迷宮
自分が十歳になると、少しずつ魔法を教えてもらうようになった。
だめもとで教えてもらった光魔法を試したときに、手のひらが光ったのには驚かれたが、自分にはあまり魔法の才能が無かったらしい。火と光と水の初級で精一杯だった。
ちなみに分かりやすく言うと、火打石代わり、照明代わり、水筒代わり、こんな感じだ。
アチェは、光魔法=魔法才能説が崩れたと笑っていた。
ダファンにも一つだけ魔法を教えてもらったが、それは皆にも秘密だと言われて黙っている。
がたがたと商隊の荷車に揺られていると、前の方で声がした。
「見えたぞぉ」
飛び降りて前を見てみる。道の横を併走していた森が途切れ、茶色い街壁の端がのぞいていた。
「……城壁?」
そう呟いてしまうほどに、高い。
「何だ坊主、迷宮都市を見るのは初めてか?」
後ろの荷車を御していたおじさんが笑いながら聞いてきた。
「うん、でかいな」
「そりゃそうさ、なんたって迷宮が隣にあるんだからな。あれくらい高くなけりゃ空飛ぶ魔物が出て来た時に直ぐ入られちまう」
なるほど、あの壁を飛び越そうとしている間に打ち落とすのか。迷宮に挑もうとする冒険者が沢山居るから戦力にも困らないだろうな。
「そんなによく魔物が出てくるの?」
「冒険者次第だな、暫く誰も入らないと湧きやすくなる。一週間前に一組入ったって話だからよっぽど大丈夫だろ」
一週間前に一組?
「ふぅん、迷宮都市なのに冒険者少ないんだね」
「冒険者自体は沢山居るんだがな、迷宮に入る踏ん切りがつかないのが少し、逃げ帰ってきて迷宮近くで採集や魔物狩りをしているのが大半だ」
話をしていたら荷車の戸が開いた。
「あ、ロシュ。起きたの?」
「……交代の時間だからな」
欠伸をかみ殺しつつ、エルフ特有の薄緑の髪を簡単に整えた。荷車から降りて歩き出す。
「自分も一緒に行く、おじさん、じゃあね」
手を振られたので振り返した。
自分達は今、商隊の護衛をしながら迷宮都市へ向かっている。
迷宮都市に集まるのは冒険者と、それを相手に商売する人。
一次生産者がいない為、定期的に商隊が向かう事になる。行きは食料や日用品を載せ、帰りは迷宮かの魔物が落とす魔石や深いところにある魔法の道具、迷宮の近くでしか生えない効力の高い薬草などを積むのだ。
迷宮都市での目的は迷宮の突破。アチェ達は以前に別の迷宮を突破してAランクと認められたらしいけど、実力ではなく偶然の産物だったらしい。で、その時より力をつけた今、再び迷宮に挑もうという話。
これを最後に冒険者を辞めて、皆でぶらぶらと世界を回る事になっている。
「ミーニャ」
「ミーニャさん、交代だよ」
二番目の荷車横に居るミーニャさんに声をかける。
「ありがと、でももう見えたから、このまま起きてるわ」
三人で歩いていると、商隊の長がやってきた。
ミーニャさんの目がきらりと光る。
うちのパーティ、リーダーはアチェだけど、交渉事担当はミーニャさんだ。
今回魔物も盗賊も出なかったから値引きして貰いたいんだろうなぁ。
ロシュが自分の手を引っ張り連れ去ろうとする。子供の見るものじゃないらしい。
長のおっちゃん、ご愁傷様。
都市に入って初日は皆で寝た。久しぶりの布団が気持ちよかった。
次の日は皆で出かけた。迷宮に必要なものをそろえた。シェルだけ一人でどっか行ってたけど直ぐ戻ってきた。
三日目は装備の点検、少しづつ空気が変わっていく。夜には酒場で、皆で冒険者の歌を歌った。
四日目の朝、宿は一月とってある事を教えられ、一月帰ってこなかったら冒険者組合の内部屋に報告する事、街壁の外に出ない事を約束した。都市の入り口で皆を見送った。宿に戻ると、出た時には無かった紙袋がベッドの上に置いてあった。中には沢山の絡み輪とシェルの字で『俺たちが戻ってくるまでに全部解けるようになってること』なんて偉そうに書いてあった。昔、手先を器用にするためだと渡された絡み輪を、一瞬で解いたのが悔しかったらしい。三つほど取り出して直ぐに解いてやった。その後街中を歩いた。
五日目、冒険者組合で街中仕事を探す。なるべく早く終わるものか、初級魔法が必要で給料がいいもの。仕事をする人が少ないのか、受付に依頼書を持っていくとお姉さんが嬉しそうだった。
六日目も街中仕事をこなした。今日の給料と合わせると初級魔法薬が買えるが、やめとこう。せめて中級、できる事なら上級が欲しい。皆が帰って来た時に怪我をしてるといけないからな。薬屋で悩んでいると良い事を教えてもらった。何でも、ここで薬草を買い取ってくれるそうだ。丁度切らしているという薬草の絵を見せてもらった。
七日目、街の外に出た。あのばあさんはだめもとで言ってみた様だったけど、シェル直伝の察知能力なめんな。薬草を数本手に入れて、そのまま組合へ向かう。
