利己主義の国、狂人たちの集い①
両親が死んだ。
俺のせいで殺されてしまった。
なぜこんなことになってしまったのか。
なぜ自分が逃げなくてはいけないのか。
なぜ俺は両親の仇討よりも自分の命を優先してしまったのか。
無数の疑問が浮かんでは消え、いくら考えても答えは出てこない。
昨日まで仲良く笑顔で話していた人たち……毎日のように顔を合わせている近所のおじさん、俺が九年間通ってきた学校の先生……そいつらに俺の両親は殺されたのだ!
瞼の裏に焼きついた、無念そうな両親の顔。
生気を失った両親の双眸が俺に何かを語りかけてくる。
「どこまで逃げればいいんだ……」
どこまでも続く暗い森の中を駆け抜けながら、事の発端を思い出していた。
━━半日ほど前
「リオン、朝だぞ、今日は成人の儀があるんだから早めに支度をしなさい」
父親の声がする。自分の部屋は二階の一番奥にあり、食卓のある一階からは距離が離れている。それでも聞こえてくるほどの大きな声だ。今日のことを考えると中々寝付けなかったのだが、いつの間にか熟睡していたらしい。
「……そうだった! 今日はいつもよりも早めに行かないと」
ベッドから飛び起きると慌てて制服に袖を通しながら、簡単に身支度を整える。ベッド脇に鏡台があるのだが、あまり使ったことはない。今日ぐらいは寝癖のチェックをしておこう。
眠たい目をこすりながら食卓に顔を出すと父が穏やかに笑っていた。
父は一見するとまだ若く優男に見えるが、昔は名の知れた冒険者だったらしい。休日や、暇なときには剣術を教えてくれる優しく尊敬できる父だ。
「リオン、朝のご挨拶がないわよ」
声がした方を見ると母が台所に向かって朝ごはんを作っている。
長い金色の髪、透き通るような白い肌、最近では俺のほうが大きくなってしまったが、背もそれなりに高くスタイルもいい、息子の自分が言うのもなんだが母は美人だと思う。
食卓にはおそろいのコップが三つ並んでおり、そこに牛乳を入れるのが三歳の頃から俺の毎朝の日課だ。
「あ、父さん、母さんおはよう」
そんな両親のもとに生まれたのが俺こと、リオン・メルディス、今年で十六歳になる。
寝癖のついた黒髪を手で撫で付けながら食卓に着く、母親のような金髪に生まれたかったが、父親に似てしまったので仕方がない。
話は変わるが、この世界には十二の神がいてそれぞれの国を治めているのだが、国同士の交流はほとんどないため、俺も他の国に行ったことはない。
俺の生まれ育った国は魔導国家ミトラス、この国は魔法至上主義であり魔法が使えないと職に就くのも難しい。この国で成人と認められるためには十六歳を迎えたことと、成人の儀を経ていることだ。
成人の儀とは、魔法を使うために必要な儀式である。儀式の始めに適性調査を受け、そこで魔法に対する適性が見出されなければ魔法は使えない。
適性には五種類あり、基本的には先天的な才能によって分けられるが、まれに後天的に変わることもあるらしい。
適性調査を受けた後、精霊を召喚する。自分の魔力を餌に精霊を召喚するので、自分の魔力適性に合った精霊が召喚されるのだ。
儀式は精霊との契約をもって完了する。召喚した精霊と言葉を交わすだけでいいらしいが、何て声をかければいいんだろうか? まさか、「こんにちは」だけでいいとも思えない。
説明が長くなってしまったが、精霊と契約しなければ強大な魔力を持っていようが魔法は使えないってことだ。
まぁ、例外としては魔力を体内に循環させる身体強化だけは魔力さえあれば使えるが、補助魔法と違い全身に魔力を流し続けるので燃費がとても悪い。
本来、魔法は素養のあるものしか使えないと言われているのだが、この国の国民は魔導の神ミトラス様の祝福を受けて生まれてくる。そのため、例外なく魔力適正を持っており魔法が使えるようになるのだ。
……ここまで聞くと良い事しか無い様に聞こえるが、俺は魔法至上主義に疑問を抱いている。
