act.03
act.03
ルキの怒声が響き渡ってから数分が経過した。
ちょうどハウライトが魔法で布を造り終え、ルキの身体も落ち着いたところだった。
ハウライトは手元に戻ってきた杖を丁寧に布に包んで、持ち運ぶことが出来るようにしている。
「助かりましたよ、ルキ。ありがとうございました」
「てめぇ、いつか殺すからな。覚えとけよ」
ルキは右手で銃の形を作り、人差し指をハウライトの額へと当てた。
殺気と怒りで満ち溢れ、悍ましいほどの黒い笑みを浮かべている。
「どうぞ、お好きに」
ハウライトはにんまりと笑いながらルキの手を払いのけると、布に包まれた杖を担ぎ上げる。先程ルキが持っていた時とは違い、ハウライトは軽々とそれを持ち上げた。
「お前、重くねぇのか?!」
今まで気にしてはいなかったが、今になって不思議に思ったのか、ルキはハウライトに疑問をぶつけた。
「ええ、重くありませんよ。今は」
「今は?」
「昔は重かったですねー……。見習いの頃は。しかし、こんな重さ直ぐに慣れましたよ」
「慣れた、って……」
得意気に話すハウライトの言葉を聞いて、ルキは耳を疑った。
まさか、ハウが持っても俺が持っても、重さは変わってないってことなのか? こいつは毎回あんなに思い物を振り回しているのか?
ルキは口をぽかんと開けたまま、少し頭の回転速度を上げているようだ。
しかし、思考回路はショート寸前。
「え、嘘だろ? 俺に持たせた時、魔法でもかけてたんじゃねぇのか?」
「そんなことしませんよ。そこまで意地悪ではありませんから」
ハウライトは一生懸命に首を横に振っている。
「じゃあ、あの重さの杖をハウは普通に?」
「そうですよ?当たり前じゃないですか、私の杖なのに」
さらりと返答するハウライトに対してルキは驚きを隠せない。同時にハウライトの体躯を頭から足の先までじろじろ見て、突然手を伸ばし肩から腰にかけてペタペタと触り始めた。
「な、なんでですか?!」
「いや、どんな身体してるのかと思って……。でも触った感じは普通だな。んー、よし!脱いでみろ!」
「何故そうなるんですか!!」
ルキの言葉で急に恥ずかしくなったハウライトは、未だ腰に手を置いたままのルキを蹴飛ばそうとした。……が、
「……っ、危ねぇな」
ハウライトの足が当たる直前に、ルキはバックステップを踏んで軽々と避けてしまった。
「ひ、人を思う存分に触っておいて、あなたは避けるというのですか!」
「ばーか、当たり前だろ。触ると蹴るとじゃ大違いだぜ」
そう云って一人楽しそうに笑っている。
「違いません!!」
羞恥で顔を真っ赤に染めたハウライトは、ルキのふざけた笑い声を聞いて更に腹を立てている。
しかし、そんな中……
「ねぇねぇ、キミたちエクソシストー?」
と、ルキの後方から駆け寄ってくる違う声の主がハウライトの視界に映った。
それを見たハウライトは、ハッと冷静になった。続いてルキも後方へと振り向く。
「はぁはぁ……、キミたちエクソシストかな?よ、夜中に悪魔が現れたのは此処?えっと…キミたち名前は?あ、ボクはノエル=アルブルだよ」
突然現れたかと思うと、息を切らしながら質問攻めをしてきた青年──ノエル。
ハウライトとルキはそんなノエルに唖然としている。それを見たノエルは、何がどうしたのか分からず逆に焦っている様子だ。
「え……?ボク何か変なこと云ったかなぁ?」
2人を交互に見ながらノエルが不安そうな声を出した。
揺れる蒼い瞳。聖職者が着るような白い衣服、そして首を回す度に微動する少し長めの銀髪は光が当たると、とても眩しく見えた。
「あのなぁ!急に現れて質問攻めはなしだろ!ああ?」
「まぁまぁ、そんなに怒らなくても」
痺れを切らしたルキが鋭い声を上げた。その隣で宥めるようにハウライトがルキの肩に手を乗せる。
それを見たノエルが、ごめん、とキョトンとした表情で云った。
「ところでノエルさん、あなたは?」
「さん、なんて付けなくていいよー。夜中にこの辺りで悪魔が現れたって情報をもらったから、ボクはその場所を探してるんだぁ」
「そうですか。確かに昨晩悪魔が現れたのは此処です。ついでに私たちはエクソシストです。私はハウライト=フロークルー。彼はルキ・リフレインです」
淡々とした口調で会話をするハウライト。簡単に説明をして自分とルキの名前を紹介する。
「やっぱりキミたち、エクソシストなんだね。まぁ、見た感じからしてそうだよねー」
危なそうだもん、とくすくす笑うと、何も持っていなかったはずの右手に大きな鎌が現れた。
それを見た2人は反射的に身を構える。ルキは瞬時に左のホルスターのスナップを外し、いつでも抜き出せるよう、軽く銃に触れた。一方、ハウライトはというと……
「あ、あの、ルキ。守ってくださいね」
と耳打ちをしてから少しルキの後ろに身を引く。
それを聞いたルキは、舌打ちをしながらも仕方なくハウライトを庇う姿勢を取った。