「お姉さん、ここの場所教えて欲しいんだけど」
依頼書を手に受付へ、カウンターに無造作に置いた袋から薬草を覗かせるのも忘れない。
「この薬草どうしたの?」
気付きましたか、優秀ですね。
「外で採ってきた」
「君、組合証持ってるの?」
「持ってないよ、まだ十歳だもん」
「組合証が無いと外で採ってきた物は買い取れないんだよ?」
「薬屋さんで買ってくれるって言ってたよ」
「ちょっと待っててもらえるかな?」
「え、自分急いでるんだけど」
「ごめんね、ちょっとだけだから」
そう言って奥へ入って行ったお姉さん。少しして男の人を連れてきた。
「やあ、ちょっと話を聞きたいんだけど、いいかな?」
「自分、急いでるんだけど」
「ごめんね、そうだ、言ってみればこれも依頼だし、話してくれたら報酬を出そう。君の持ってる薬草も今回だけ買い取ろう」
「ほんと!?」
「今回だけだよ?」
「うん!」
こうして、違法薬物を密売していた薬屋は摘発され、自分は最上級魔法薬を手に入れる事ができた。
とは言っても、もちろん全財産をはたいて、足りない分を報酬として補償してもらったんだけどね。
何でも、自分みたいな迷宮留守番組を唆して薬草を安く買い取り、加工して高値で販売していたらしい。
もちろん迷宮に近い分危険も多く、戻らない人も多かったのだろう。
加工されたお薬は迷宮に心を折られた冒険者に大人気だったそうだ。胸糞悪い。
ふん、エルフのロシュに教えを受けた自分に植物で勝負を挑むなんて、百年早いわ!
宿に戻って最後の絡み輪を解いた。
八日目、自分は昼食をかじりながら街中を歩いていた。細長い腸詰に刻んだ酸っぱい野菜を発酵乳のソースと和えた物を添えて、穀粉を溶いて薄く焼いた物で巻いた食べ物。どこの町でも売っている屋台物で名前はチィヤ、酸っぱい野菜が苦手なのだが、発酵乳のソースで和えると意外と食べられる。
食べ終えて、包み紙を捨てる所を探していると、地面がわずかに揺れた。
周りの人が一斉に迷宮のほうを見る。
「戻ってきたか」
「結構早かったな」
そんな声を聞きつつ自分は駆け出した。
迷宮は、街壁の入り口の反対側にある。辿り着いた時は息も出来ないほどだった。
「ヒィロ!?」
シェルの驚いた声に顔を上げると皆がいた。満身創痍で手当てを受けていた。
アチェの頬はざっくりと切り裂かれて、ミーニャさんはぐったりとして動かず。
ロシュの腕は妙な方向に曲がっていて、一見平気そうなシェルの上着には幾つもの赤い染みが出来ていた。
ダファンの片目は潰れていて、溶けた盾が腕に貼り付いていた。
薬のビンを開けて水魔法を唱える。アチェに教わった方法だ。効果は薄まるものの、少ない量をまんべんなく行き渡らせる事ができる。
詠唱に乗った液体が、雨のように皆にふりそそいだ。
それから、宿に戻って皆と寝た。
並べられた絡み輪を見たシェルが少し悔しそうだった。
九日目、冒険者組合に報告に行き、Sランクに認定された。
自分が人間辞めたね、と言ったら皆に小突かれた。
宿に戻って迷宮の話を聞いた。気付いたら朝だった。
「さあ、どこに行こうか?」
宿を出て、アチェが皆にたずねた。
「パインなんてどうだ?もう直ぐ祭りがあるらしい。第五王子の誕生祝いだ」
半分寝ている自分を背負ったダファンが言った。
「ああ、有名なだめ王子か」
ロシュも知っているらしい。
「だめおーじ?」
眠いけど、気になるから聞き返す。
「お前と同じ歳なのに、勉強嫌いで贅沢と女が大好きなだめ王子だ」
「ふーん」
「じゃ、パインに行こう!」
アチェが元気に言って、歩き出した。
「そういやお前、何で最上級ポーションなんて持ってたんだ?」
絡め輪を解こうとして諦めたシェルが聞いてくる。
「街中仕事でお金もらって……足りない分は…組合が出してくれた」
「何で組合が?」
「ん~?薬屋のバーさんが……だまそーとしたから嵌めたった~」
「シェル、もう寝かせてやれ」
「眠くないもん」
「ったく、幼児退行しやがって」
その後、一眠りした自分は目を覚まし、薬屋の一件について話したのだが、それを聞いたロシュは「ミーニャが移った……」とすっかりしょげていた。そして、今更ながら自分が街から出ていた事に気づいた皆に怒られた。
それから、迷宮で見つけたという短剣を一振り貰った。壁が崩れた先にあった小部屋、そこの隅に落ちていたらしい。二本対になっていたという事でシェルとお揃いだ。
シェルの真似して腰につけたが、歩くたびにピコピコ動くのを笑われて結局背中にくくってもらった。
「そういえば」
思い出すようにシェルが呟く。
「この剣が落ちてた部屋だけなんか壁質が違ってたな……」
八人目が話題に出てきました。
だめ王子の事です。この先の出番予定は、あるのかな?