理由としては、魔力が弱い者や魔法が使えない者への差別が酷いことと、他国から来た人(種族)が魔法を使えなかった場合、何かに特化した技能を持っていない限り、職に就けず餓死してしまうか犯罪者(盗賊)になってしまうからだ。
もちろん魔法が使えなくても冒険者ギルドに所属は可能だが、魔法が使えない時点で受けられる依頼も限られてくるため、その日の生活費を稼ぐのも難しいだろう。
いかに優秀な人材であっても、魔法が使えないだけで劣等種として差別されてしまう、反対に魔力が強ければ人として腐っていても要職につけてしまう。
この制度は国益を損失していると感じるのだが、なぜ制度を変えないのかは俺にはわからない……小さいころに父に理由を聞いたところ、そのことを絶対に外で話すなと怒られてしまった。
「いよいよだな、お前が成人するなんて今でも信じられないよ、あんなに小さくて毎日泣いていたのになぁ」
俺をみて眩しそうに父さんが目を細めた。うっすらと涙を浮かべているようにも見える。
大げさだなぁ……見ていて恥ずかしい。小さい小さいと言われても、今では父さんよりも大きくなったけど。
「やめてくれよ父さん、成人の儀といっても精霊と契約するだけだから、いきなり大人になるわけではないよ」
「そうよ、人はいきなり大人になれないの、自分で成長しないといけないのよ」
偉そうに説教をしているが、母さんが一番子供っぽい……この前も、料理の味付けが濃いと言ったら一週間ご飯を作ってくれなかった。
そんな風に息子に思われているとも知らず、当の本人は良いこと言ったな、と満足げな表情を浮かべている。少し腹立たしいが我慢してあげよう、今日は門出の日だからな。
「そろそろ時間じゃないのか?」
時計を見ると家を出るはずの時間をとっくに過ぎていた。
「本当だ、じゃあ父さん行ってくるよ」
「今日の夜はお祝い会だ! プレゼントも用意してあるから楽しみにしていろよ」
「……あなた、バラしたら駄目でしょう」
そうかそうか、と笑いあう両親。俺も自然と笑みがこぼれてしまう。仕事に就いて、給金がでたら旅行にでも連れて行ってあげよう。
外に出ると相変わらず視界一面はでかい森である。周りを見ても民家は遠くに一件見えるかって感じだ。
村の中央に学校や商店街が集まり、村の南側に近づくにつれて民家が少なくなっていく。
村の南側には魔障の森と呼ばれている立ち入り禁止の森が広がっており、俺の両親は森から出てくる魔物を仕留める仕事、いわゆる森の監視者をしている。
さてと、そろそろ行こうかな……時間も遅れ気味なので、少し早足で学校に向かう。
毎日通い慣れている道ではあるが学校までは距離がある。学校に行くまでに歩いて一時間程度の道のりだ。
俺の家だけ極端に離れている気がするが、村の人たちは意図的に森から離れて暮らしているのだろう。
しばらく歩いていると、遠くから幼馴染のバリスが声をかけてきた。
まだ子供っぽさの残るそばかすの浮いた顔、茶色がかった軽くウェーブのついた髪を揺らしながら駆け寄ってくる。こいつとは小さいころから一緒に育ってきたから、兄弟に近いかもしれない。
「おーい、リオン待ってくれよ! 一緒に行こうぜ」
「ああ、声かけなくて悪かったよ」
バリスは額に浮かんだ汗を拭いながら息を整えている。
「謝ることじゃないだろ、まぁ今日で学校は終わりだからな、最後くらいは一緒にいこうぜ」
「もしかしたらリオンとはもう会えないかもしれないな」
「なに言っているんだよ、王都に就職できるとでも思っているのか?」
「いやいや、俺ほどになれば王都の中でも聖庁に登用されてしまうかもしれない」
バリスは自信ありげな表情で頷いている。
「聖庁なんてエリート中のエリートだぞ」
「だからだよ、よくあるだろ? 才能を見いだされて出世していくサクセスストーリーがさ!」
「わかった、わかった」
まったく……付き合いきれないな。悪いヤツではないのだが、とにかく努力が嫌いなヤツである。夢も他力本願な内容ばかりで計画性がない。
「もし、聖庁の役員になったら、リオンもコネで入れてやるからな」
「もし、お前に登用の奇跡が起きたらへそで茶沸かしてやるよ」