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青じそドレッシング

 6月も半ばになったが、その日は湿度もいつもより低く、カラッと晴れていた。梅雨入りはしているが、今年は例年より雨が少ないらしかった。

 今年で入社5年目の川野恵梨は、ごく一般的なOLで、業務面においても、人間関係においても良好だった。特に仲がいいのは同期の内海美幸だった。大体昼休憩は一緒にご飯を食べていた。

 昨日の「ドレッシング許可」を受けていつもより気持ち元気な彼を見たこと、さくさく仕事が進んだこと、とても天気がいいことも相まって休憩中は思わず鼻唄を歌っていたらしい。コンビニで買ったサンドイッチを食べ終えた美幸が不思議そうに恵梨に聞いてきた。

「恵梨さん。なんか楽しそうですね」

「え、え?」

 楽しそうなつもりは無かったので思わず二度聞きしてしまった。

「鼻唄歌ってましたよ」

 美幸は、まるでカスミソウがそよ風に揺れるように微笑みながらそう言った。

 同い年とは思えない幼い笑顔に見蕩れそうになった。仮にも同性なのになんてことだ!恵梨はその気持ちを振り切るように頭を元に戻して叫んだ。

「鼻唄歌ってた!?」

 想像以上に大きい声になってしまい、美幸と一緒に自分までビクッとした。

「気付かなかったんですか?」

 出た。カスミソウpart2。さっきより強めの風に揺れている。

「うん。なんか天気いいなーって思ってぼーっとしてたかも」

「そうだったんですか。今年は雨が少ないみたいですけど、ここまで晴れているのは久しぶりですね」

「そうそう。天気がいいと心も晴れるよね!」

「そうですね」

 更なるカスミソウスマイルを繰り出しつつ、青く澄み切った空を眺めた。

 恵梨は、美幸が同期の中で一番仲がいいのは自分では無いかと思っている。5年間一緒の部署にいるし、仕事だけでなく、プライベートも一緒に遊ぶことがある。

 それでも、美幸がずっと敬語であることに恵梨は違和感を感じていた事がある。他人行儀というか、距離を置かれている気分になっていたからだ。

 しかし、もう5年の付き合いだ。何回か「敬語は止めて欲しい」と言ってきたし、実際に敬語を封印していた期間もあった。しかし、美幸にとっては親しい人にも敬語であることが自然な状態らしく、とても話しづらそうにしていたのですぐに敬語を解禁した。

 それ以来強要はしていない。恵梨が敬語に慣れたこともある。しかし、仲はいいけど恵梨よりは関係が浅い人や、歳や立場が美幸より下である人の場合だと慣れない人だっている。年上に敬語を使われるのが嫌な人もいるかもしれない。

「そうえいば谷は今日はお昼来ないね」

「そうですね。まだ忙しいのかも知れないですね」

「そだねー」

 自分から話をふっといて、すぐに違うことを考えていた。今朝の事を思い出してニヤニヤしていたらしい。

「ホントに天気のせいだけですか?」

「え、何が?そうだよー!」

 急に突っ込まれて思わず取り繕ってしまった。彼氏が元気だったから嬉くてニヤニヤしてたなんて恥ずかしくて言えない!

 しかし、仲がいいだけあって他の人より鋭く突っ込んでくることがある。侮れないわねカスミソウ。恐ろしい子!

「ふふ。そういう事にしておきます。そろそろお昼終わりですね」

「そ、そうだね。午後もお仕事頑張ろう!」

 浮ついた気分から頭を切り替え、休憩室を後にした。


 仕事は大体定時の17時30分に終わる。時々残業が1時間あるか無いか。この会社でしか働いたことが無いが、周りの友人は残業に苦しんでいる子も多いので恵まれているほうだと思っている。

 今日もいつも通りに定時に終えた恵梨は、まだかかるから先帰ってという美幸と上司に挨拶をして会社を出た。

 平日は基本的に早く帰れる恵梨が夕飯を作ることになっていたので、今日も何にしようか考えながら電車に乗る。

 1日気分が良かったこともあるので、玲二の好きな唐揚げにしよう。揚げ物はちょっと暑いけど、たまにはいいだろう。喜ぶ顔が目に浮かぶ。気持ち悪いニヤニヤ顔をしながら、最寄のスーパーで唐揚げ用の鶏肉を買って帰った。

