利己主義の国、狂人たちの集い⑬
「……お前はギルを殺した。それに助けるとは言っていない」
「ここにいる奴らは魔法が使えないゴミばかりだ! すぐに処分される運命だったのに衣食住を与え、実験台という役目すらも与えてやったのだ! 感謝されることはあっても恨まれる筋合いはない!」
……ついに本音がでたか。 選民思想の強いヤツだとは思っていたが、ここまで腐っていると逆に清々しい。
「ここでイリアを助けたところで自己満足だと言ったな? ……俺は自己満足で済ますつもりはない」
「それはどういう……」
言いかけた男の言葉を遮るように、喉に剣を突き立てた。ギルと同じ苦しみを味わえ、ここでお前を助けたところで、この村の人は報復に合うだろう。
最悪の場合は”村人の反乱があったから粛清した”とでも上に報告するのが目に見えている。
『ミトラスを殺すとは、大胆な発言だな』
いつの間にか肩の上にクロが乗っている。
『……そんなこと一言も言っていないだろう』
人体実験が本当に行われているのか、主謀者だという魔導の神に話を聞くだけだ。話が通じなければ、その時は……ふと視線を家のほうに向けると、イリアがこちらを見ていた。
目には生気がなかったが、俺の目をまっすぐ見つめ何かを言いたそうにしている。
執行官の死体をそのままにしておくわけにもいかないので、火葬で証拠を隠滅した。死体の後片付けを終えたところで彼女に近づいていく。
……彼女の前に立ったのはいいが、なんて声をかければいいのか思いつかない。
「……ありがとう」
先に口を開いたのはイリアだった。目から大粒の涙を流して泣いているが、俺は礼を言われるようなことはしていない、むしろ俺のしたことは、この村の平穏を乱すことになるだろう。
「お礼なんて……」
そう言いかけると、彼女は首を横に振り。
「本当に感謝しているわ。気づいていたかもしれないけど、おじいちゃんは本当のおじいちゃんじゃないの、それでも本当の家族のように接してくれた。そして近いうちに別れが来ることも知っていた」
ここにいる人たちは他の村から連れてこられた人たちの集まりだ。自分たちがいずれ実験動物として殺される運命なのも知っていたのだろう……それでも肩を寄せ合って生きていた。毎日どんな気持ちで過ごしていたのかを考えると、胸が締め付けられる。
彼女は涙を拭って飛び切りの笑顔を俺に見せてきた……無理をしているのはすぐにわかる。諦めにも近い何かが彼女をそうさせているのかもしれない。
「あいつら本当に嫌な奴らだったの、あー本当に気分がスッキリしたわ! ざまぁーみろって感じ、だからあなたは何も気にしないで王都に行って」
気丈にふるまう姿が痛々しく感じてしまう。
「これからどうするんだ?」
「ここにいるのはみんな家族に売られた人たちばかり、ここを捨ててもどこにも行く場所がないわ」
しかし、ここにいたら報復を受ける可能性が高い。全てが一手遅い、ギルが死んでから人助けをし、執行官を殺してから王都へ状況確認に行く。本当に自分の不甲斐無さを痛感するばかりだ。
ギルを黙殺した時点で、イリアを助けない方が俺の主張としては筋がとおっていたのだろう……でも、我慢が出来なかった。目の前で人が殺されることも、人が不幸になっていくのを傍観することも。
『いくら考えても答えはでない、あの時イリアを見捨てるようなヤツだったら私は契約をしなかった。もっと上手い方法はあったかもしれないが、気持ちは十分に伝わってきたぞ』
こいつは相変わらずだな……でも少しは楽になれたよ。
「王都に行ってミトラスと話をしてみるよ、できることならこの差別も撤廃できるように交渉してみる」
とはいっても自分と同じくらいの年の男の子に言われても説得力がないよな。それでも、言わずにはいられなかった。
「あなたはとても強いからね。この国の人が無くしてしまった、優しい心も持っているし」
「そんなことはないよ。ギルさんが殺されても動けなかった腰抜けだよ」
イリアは落ち込んだ様子を見かねたのか、俺の頭をやさしく撫でてきた。
「私はずっと待って……いえ、信じているわ、あなたが何かを変えてくれることを。みんなが笑顔になれる日がくるといいわね」
……俺にできることは限られている。だが何もせずに諦めるつもりはない、この国は間違っていると……このイカれた世界を変えてみせる。別れ際のイリアの笑顔はとても眩しかった……俺はこの笑顔を守りたい。
━━イリアと別れてから数日が経過した。
「あの娘をあそこに置いてきて良かったのか?」
……彼女が残りたいと言ったんだから仕方ないじゃないか。自分じゃ足手まといになるとも言っていたし。
「美人だったからなぁ、また会いにいけばいいさ」
もしこの国を変えることができたら迎えに行こう、一緒に旅をしないか? って。でも、会ったばかりの男から誘われてもついてきてくれるかな?
