってことは俺には関係の無い話のようだ。
「聖庁の異端審問官とミトラニア騎士団とが必死になって探しているみたいですが、尻尾も掴めないらしく、異端審問官は疑わしい人を片っ端から処刑しているって噂です、関わらないほうが身のためですよ」
どんな質問をしているのかが気になるが、ハルカは質問内容までは知らないようだった。聖庁の異端審問官という新しい単語を読み解くと、魔神と契約している俺は思いっきり引っかかっている可能性があるな。こいつらにも関わらないようにしなければ。
「そうですか……あとミトラス様に謁見する方法ってありますか?」
「ありませんね」
即答ですか、怪しまれないようにさらっと聞いたのがよくなかったか。十中八九ミトラスは西にある王城の中に居ると思うのだが、高い城壁に囲まれており、正門もかなり頑丈そうだ。
ミトラニア騎士団も常駐しているはずなので、正面突破は難しいだろう。運よく謁見まで行けたとして対話で解決しなかった場合、ミトラスに加えて周りの信徒も相手にしなくてはいけないと考えると、出来る限り人数が少ないときに会いたい。
「でも、月に一度迷宮に潜っていると聞いたことがあります」
……むむ、詳しく教えてもらいたいな。
「その日なら会うことができますか?」
あまりの必死さに怪訝な目で見られる。やばいな、会いたい理由を考えないと、不自然じゃない理由……うん、思いつかない。
「仕官でもしたいのですか? たまに自分を直接売り込む人がいますけど、ミトラス様に会っても仕官はできませんよ」
良い方向に勘違いしてくれた。この機会を逃す手は無い、ハルカの話に合わせよう。
「それでも会ってみたいのです! 会わずに諦めることはできません」
白々しかったか……俺に演技を求めるのは酷ってものです。だが、俺の三文芝居の効果があったのか、ハルカは何かを考えているようだ。
これ以上のプッシュは逆効果と判断して、ハルカの答えを待つ。
「……仮に教えた場合、私の利益はなんですか?」
「俺にできることなら、何でも」
お互いに悪い顔をしている……ハルカとは気が合いそうだ。それでは、と言うと小声で話し始めた。
「迷宮の十五階に死者の書という禁呪が書かれている本があります。太古の時代に死の神ヤトが冥界の神タルタロッソに依頼されて書いた本らしいのですが、なぜかこの本を持っていると他の階に移動できない呪いがかけられているのです。依頼というのは、その本をここに持ってきてほしい」
え、それ無理じゃね? 何か打開策があるのだろうか。
「移動できないなら、持ってこられないと思うが」
「そうですね。ですが、私はその本が欲しかったので必死に考えました。本の呪いはどこまで影響するのか、一ページだけ破いても呪いの効果はあるのか? 試そうにも私は仕事が忙しくて十五階まで行けません」
つまり、ハルカの代わりにそのページを破いて持ってこいと。おそらく高価な魔導書なのだろう、それを破こうと考えた奴はいないだろうな。ギルドでそんなクエスト依頼したら、みんなして欲しいページ破りそうだし。
「もしうまくいかなかったらどうするんだ?」
「その時は書き写してきてください、魔物が跋扈している中で複写は大変だと思いますけどね」
クロに牽制してもらえばできないことはないか、一人だったら絶対に無理だな。
「話は分かった、どのページを持ってくればいいんだ?」
どんな禁呪を欲しがっているのだろうと、興味があった。死者の書と言うくらいなので、恐ろしい魔法が記載されているに違いない。
それを聞いた瞬間、再度ハルカの瞳の奥に深い闇を感じたのだが、眼鏡に遮られて良く分からない。
「それを聞いてどうする? お前も私の邪魔をするのか」
「え?」