繁栄の都、命を奪う者③
冒険者ギルドの場所はすぐに分かった、中央広場の周りには一際大きな建物が立ち並んでおり、その中の一つである。おっさんが言っていたとおり、ギルドの周りにはいかにもといった感じのゴツイ男たちが集まっていた。
朝の冒険者たちの会話が少し気にはなったが、今まで出会った人たちのことを考えれば捕まるだけマシと思えるから不思議だ。
ギルドの中に入ると、ギルド受付員の威勢のいい声やパーティーを集めている冒険者など、すさまじい熱気と活気に満ち溢れている。
完全に場の空気に飲み込まれ、どうすればいいかわからずキョロキョロしていると、後ろから若い男が声をかけてきた。身長は俺よりも高く細身、少し長めの銀色の髪がイケメンレベルを増加させている。
「ここに来るのは始めてですかね、もし良かったら私が受付をしますよ?」
渡りに船とはこのことか、救世主の後をついていくと一番奥のカウンターに案内された。男の名前はクリス、二十歳前後の好青年だ、ギルドの受付嬢との素敵な出会いを期待していたので少し残念ではある。
「かわいい女の子が出てくると思いました?」
……こいつエスパーか! 考えが読まれていたことに驚いたが、平静を装う。
「はははっ、まさか! 受付嬢と仲良くなろうなんて思っていませんよ!」
『バカ……』
「……あなたは正直ですね」
「そんなに俺、挙動不審でした?」
恥ずかしそうに尋ねると、クリスは首を振りながら大げさなジェスチャーを交えて否定をしてきた。
「そんなことはないですよ。普段は見ない顔でしたし年齢もお若い、何よりも私があなたに可能性を感じたから声をかけてみた……それだけです。正直に言うと、ギルド職員の評価には担当冒険者の功績の一部が反映されるシステムでして。有望株は職員同士の奪い合いなんですよ」
……そういうことか。俺の存在が光っていたと……ただのイケメンではなく、人を見る目があるイケメンのようだな。
「早速ですが、ギルドへの冒険者登録の意思はありますでしょうか」
黙って頷く。
「それでは、初めての方には説明事項がございますので説明させていただきます。少し長くなりますが、お時間はよろしいですか」
「予定は特に無いので大丈夫です」
そこから一時間ほどかけて、クリスの子守唄のような説明が始まった。
クロのときもそうだったが、要約するとこんな感じである。
冒険者ギルドは世界中にある。
冒険者ギルドはあらゆる国に加担せず常に中立である。
冒険者自身が個人的に加担することは自由だが、ギルドは一切の責任を負わない。
登録志願者は拒まないが犯罪者はNGである。
冒険者はFから始まりSSSまでのランクに分けられ、ギルドへの貢献度でランクが上がっていく。
貢献度はクエストをクリアすることで溜まっていく。当然高ランクは難しい案件になるが、報酬も大きい。
クエストは冒険者ギルドでしか受けることができない。
個人的に依頼された案件についてギルドは一切関知しない。
クエストは同時に三つまでしか受けられない。
クエストを受けるためには手数料が必要であり、破棄又は失敗した場合はペナルティとして手数料の倍額を追徴する。
Dランク以下は一定期間クエストクリアが確認できない場合、自動的に資格は失効される。
なお、自動失効した場合の再登録は一年間できない。
罪を犯した時や不正等によってクエストをクリアした場合は脱退処分とする。
クエスト中の怪我により障害が残った時や、死亡した場合でもギルドは一切の責任を負わない。
冒険者ギルドは力が全てである。未開の地を切り開き、その名を世界に刻み込め! ギルドは富と名声を約束する……これで最後。
ぐぅぐぅ……眠りそうになってしまった。これを毎回説明するギルド職員に同情してしまう。
『……寝ていたぞ』
「ご承諾いただける場合はこちらにサインをお願いいたします」
いま説明された事項が、小さい字で書かれた紙を差し出された。冒険者ギルド専属になる契約書ってことか。説明はしていなかったが、冒険者ギルド以外に商人ギルドと鍛治師ギルドがある。
どれか一つにしか所属できないため、冒険者ギルドに所属している間は専属となってしまうのだ。まぁ商人や鍛治師に入るつもりは毛頭ないため、迷う必要もないのだが……話していた半分も覚えていないが、とりあえずサインしておこう。