色んな妄想をしていると、何かが臭ってきた。どうやら、自分の体から臭っているようだ、これは臭いわ。今更ながらイリアの家で風呂を借りればよかったなぁ。
「一人暮らしの女の家で風呂を借りたいとかお前は変態だな、タオルとかクンクンするつもりだろ」
そんな妄想している時点で変態はお前だろ。最初は一人暮らしじゃなかったし、タオルなんて……クンクンするな。
だめだ、気になりだしたら我慢できない、頭がかゆすぎる。近くに大きな岩があったので、岩陰で服を脱ぎ、頭の上から魔力で水を作り全身を洗う。
季節が夏でよかった、冬場に水浴びとか想像するだけで心臓が止まりそうだ。あとは家から石鹸を持ってきた自分を褒めてあげたい、お湯が出せないから水風呂だけど服も一緒に洗濯をする。
濡れたままだと風邪をひいてしまうので、焚火も起こそう。服が乾くまではここで休憩することにした。
「乾くまで暇なら、魔法の講義の続きをしてもいいか?」
え、まだ続きがあったの? ……もうおなか一杯ですけど。
「必要最低限の説明しかしてないからな、少しずつ覚えていってもらう」
俺の同意は必要ないみたいですね、今回は魔法の発動方法について教えてもらった。魔法には大きく分けて三種類の発動方法がある。
遠距離型は一般的な発動方法であり威力は低い、文字どおり遠くから放つ魔法である。魔法の特徴の一つとして、射程距離が短い魔法ほど効果が上がる。言い換えると術者に近いほど出力が上がるそうだ。
近距離接触型は相手の近くで発動または相手に触れて発動させる魔法である。複数への効果発動は不可能だが、遠距離よりも効果が高い。
最後に設置型、威力が一番高く、発動後は再使用制限がないため即時魔法が使える。しかし、設置中は他の魔法が使えない、対象がそこに居なければ発動できない、一度設置すると設置個所に触れなければ解除ができないなど、制約が多い。
発動条件が難しくなるほど、効果が高まるのが魔法の常識らしい。もしかして、火葬は設置型だったのか。
「そのとおり、足元で発動していただけであって本来は設置魔法だ」
たしかにアレを大人しく喰らってくれる奴はいないよな。
「遠距離から魔法を撃っている奴はさほど脅威ではない、アホでもできる。魔法使い同士の遠距離魔法の打ち合いほど無意味で滑稽なモノはないぞ。問題は近距離を得意とする奴だ、一撃が重い上に設置魔法も近くで使われると気づきにくい」
相手には詠唱があるだけマシと考えるか、無詠唱で近距離設置されたら確かにわからない。まぁできたとしても、そこまで器用な奴がいるとも思えないが……クロの魔法講義のおかげで自分の武器を再確認できたな。
無詠唱、限定的だが同時詠唱、それと相手の魔法のコピー、現状はこれで切り抜けていくしかない。
「それだけできれば格上相手でも十分に戦える」
「簡単に言うけど、魔法を使い始めて一週間だぞ」
今までは運が良かった部分もある、不意打ちに近い勝ち方をしてきた。いつまでも幸運が続くとは思っていられないな。