が……、
「え、もしかしてボクのこと敵だと思ってるの?」
ノエルの抜けたような声。
「いや、どう見ても敵だろ」
「敵、ですね」
ルキは銃のグリップを握る。
「ち、違うよー!!ボクもエクソシストだってばー!」
ノエルがそう云うと、その場に長い沈黙が流れた。
そして、
「……死神ですよね。それか、中身は悪魔」
ハウライトが低く響く声で云った。3人の空間に一層強くなった緊張が走る。
するとノエルが困ったように頭を掻きむしりながら、
「んー、ボクは死神でも悪魔でもなく、本当にエクソシストなんだけどなぁ……。どうしたら信じて──あ!!エクソシストの証があるじゃん!!」
そう云って左目を指差して見せた。ノエルの海色の綺麗な瞳の中には金色に輝く十字架が浮かんでいた。
エクソシストにはその証として、身体の何処かに必ず十字架の印が付いている。勿論この2人にも。
ルキはパチッと音を立ててホルスターのスナップを元に戻してから、服を少し捲り上げて腰の右側にある印を見せる。ハウライトも後ろに引いていた身を前に戻し、ルキに続いて襟の部分を下げて鎖骨辺りにある印を見せた。
「よかったー、やっと信じてくれたんだね」
「先に見せろよ、それ」
ノエルが喜んでいるのを横目に、ルキが不機嫌に呟いた。
「何故武器を出したのです?」
「え?──あぁ。僕もエクソシストだよ~って云いたかっただけ」
「紛らわしいことするなよな」
「えへへ、ごめん」
先程の雰囲気とは打って変わり、とても和むような空気が漂っていた。
「あ、そうだ。自分の仕事忘れるところだったよー」
そう云うと、手に握っていた大鎌を消して、あははと笑ってみせた。
「仕事、ですか?」
「そうだよー。エクソシストとして悪魔を倒すのも仕事だけど、ボクには他にも特別な仕事があるんだぁ」
すごいでしょー、と自慢気に云ってから両手を胸の上に重ねて置いた。
それから静かに目を閉じて、肺全体に酸素を行き届けるように大きく息を吸って一瞬だけ動きを止めた。そして、ゆっくり口を開いて透き通るような声で歌い始める。急なノエルの行動で、ルキとハウライトは顔を見合わせた。
周辺に響き渡るノエルの歌声。普通の人間が出せるような声ではない。言葉は耳にしたこともない言葉。
歌は徐々にアップテンポなリズムへと変わり、同時に空から無数の小さな光の粒が降ってくるという不思議な現象が起きた。
そして、うっとりと聞き入っているうちに、その歌は静かに終わった。
「浄化完了だよー」
歌い終えたノエルは先程の調子に戻す。
「浄化……?」
なんのことかさっぱり分からないという様子でルキがノエルに問う。
「そうだよー。ルキは浄化作業を見たことがないの?」
「あぁ。多分初めてだ」
「私は前に一度だけ見たことがあります」
「そっかぁ。まぁ大抵の場合、エクソシストが事を終えて、その人たちが去ってから浄化作業をする人が来るパターンの方が多いからねー」
ノエルは笑顔を絶やすことなく喋り続ける。
「悪魔が現れた場所には悪い気が残っちゃうんだ。つまり邪気みたいなものね。それが残っていたら、エクソシスト以外の人間はその場に近づくことができないんだ。下手すればその気に触れただけで可笑しくなっちゃう人もいるんだよ。だからボクみたいに浄化能力のあるエクソシストが今みたいに浄化していかないといけないといけないってことさ」
最後にピシッと人差し指を立てて話を締め括った。
大体のエクソシストが知ってるはずなんだけどね、と笑ってルキの方を見る。
「……るっせーな」
ルキは同時にノエルから目を逸らした。
隣ではハウライトがくすくすと笑っている。それに気付いたルキは、軽くハウライトの足を踏んだ。
「さてと、ボクもそろそろ行かなきゃ」
両腕を頭の上に伸ばし、背伸びしながら云った。
「私たちも早く杖の修復に急がなければいけませんね」
「そうだったな」
「じゃあ、此処でお別れだね。また会えるといいなぁ。それじゃあ、またねー」
「ああ」「ええ」
ノエルは向き合っている2人の方向へと歩き出す。それに続いてルキたちもノエルの方向へと歩き出す。
そして、ノエルがルキの横を通り過ぎる瞬間、
「君の半分って何なんだろうねぇ……ふふっ」
短い言葉を残して、怪しい笑みを浮かべながら擦れ違った。
「え……」
ルキは悪寒を感じながらも慌てて後ろを振り向いたが、あるのはひらひらと舞い落ちる真っ白な羽が数枚。そこにノエルの姿はなかった。
「どうかしましたか、ルキ」
「……いや、なんでもない」
異変に気付いて話し掛けてきたハウライト。どうやらノエルの声は聞こえていなかったようだ。
ルキは言葉を濁し、前へと向き直る。
妙な身体の震えを隠すように、両腕で肩を抱きながら、隣のハウライトに聞こえないような小さい声で、
「あいつ、天使だったのか……」
そう呟いた。
To be continued.