繁栄の都、命を奪う者⑤
何食わぬ顔をして、北門から王都に戻るが歩くたびに靴の中がチャプチャプしているし、服が湿っていて気持ち悪い。本当にひどい目にあったなぁ、明日クリスに文句を言おう! このままでは風邪をひいてしまうので、早く宿に戻って温かい風呂に入らねば。
━━宿に着いたころには夕方になっていた。
おっさんは俺の姿をみると、タオルを投げてきて”噴水の金でも拾おうとしたのか”と呆れた顔をしていた。ある意味噴水だったので、遠からず正解である。
タオルを貸してもらえたので、部屋には戻らず直接露天風呂に向かうが、中途半端な時間だったためか露天風呂には俺一人だった。本当に満室なのかよ、全員風呂嫌いなのか? でも、ゆっくり入れるのはありがたいな。
「ドロップアイテム一個も拾えなかったな」
「命をドロップしかけた、贅沢は言えないよ」
迷宮学で学んだ内容をそのまま信じると、迷宮で死ぬと少しの時間経過と共に冒険者や魔物は迷宮に飲み込まれるらしい。その際に迷宮の胃袋から出てくるアイテムが通称ドロップアイテムと呼ばれている。
迷宮が飲み込める量は一定であるため、飲み込む際に余剰分の何かが飛び出してくるのだ。敵が強いほど質の良いアイテムが出てくるってことらしい。
大体は魔物の死体が凝縮された魔石や死亡した冒険者の持ち物だったりするのだが、弱い装備だとしても迷宮の腹の中で長い年月をかけて魔法具に変質することもあり、効果や値段も馬鹿にできない。その迷宮特産のレアアイテムになると、家が買えるレベルの金額だ。
「アイテムは拾えなかったけど、かなりの数を倒したはずだ。クエスト報酬は期待できるんじゃないかな」
「そこが疑問なのだが、数のカウントは何をもって確認するのだろう」
クロがお湯に浮かびながら聞いてくる。確かに、それは確認し忘れていた……もしかしてタダ働き? 考えるだけでどっと疲れがでてきた。
「明日クリスに聞くからいいよ、もう部屋に戻ろう」
二階に上るのがしんどい、考えてみるといつもこんな感じだなぁ、今日の反省点は一度魔力を空にしてしまったことだ。気絶中に襲われなかったのは幸運としか言いようがない。
フラフラになりながら階段を上りきり、倒れこむようにベッドへ寝転がる……ギルドカードの確認は明日で良いだろう。
どうでもいいことだけど、宿屋のおっさんの名前を聞いてない。ま、おっさんでいいか……。
それに、あんな血だらけの光景を見たら晩御飯食べる気にもならないな。そんなことを考えていたら深い眠りについていた。
翌朝、クロの日課によって起こされる。俺のオデコがへこんだら責任とってもらおう。
体はかなり復調してきているな、眠たい目をこすりながら身支度を整えていると、ギルドカードがポケットから落ちた。
……今更だけど、クラスを確認してみますか、床に落ちたギルドカードを拾い職業欄をタップしてみる。
《鏡神 クラス説明》
色を持たない、存在も希薄、自身一人では何も出来ない。
しかし、相対する者の瞳に映るのは鏡に映った死神。
《クラススキル 鏡写し》
自分の近くにいる存在のスキルまたは技能を視認したとき、同じスキル、技能を使用できる。
しかし、オリジナルには一歩及ばない。
《中位クラス解放条件》
不明。
……これって、弱くない? 俺の第一印象である。相手と同じスキルしか使えなくて、それが相手よりも弱かったら勝てないじゃない。相手にスキルがなければ、そもそも発動すらしないってこと? おまけに技能って何よ。
「弱くはないだろう? お前の発想と工夫次第だと私は感じたぞ。相手にスキルがなければ、お前と条件は一緒だしな」
「発想と工夫って言われたってさ、言うのは簡単だけど実践でできるか自信は無いぞ」
「お前の首の上に乗っかっているものが飾りじゃなければできるだろう?」
ただの飾りです……うそうそ、弱者は頭を使えってことね。
「そろそろ朝飯にいくか」
食堂に向かうと、遠くから冒険者たちの話し声が聞こえてきた。時間帯が重なってしまったようでかなり混雑している。
食堂内を見渡し空いている席を探すと、運よく窓際の席が空いていたので、テーブルの上に荷物を降ろす。まだ二日目だが、この窓際がお気に入りの席だ。
食事が出てくるまでは暇なので外を見る、朝早いのに相変わらず人通りが多いなぁ。忙しそうに働く人たちとは別に、嫌悪感を覚える光景も目に入ってきた。
貴族のような身なりをした人の後ろに、ボロボロの服を着て首輪をされている獣人の親子が連れられている。人と獣人とが仲悪くなるのも理解できるな……身体能力では圧倒的に負けているのに、よくあそこまでできると逆に感心してしまう。復讐されることを考えていないのだろうか?