「ありがとうございます、次に身分証明書代わりとしても使用できる、ギルドカードを発行したします。この金属製のカードを持っていただいてもよろしいですか」
言われるがままカードを受け取る、手のひらに収まる程度の大きさだ。ペラペラの金属だったので、強度が気になり少し力を加えるが、全く歪まない……これかなり硬いぞ。
「カードを持ったままお待ちください、奥のギルドストーンであなたの情報をカードに転写いたします」
クリスが席を立とうとしたので、慌てて呼び止める。
「すいません! 情報って何ですか」
「ああ、ギルドストーンの説明を忘れておりました」
何かを思い出したかのように、クリスは再び腰を下ろしカウンターの下から一冊の本を取り出した。
本の挿絵には神らしき存在と、初代ギルドマスターが描かれている。内容を読み進めていくと、ギルドストーンとは冒険の神ゼオンが冒険者に与えた魔法具のようだ。
千年前の大戦後に、あまりにも過酷な復興事業を見かねて、冒険者たちにクラスという概念を与えたのが始まりである。
ギルドストーンの原石はゼオンが統治している迷宮都市マリオンにあり、そのカケラを冒険者ギルドの出張所に持ってきているらしい。
クラスとは魔力の質や適正、契約精霊数や種類、自身の種族、身体能力等を加味して決定される固有の職業。組み合わせは無限に近いので、自動判別してくれるのがギルドストーンの役目だ。
一般例として、適正が「回復」で治癒の精霊と契約をしていれば治療士、さらに格闘能力に秀でていれば治療士かモンクのどちらかを選択できる。種族が獣人だと、獣戦士等々……クリスはまだ見たことが無いクラスが山ほどあると笑っていた。
各クラスには固有のスキルがあるため、自分のスタイルに合わせた選択をする必要があるが、一度決めると変更はできないから慎重に選ぶようにと釘をさされてしまった。クラス修練を積むと上位クラスへのクラスチェンジが可能となるのだが、ギルドでも上位職業の特性までは把握しきれていないとのこと。
ここからが俺にとって肝心なのだが、ギルドストーンでは犯罪歴もあわせて調査されるらしい。ギルドストーンは聖庁の審判核と連動しているそうで、一発で犯罪歴を照会できるそうだ。
ちなみに聖庁は聖卿オルストって国の出張所のようなところで、どこの国にも存在している。つまり、賞金首になったら全ての国で同時に手配されるため、逃げ場所がない。
『私と契約しているからな、どんな影響がでるか想像もできん』
『怖いこと言うなよ、クラスに魔神の契約者とか忌み子とかが表示されたら笑ってごまかすしかないぞ』
犯罪者はすぐにばれるらしいけど、もし指名手配されていたらやばくないか。今更やめると余計怪しいし……登録するしかないな。でも、逃げる準備だけはしておこう!
「みなさん冒険者ギルドの説明だけで早く登録しろ! って怒り出すんですよ、ギルドストーンの説明までしたのは久しぶりです」
……その気持ちはわかるな。
━━クリスが席を立ってから数分が経過しただろうか、無罪判決を待つ被告人の気持ちが良く分かる。戻ってきたクリスから手渡されたギルドカードをドキドキしながら見ていると、文字が浮かび上がってきた。
名前:リオン・メルディス
クラス:鏡神
ギルドランク:F
血盟:無所属
クエスト:受注無し
通貨:空欄
『クラス名が無駄にカッコイイな』
いやいや! カッコイイではなく怪しい、の間違いだろ。クラスを選択できるかと思ったのだが、該当するモノが一個しかないときは自動的に決定されるのか……まぁ、登録できたってことは、犯罪歴は無かったってことですよね? そこだけは助かった。あとはこのクラス名を見られたときにどんな反応が返ってくるかだ。
「お待たせいたしました、すごいですね! こんなクラス名見たことないですよ、過去のクラス履歴が登録されている台帳も見ましたが、そこにもありませんでした」
そうでしょうね、契約相手が魔神で、私は忌み子ですから。
「クラス解放条件を開示していただければ、金貨五枚をお支払いいたしますが、どうしますか」
「分からないので、やめておきます」
即答しておいた。クリスを見ると残念そうな顔をしているが、正直に言えるわけが無い。とりあえずはこれでクエストの受注ができるようになったのか。