「ただいまー」

 19時半を過ぎようという頃に玲二が帰ってきた。クールビズとはいえ暑かったようで、帰ってくるなりすぐに私服に着替えた。

「おかえり、ご飯できてるよ!」

 いつもよりテンション高めで言ってみた。さあどうだ。喜べ、お前の好きな唐揚げだぞ。お前の好きな彼女が作った、唐揚げだぞ。

「おー!唐揚げだー!」

 唐揚げを見るなり想像通りの喜び方をした玲二の横で小さくガッツポーズをしつつ、ご飯をよそった。

「暑くなかった?揚げ物」

「すごい暑かった」

「そっか。ありがとね」

「たまには、ね」

 笑いながら二人で同時に席について、玲二は目の前で手を合わせた。

「いただきます」

「いただきます」

 唐揚げはよく出来ていた。ただちょっと脂っこかった。不快とまではいかないまでも、暑いから少し気になる。

 玲二は美味しそうに食べてくれているが、やっぱり気になった。

「ちょっと脂っこかったね。レモンでも用意しとけば良かったかな」

「そうかな。確かにちょっと、そうかも」

 どことなく遠慮がちにそう応えた玲二は、さらに遠慮がちに恵梨に尋ねた。

「あの、昨日ドレッシング。使ってもいいって言ってたよね」

「え、うん」

 ドレッシングを使っていいと言ったし、唐揚げが脂っこい事は自分が言い出したことなのに、ドレッシングで味の手直しされるという事が少し悲しい気持ちになってしまった。

 その表情を察してか、彼は少し迷いながら冷蔵庫に向かった。そして、ドレッシングと大根、さらに白ゴマを取り出して、おろし金で大根おろしを作りはじめた。

「俺はそのままでも好きだけど、やっぱり暑いとどうしてもさっぱり食べたいもんね」

「うん」

 彼はテーブルの真ん中に置かれたちょっとした山になった唐揚げを指差しながら、また遠慮がちに聞いてきた。

「いい?全部にかけちゃっても」

 恵梨がこくりと頷いたので、玲二は唐揚げに大根おろしをぶっかけその上にノンオイルの青じそドレッシングと白ゴマをパラパラとかけた。

「う、これは、絶対美味しい。」

 唐揚げを食べさせる事だけ考えて、夏にピッタリな当たり前の組み合わせを失念していた。負けた!

「うん。食べよ?」

 ぱく。

「やっぱり美味しい。負けたなー」

「負けって…。俺の好物だから作ってくれたんでしょ?唐揚げも元から美味しかったよ?だからちょっとしか手を加えないでもこれだけ美味しいんだよ」

「そうかな。ありがとう」

 美味しいものを食べたらさっきの小さな悲しみなど吹っ飛んでしまった。我ながら単純だ!自分で言うのもなんだけど、そこがいいところだとも思っている!

 笑っている姿を見て、気分を損ねていないと安心した玲二は唐揚げをパクパク美味しそうに食べた。その傍らのご飯に、本日は明太子ドレッシングと刻みノリがかかっていた。それを見て、特に意味は無いが、何気なく玲二に聞いてみた。

「ちょっと食べてみてもいい?」

「え?」

「その明太子ドレッシングご飯」

「うん、もちろん!」

 なんかいつもより嬉しそうに返事したな。分かりやすいやつめ。そう思いながらもらったご飯を食べてみる。

「ほんとだ、結構合うんだね。美味しい」

「でしょ?ドレッシングっていろいろ使えると思うんだよね!」

「うん。なんかもっと料理に使ってみないと勿体無いね」

「恵梨もついにドレッシングの魅力に気付いてくれたんだぁ」

 なんかしみじみ言ってる。なんて返せばいいか分からない。とりあえず「そうだね」とでも言おうかと口を開きかけたところで玲二が言葉を続けた。

「恵梨も近々ドレッサーの仲間入りだね。」

「んえ!?」

 思わず唐揚げを噴出しそうになった。噴出しはしなかったが変な声は出た。まさか私が勝手に名付けたドレッシング大好きな人の呼称「ドレッサー」を彼も使っていたとは…。似たような思考回路をしているらしい。

「あ、ドレッサーはドレッシング好きのこと。俺が考えた」

「うん、分かるけど。んー…どうかな。まだ仮入部もしてないような段階だよ」

「そっか。でも興味持ったみたいでよかった」

「うん。ちょっとね。でも、何にでもかけるのはまだ気が引けるかな」

「確かにそうかぁ。入門編として、メーカーのサイトのドレッシングのページとかに、ドレッシングを使ったレシピが載ってるから見てみるといいよ」

「なるほど」

「ドレッシングって種類も割と豊富だから、どんな料理でも何かしら合うドレッシングがあるんじゃないかって思うんだ」

「そうかも。うちの冷蔵庫も相当揃ってるしね」

「うん。美術館並みに?」

「うん。昨日言ったのは博物館だけど」

「そっか」

 それなりにいいところで話が途切れた。いきなりドレッシングの事を熱く語りだしたので、ドレッシング今昔とか、さらに踏み込んだドレッシングの未来とか、それらを纏めて考証された「現代ドレッシング概論」でも展開されるかと思ったが一安心。

 でも確かに、ドレッシングの使いどころはサラダ以外にもいろいろありそうだった。言われたようにたまにはドレッシングのサイトでも見てみるかな。そんなことを思いながら張り切って作りすぎてテーブルに乗り切らなかった唐揚げ達をラップした。

 冷蔵庫にしまいながら「明日の夕飯はまた唐揚げで済ませてしまおう…。」と呟いた。

当方料理しないので、味については保障できません。

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