外を見ていても、先ほどのような光景が何度も目に付いたので、食堂内に視線を戻す。昨日は静かだった食堂内も今日は宿泊客同士の会話で騒がしい、もう少し遅い時間帯に来たほうがよかったな。
「おいおい、聞いたか? 昨日も出題者がでたらしいぞ」
「マジか! ここ最近連日のようにでていないか、この町も物騒になったなぁ」
リドル? 魔物の名前? 物騒になるってことは見境なく危害を加えてくるのだろうか、後でおっさんかクリスに聞いてみよう。食堂での会話は変な話ばかりだな、迷宮のお得情報とか話せばいいのに。
そんなことを考えていると、いつのまにやら横におっさんが立っていた。
「そんなに俺の晩飯が食いたくないのか」
おっさんが笑いながら朝ごはんを俺の前に並べていく。この太い指でこんなキレイな見た目の料理を作っているのだろうか? 部屋に活けられた花もそうだけど、人は見かけによらない。
「すいません、昨日は部屋に戻ったらそのまま寝てしまって」
「冗談だから気にするな、でも一回くらいは食べてくれよ。料理の腕には自信があるんだ」
そう言うと、花柄のエプロンをひらめかせて再び厨房に戻ってしまった。
『……私も晩御飯を二日抜くとは思わなかったぞ』
お前はメシ必要ないだろう。あれ、昨日も同じやりとりをしたような気がする。今日の献立は白米に焼き魚と溶き卵のスープか、相変わらずクロはウマイと言いながら一心不乱に食べている。
ヒヨコが卵のスープを食べる姿は何とも言えないな。食事を終えて食器を返却口と書かれている場所に片づける、奥におっさんがいるようなので一声かけておく。
「ここに食器置きますね、このまま出かけるんで部屋の掃除をお願いします」
中から、まかせとけ! と威勢のいい声が聞こえる。 表に出て、今日の予定を考えるが、考えるほど行動範囲が広くないことに気がつく……とりあえずは、ギルドに行こう。
クエストの報酬次第で露店に行き、消耗品の購入、余裕があったら昼過ぎに迷宮の様子見だな。まだ、生活基盤が安定していないけど、本来の目的であるミトラスに会う方法を考えないと。
『クロ、万が一ミトラスと戦うことになった場合、俺は勝てる可能性があるか』
『今のままでは難しいな、勝つ算段は立ててあるが基礎能力をもう少し上げてくれないと厳しいぞ』
さすがはクロ、そこまで考えてくれていたか、基礎能力の向上……迷宮に潜れば勝手に上がるだろう。今必要なのはとにかく実戦経験だな。
『もう少し、でいいのか、意外と神は強くないとか?』
クロは呆れた声で”そんなわけないだろう”と言ってきた。
『……一から説明してやる、神が肉体を持つためには代わりの肉体、つまり生贄が必要だ。契約するときにも言ったが能力はベースにする肉体に左右される。しかし、ミトラスを復活させた奴にそんな知識はないだろうからな、復活の儀式の生贄は適当に選んでいるはずだ』
『魔力の適性も適当に選択されていると?』
『良いところに気が付いたな。同調すらしていない者と強制結合されているミトラスは制約の塊だ、契約ではないところが大きい。肉体との適正不一致もあり地上の魔素を取り込むだけでは満足に動けないのだろう……おそらく迷宮の近くに城を構えている理由は、高濃度の魔素での魔力補充だ』
そういうことだったのか……迷宮の近くは魔物の隣に住んでいる様なものだしな、普通の感覚なら少しでも危険地帯から離れたいと思うはずだ。
『それでもお前よりも強い、本来の力では逆立ちしても勝てないぞ』
『なら、なぜそんな制約だらけの肉体を手に入れる必要があるんだ? 精神体のままでいればいいだろう』
『……私の時のことを忘れたのか? 精神体では基本的に声も届かないし、世界に干渉することもできない、干渉したいのなら肉体が必要なのだ。そしてグリモアの言葉が真実ならばミトラスは実際に存在し国を統治している。大方アホな神に唆された愚かな信者に蘇らされたのだろう』
クロにあったとき、声が届いたのは千年ぶりとか言っていたな。
『ちょっと待てよ、声が届いていないのに契約ができるのか?』
『お前は人の話を本当に聞いていないな、最初に同調していないものと強制結合されていると言っただろう。儀式であって契約ではないのだ』
そうだったな……難しい話はすぐに忘れてしまう。
『……言いたいことはわかったよ、もう一つ聞いてもいいか?』
ポケットからクロが顔を出す。何でも聞いてくれと言う事なのかな。
『クロの肉体を集めてくれと言われていたが、それも生贄がベースのものだったのか?』
『ああ、ややこしくなるから説明をしなかったが、元来神もそれぞれ地上用の肉体を持っていたのだ。しかし、千年前の戦いで多くの神が肉体を失った。集めてほしいと言ったのは私本来の肉体だ』
『そうなると、ミトラスが一度本来の肉体を失ったのをなぜ知っている。もしかしたらそのままの可能性もあるだろう』
……クロが無言になってしまった。互いの間に沈黙が流れる……何だか気まずいなぁ。そんなことを考えていると、先に沈黙を破ったのはクロだった。
『……これ以上は聞かないでほしいのだが、ミトラスと私は一緒に戦っていた。私の目の前で肉体を失ったから間違いない』
一緒に戦うってことは、まさか仲間だったということなのか? 余計に謎が増えてしまったが、これ以上聞くなと言われたので口には出さなかった。仲間だったとしたら戦わなくて済むかもしれない。
『色々と教えてくれてありがとう、クロが俺を育てたいって理由もよくわかったよ』
『気にするな、同調できる肉体は滅多に出会えないのだ。私は幸運だと言えよう』
……この話はここまでにしよう。