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ロックウッドサーカス団

 太陽が少しずつ顔を出し、木戸の隙間から部屋に真新しい日の光が駆け込んでくる。

 ベッドの上では一人の女性が眠りについている。肩先まである綺麗な栗色の髪、長いまつげ、筋のとおった高い鼻、そして陶器のような白い肌。咲き誇る一輪の花のように美しい娘だ。

 眩しい日光と少しずつ目を覚まし出した町の喧騒が彼女に降りかかり、ゆっくりと目を覚ます。

「おはよう。ミューズ」

 そう言いながら足の辺りにいる猫のミューズを撫でる。眠たそうに顔を上げ、それに答えるように「ニャー」と鳴いた。

 彼女はゆっくりとベッドから降り顔を洗う。冷たい水が眠気を振り払い、少しずつ頭が冴えてくる。

「そうだ、雪……」

 そう呟くと木戸を開け放ち町を見下ろした。

 夜のうちに降り積もった雪は町を純白に染め上げ、それを照らす朝日が眩しかった。まるで、町中が光っているかのようだ。

 ベッドの上でもミューズが眩しそうにしている。

 朝食にしようと二階から降りようとしたときだ。すぐ近くにある南地区広場から人々に呼び掛ける声が聞こえた。

 彼女はすぐにコートを取ると急いで広場へと向かった。

 広場に着くと、中央に人だかりが出来ていた。そこへ近寄る同時に人だかりの真ん中から声が聞こえた。

「皆さま、お待たせしました。えー、本日中にスティーブ=ロックウッド団長率いるロックウッドサーカス団がこの町に到着いたします。皆さまどうぞご来場ください! 団員一同お待ちしております!」

 ロックウッドサーカス団……。

 彼、アンソニーがいるサーカス団だ。

「ミランダさん、おはようございます」

 不意に声をかけられる。

「あら、カーティスさん。おはようございます」

 ミランダが笑顔で返す。

「朝食はもう取りましたか?」

 カーティスがミランダへと言う。

「いえ、まだです」

「よかったら一緒にどうですか?」

「ありがたいんですけど、すみません。もう作ってあるので……」

 そういうと、家へと向かって歩き出した。

 後ろの方で男たちが「やっぱミランダさんは綺麗だなー」とか「あんなに美人なのに一人なんてもったいない」などと言っているのが聞こえる。

 すると、ミランダが小さく呟く。

「……私は、一人じゃない。私にはアンがいる……。久しぶりに会えるんだ」

 彼女は小さく微笑む。

 少し歩き、家へとたどり着く。すると、お腹を空かせたミューズがすりよってきた。

「ただいま、ミューズ」

 その場に屈み、ミューズを撫でる。

 もうすぐ、彼が町へ帰ってくる。

 アンソニーが到着する数時間前の事だ。



 朝食を食べ一通りの家事を終えると、ミランダはお気に入りのシャツとロングスカートに着替えコートを着込み家を出た。

 南地区を抜け、中央地区を通り東地区へ向かう。彼女が昔住んでいた地区だ。

 東地区中央広場へと続く通りの商店街へと着く。太陽が少しずつ頂点に近づくにつれて、商店街に活気が満ちてくる。

 ミランダは商店街を進み、広場近くの食品店へと入る。昔からよく行く馴染みのお店だ。

「あら、ミラちゃん。久しぶりねぇ、買い物かい?」

 カウンターの向こうに座っている優しそうな老婆が声が届く。

「お久しぶりです。ヘンリエッタさん、今日、彼が帰ってくるんです」

「彼? ああ、アン坊の事かい。たしか、サーカス団に入ったんじゃなかったかい?」

「ええ、そうです。そのサーカス団が今日、町に来るみたいなんで」

「なるほどねぇ。アン坊はなにが好きだったかな?」

「あ、このリストの物をお願いします」

 ミランダはそう言い、メモを渡す。

「少し待っててね」

 老婆はバスケットを取り、奥へと入っていく。

 一人しかいない店内には沈黙が同居し、それを拒むように振り子時計の音が等間隔で響く。彼女にはその静けさと単調な音がとても心地よく、心が安らぐものだった。

 しばらくして老婆が戻ってきた。

「パンがふたつ、干し肉、燻製肉が1キロずつ、香辛料各一瓶。あと、葡萄酒が一瓶。これでいいね」

「あの、葡萄酒は書いてないですけど……」

「おまけだよ。いつも買いに来てくれるからね。ウチの者に持っていかせるからちょっと待ってな」

「ありがとうございます」

 老婆は再び奥へ入っていった。

 短い会話が小さく聞こえ、それが途切れるとすぐに中年の男性が出てきた。

「おう、ミラ嬢。そんじゃあ、行こうか」

「はい」

 二人が店を出る。扉についたベルの音が鳴る。

 商店街はさっきよりも賑わっていた。

「にしても、ミラ嬢が来るのは随分久しぶりだな。元気だったか?」

「元気ですよ。引っ越ししてから、何かと忙しかったので」

「そうか、引っ越したんだったな。南地区だったか? 住み心地はどんなもんだ?」

「いいところですよ。自然も多いし、いい人ばっかりだし。ただ……東地区の方が居心地がいいです。こっちが恋しいですよ。やっぱり、長年住み慣れた場所は違いますね」

「やっぱりか」

「なんで、やっぱりなんですか?」

「頑張って作ってはいるが、表情が曇ってるし暗いぞ」

「……アルバートさんには敵わないです。さすがですね」

「俺に頼れとは言わんが、アン坊が来るんだろう? アイツを頼れ。アイツは意外と頼れるやつだからな」

 そんな話をしているうちに東地区中央広場に差し掛かっていた。

「噂をすれば……ほら、見てみろ」

「え?」

 アルバートが東地区の城門を指差した。

 そこには、十台ほどの幌馬車があった。それが広場まで進んでくるとすぐに人だかりが出来た。

 一台の馬車から、初老の男性が出てくる。

「みなさん、お待たせしました。ロックウッドサーカス団、ただいま到着いたしました。私は団長のスティーブ=ロックウッドでございます。公演は明日からを予定しております。どうぞ、ご来場ください!」

 男性は深々と頭を下げると馬車の中へと戻っていった。

「さぁ、早く帰ろう。きっと今日中にアン坊が来るぞ」

「そうですね」

 ミランダとアルバートは歩き出した。

 家へと着くと、アルバートはテーブルの上に荷物を置き帰っていった。

 昼食の準備をするミランダの表情は今朝よりも晴れていた。 

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