エルフの里
自分が十三歳になって少しした頃、パーティは今後の事をよく話すようになっていた。
そんな中、丁度近くに来たからとダファンの生まれ育った村に立ち寄った。
小さな農村、養蜂が盛んで、それを特産品にしているらしい。ダファンの家は、巣箱のための木を切ってくるきこりだった。
当時好きだった女の子に彼氏ができた事にショックを受けて、村を飛び出してから十七年一度も帰ってないという事で、大きな身体を縮こまらせて家の戸を叩いていた。
出てきたのは小柄でかわいらしい妙齢な女の人だった。ダファンを見てきょとんとした後、目を吊り上げると持っていたお玉ですっかぁぁん!と叩いた。もっと大きい人を想像していたけど、この人がダファンのお母さんだという。ダファンが何度も謝り倒し、落ち着いたその人はようやく周りに、というより自分に目を留めた。
「あの?」
不安に思って口を開くとにっこりと笑い、
「お名前は?」
「ヒィロです」
「ヒィロちゃんね、あんなのは放っといて中にいらっしゃい。おばあちゃんが美味しいお菓子をあげますよ~」
「お、おい、かーちゃん、早合点すんなって!そいつは俺の子みたいなもんだけど俺の子じゃないんだって!!」
それからその村には一週間滞在し、色々あった末にダファンはそのまま残る事になった。
別れ際、一通の封書を貰った。
物事は、一度始まり出すと止まらない物で、街に着いた時、魔法学校からアチェに指定依頼が入っていた。
高名なアチェの話を生徒達に聞かせてもらいたいらしく、もし良かったらそのまま教員として勤めて欲しいとのこと。
アチェは一晩考えて、次の日、魔法学校へ行く、と言った。
リーダーのアチェが居なくなる事で、本当に、別れ別れになるんだと思った。
アチェからも封書を受け取り、袋にしまった。
ミーニャさんと、ロシュと、シェルと、自分。四人になってどこへ行こうか。
「この前妹に手紙も出した事だし、里へ行かないか?」
ロシュの言葉で、次の目的地が決定した。
途中何度か魔物と遭遇したが、特に危なげなく倒し、ロシュの案内で迷いの森も難なく素通りして、エルフの里にたどり着いた。
「すごい……」
そこだと言われてもよく分からなかったが、言われるままに木の下をくぐった途端、目の前の光景が一変した。開けた空間に光が降り注ぎ、家があって、川があって、畑があって、沢山の住人の姿があった。
「おや、珍しい。里にいらっしゃい」
「あ、はい。おじゃまします」
一応門番らしき人が二人、森と里をつなぐ所に立って挨拶してくれたので慌てて返す。
「ヒィロ、邪魔」
後ろからシェルに押されてつんのめった。
「ぼうっとしてるのが悪い」
睨み付けると平気な顔でそう返す。
確かに直ぐ退かなかったのは悪いけど、押さなくたって良いじゃないか!
次にミーニャさん、最後にロシュが現れると門番が気安そうに話しかけた。
「お、ロシュ、お帰り」
「ただいま、久しぶりだな」
「久しぶり?五十年も経ってないだろ?」
「あ~、そうだったな」
五十年。
久しぶりの単位が違う。三日も経ってないだろ?みたいな感じで五十年……。
「エルフの感覚は人間とは違うからなぁ」
目を丸くしている自分にシェルが教えてくれた。なんでも、ロシュが里から外に出たときにそれで苦労した話を聞いたらしい。ボーっとしてるだけで十年が過ぎていく、それがエルフという種族だという。
簡単な挨拶をして別れてからは、ロシュが先頭に立って里を歩いてくれた。
門番も言っていた様にエルフ以外の人が来るのは珍しいらしく、時折こちらを驚いた顔で見てくる人もいる。でもロシュが居るおかげなのか、悪い感情は向けられていない。
「あのさ、ロシュって何歳?」
尋ねたら三人ともがふき出した。
「今更かよ?」
「うっさいなぁ、急に気になったの!」
さっき押されたお返しだと足を蹴ろうとしたら、さらりと避けられてしまった、悔しい。
「残念でした~」
その上馬鹿にしてきた。こんにゃろ、この、くそ!
「俺に喧嘩売るにゃ百年早い」
全部かわされさらには額を小突かれた、こっちを見ずに後ろ手で。
もうシェルなんか知るか。
「でさっ!ロシュは何歳なの!?」
後ろで一部始終を見ていたミーニャさんが堪え切れずに笑い出した。あーもう、いいよ、勝手に笑ってろ!
