誇り
お久しぶりです。
六興九十九です。
やっと、次話が投稿できました!
遅くなって申し訳ありませんでしたorz
アンソニーがゆっくりと目を開くと、そこにはまだ薄暗い天井が映った。
ガサガサという音がしその方向へ目を向けるとそこには、外に出る準備をしているベンがいた。
「……こんな時間にどこに行くんですか?」
「ん? ああ、悪い、起こしちまったか?」
「いえ、目が覚めちゃって」
そういってアンソニーはベッドから降りた。
「朝日を見に行こうと思ってな。来るか?」
「……じゃあ、行きます。準備するんでちょっと待ってください」
椅子に掛けてあったコートを羽織り、ベンの後について部屋を出る。
ベンが向かった場所は宿の三階にあるテラスだった。
椅子に腰かけるとベンはポケットから葉巻を取り出し火をつけた。
「なぁ、最近何か演技に身が入ってないだろ」
不意にベンが言った。
「……ずっと、目を逸らしていたんです」
「……レナのことか?」
「はい……」
「彼女のことがあってから、お前笑ってないもんな」
「え? 笑ってますよ?」
「いや、笑ってない。笑ってるつもりだろうが、笑えてねぇよ。公演中は化粧で隠せても、化粧を落としてる間は隠せてねぇよ。うちの団員全員気づいてるぞ」
俯いているアンソニーにベンはそのまま言葉を続けた。
「そりゃあ、辛いだろうな。彼女、お前にくっついて回ってたもんな。しかも、目の前にいたのに救えなかったんだもんな。でもな、俺や、団長だって辛いんだ。人が死ぬ悲しみってのはそんな簡単に癒えるもんじゃねぇんだ。辛くても、情を抑え込んででもやらなきゃいけないことは山ほどあるんだ。俺たちは、どんな不幸があった人だって、ひと時の時間だけでも笑顔にしてやるのが仕事だろ? それが、うちのサーカス団の信念で、それを実現できることが誇りなんだ。その誇りを汚すな」
「…………はい」
「厳しいことを言ってるのはわかってる。口下手だから言い方が悪くてすまん。でも、俺はお前が優秀なやつだって思ってる。押しつけがましくて悪いが、アンにはみんな期待してるんだ。頑張ってくれ」
「はい」
アンソニーが顔を上げると、ちょうどそのとき朝日が二人を照らした。
「ベンさん」
「なんだ?」
「今日の公演、観客一人残らず、笑い泣きさせてあげましょう」
「おう、当然だ。さて、そろそろ朝飯でも食いに行くか」
「そうしましょう」
朝食を終えるとリハーサルが始まった。
それぞれの演技の順番、セリフなどの最終確認を全て終えるころには太陽が傾き始めていた。
「皆さん、リハーサルお疲れ様でした。公演の一時間前までは休憩時間になるので、今のうちにゆっくり休んでください」
ロックウッド団長がそういうと、みんな散り散りに会場を去って行った。
「アンソニー君、少し時間をもらえないかい?」
その場を去ろうとしていたアンソニーはロックウッドに呼び止められ、そのまま団長室へと連れていかれた。
「団長、何でしょうか?」
「迷いはなくなりましたか?」
「いえ、まだなくなってはいません。でも、決意は固まりました」
「それは、よかった。今夜の公演、期待していますよ」
「はい、全力でやらせていただきます」
「そのいきですよ。話はそれだけです。引き留めてしまってすまなかったね」
「いえ。それでは、失礼します」
団長室から出ていくアンソニーの背中が、ロックウッドには今までの彼よりもひとまわり大きく見えた。