演技
テント内の控室では、団員各々が化粧や着替えなどの準備をしていた。
アンソニーは準備を終え道具の最終確認をしていた。
「アン坊、今夜も頼むぜ! 今となっちゃお前はこのサーカスの目玉演技なんだからな!」
準備を終えた団員たちが彼に声をかける。
「アン、ちょっとこっちに来い!」
「はい! 今行きます」
ベンがアンソニーをステージ近くの幕まで呼び寄せる。
「今朝の約束、忘れてねぇだろうな?」
「もちろんですよ。約束通り笑い泣きさせますよ」
「よし、その意気だ」
そういってベンがアンソニーの肩を叩く。
「アン、この街での初公演だ、景気づけにいつものやっておくか? お前の故郷でもあるし」
「そうしますか」
「いくぞ?」
二人が拳を合わせ、ベンが大きく息を吸い込む。
「せーの!」
「「笑顔にするだけじゃ物足りねぇ。思い出に残すだけじゃ物足りねぇ。心に残すだけじゃ物足りねぇ。心に深く刻み付けろ!」」
二人に笑みが零れる。
「本当に二人は兄弟のようですね」
公演用の深紅のタキシードへと着替えたロックウッドが二人の方へと歩み寄る。
「いやいや、兄弟なんてもんじゃありませんよ。ただの悪友みたいなもんです」
ベンが笑いながら答える。
「二人とも、今晩の公演も我々が率先して楽しみましょう」
「「はい!」」
「では行きますよ」
そう言い、ロックウッドは舞台へと上がっていった。
「さぁ、お集りの皆さま! お待たせいたしました。今夜、我々がお見せするのは面白おかしい道化師から危険な猛獣使い、蝶のように可憐に舞う空中ブランコや綱渡り等の曲芸、世にも不思議な魔術まで、娯楽のすべてを詰め込んだ大陸一の大サーカスでございます。皆さま、どうかひと時も目をそらさぬようお願いいたします。それでは早速参りましょう。まずは、どんな獣も彼女にかかれば子猫同然。サーカス団きっての猛獣使い、シレーナ!」
こうして、アンソニーの故郷での初公演は幕を上げた。
猛獣使いのシレーナ、地上曲芸師のヨハン、空中曲芸師のメイソン姉妹、魔術師のベン、次々に自分の演技を終え、歓声や盛大な拍手を浴びながら、控室へと笑みと汗を浮かべて戻ってきた。
「さて、お楽しみの皆さま、本日の個人演目は次で最後にございます。我がサーカス団の長い歴史の中で、彼ほどの道化者は見たことがない! この街で生まれ、この街で育ち、我がサーカス団に入団して早三年、彼はここまで大きくなって帰ってきた! 道化のアンソニー!」
大きな拍手と歓声が幕の向こうでアンソニーが出てくるのを待っている。
一歩、一歩、また一歩と舞台へと足を進めていく。ステージの端に彼の陰が映っただけで大きな歓声が上がった。
大きな歓声と拍手に彼は迎えられステージの上に姿を現した。
ジャグリング、綱渡り、平均台の上でのパフォーマンス順々に演技をこなしていく。どれも二、三回失敗し、最後には成功させる。失敗すれば観客席から笑いと声援が送られた。
「さぁさぁ皆さま、次で私の最後の演技にございます。誰かにお手伝いをお願いいたします」
アンソニーは観客席を見渡す。若い男性、若い女性、老人、子供……様々な人の瞳が彼を見つめる。
「では、そちらの栗色の美しい髪をした女性の肩にお願いいたしましょう」
「わ、私……?」
アンソニーの瞳は、まっすぐにミランダの姿を捉えていた。
「ええ、あなたですよ。ミランダ=ケリーさん」
彼はミランダの元へ歩み寄り、跪いて手を差し出す。
「お手をどうぞ」
ミランダは躊躇いながらも、不安そうな顔でアンソニーの手を取って立ち上がりステージの上へと登る。
「これから、お見せするのは失敗は許されない、ナイフ投げにございます。皆さま、どうか道化のアンソニ―を見守りください!」
ロックウッドは声を張り上げアンソニーを差した。
「大丈夫、僕を信じて」
アンソニーはミランダの耳元で優しく囁いた。