「俺は……、産まれたのが王国暦八百七十年だから、今年で二百七十三歳になるな」
「は?」
「二百七十三歳」
ミーニャさんを見る、頷いた。
シェルを……見る。
「ぶふぉっ!」
「なんで笑うんだよ!?」
そんなこんなしているうちにロシュの家に着いた。
「ただいま」
「え?あ、お兄ちゃん、お帰りなさい」
出てきたのはロシュにちょっと似てるかな?ってくらいの女の人。
「俺の妹、ニーネだ」
「そちらがお兄ちゃんのパーティの方達ね、いらっしゃい、中へどうぞ」
促されるままに中へ、内装はずいぶん可愛らしかった。
「ネル~、伯父さんが帰ってきたわよ~」
呼びかけた声の後にドアが開いて、出てきたのはエルフの少ね……?少女?よく分からないが七歳くらいの子供だ。
「子供が生まれたのか」
「お兄ちゃんが旅に出た十年後にね、ほら、ご挨拶は?」
「こんにちは、ルネルスアータです。十三歳です」
「同い年!?」
自分が驚きのあまりに声を上げたら、また皆に笑われた。
その後、自分達も挨拶をし、お茶をご馳走になった。ネルは男の子な事も解った。
今、エルフの里には子供がネルしか居ないらしく、気に入られた自分は部屋へと引きずり込まれる事に。
「ね、ヒィロ君、冒険者ってどんなことするの?」
きらきらと、色々と生意気盛りになる十三歳とは思えない純真な瞳でこちらを見てくる。
「えと、町のゴミを回収したり、商品の数を数えたり、煙突のすす払い……とか?」
「何か、思ってたのと違う」
心の中を全身全霊で表そうとする子だな……。
「冒険者は町の何でも屋だから、冒険するのはCランクからだよ」
「ランクって?」
「うーん、冒険者には誰でもなれるけど、冒険者になった人それぞれに出来ることには限りがあるからランクって物が決められてるんだよ」
「ふぅん」
「壁の中のものはすべてEランク、子どもとか、町の外に出ない仕事を探している人が受けるんだ」
「町の外?」
そこからかぁ、ま、この里を外と同じように考えちゃいけないみたいだし、しょうがないか。
「この世界には魔物って生き物がいてね、人を襲ってくるんだ」
昔々、平和だった世界に突然迷宮が現われた。人々の住んでいた町の真ん中に、人知れずひっそりと山陰に、場所を選ばず出来たそれは人を害する物を吐き出した。
人々は集まって、壁を作って住み始めた。
「その壁を街壁って言って、中、外って呼んでるんだ」
「外は魔物がいっぱいなのかぁ」
「いや、ほとんどいないよ」
溢れた魔物はそのほとんどが冒険者に狩りつくされた。人の住む場所の近くには滅多におらず、繁殖力が高く、弱い魔物がたまに現われるくらいだ。例外としては人の踏み入らない所。山や森、砂漠や海、もちろん迷宮付近も例外。
「それでもいつ魔物が現われるかわからない。そんな町の外の仕事がDランク」
栽培が出来ない植物たち、水辺で取れる魚介類、そんな、壁の中で手に入らない物をとって来る仕事だ。自分の行動に責任を取る、成人とされる十五歳以上か、魔物に会っても逃げられる能力があると認められた人だけが受けられる。正直言って、ただ十五歳以上になっただけの人が壁の外で予定外の魔物に遭遇しても逃げられないと思う。そんなことも考えられない人物をふるい落とすためのものかもしれない。なかなか厳しい社会だ。
「そして、町の近くに現われた魔物を処理するのがCランクの仕事」
町の周りに魔物が出ることは滅多になく、一月に一度あるかどうかだ。近くに大きな森や山がある場合はもっと多くなり、海沿いの町なんかしょっちゅうだ。砂漠には元々町が無い。
Cランクになるのには試験があり、それ相応の実力がないと認められない。
「ふぅん」
「お前、もう飽きてきただろ」
「うん」
ネルは手元で何か描きながら、自分の話を聞き流している。
「お前が聞きたがってたから話したってのに」
「ネル、だよ」
「はいはい、ま、後は迷宮に入れるのがBランクで突破するとAランク、誰も突破したことが無い迷宮を突破したらSランク。SSランクはそれを何度もやる、と」
聞く気の無い奴に長々と説明する趣味は無かったので簡潔に終わらせる。
「何描いてるんだ?」
「ヒィロ君」
「ヒィロでいいよ、自分もネルって呼ぶ」
「分かった」
ネルは絵を描くのが好きなようだった。紙の様な厚さの木の板に色石で描いていく。ちなみにこの色石、白い柔らかな石に染料を染み込ませて作るのだが材料の白石はよくDランクの依頼にあるらしい。大きい塊を崩れないように持って帰るのが大変だとか。塊を形よく削って仕上げたものは値が高く、粉を寄せ集めて固めたものは比較的安価で子どものお絵かき用にも使われる。ネルが使っているのはそれだ。閉じた里の様に見えても外から入ってくるものはあるらしい。
描いているものは、まぁ人に見えなくはない感じだ。
黒い髪に黒い目、耳や目が二つ、鼻と口が一つな所はよく似ている。見た目通りの七歳くらいの子が描いたような感じ。隣に描いてあるのはネルだろう、ロシュと同じ薄緑の髪と目だけど、背が低い所から推測。
二人を描き終わると空に赤色で大きな太陽を書いて完成。
「できた!」
とりあえず拍手をしてやると嬉しそうに笑った。
「ママに見せに行こう!」
ドアを開けて母親に突撃、ほんとに十三歳なのか?
「ママ、ヒィロ描いた!」
「まぁ、そっくり!ネルは本当に絵が上手ね」
ニコニコして自分の隣に戻ってきたので一つ助言をしてみる。
「な、ネル」
「何?」
「十三歳にもなってママは無いと思うぞ?」
二人と別れました
三人目と会いました