親父。
「絶対に許さん!」
最初、親父はこう言っていたそうだ。
少しずつ堀を埋めて攻略していくつもりだったが、お袋の口は耳から聞いた事をそのまま吐き出す構造のようだ。
まだ聞かれたくなかったのに・・・。
音楽で食っていく。少しギターが弾けるというだけで夢と現実の区別がつかなくなっている息子を、親として諌めるのは当然だろう。
だが17歳の夢追い人にとって、親の気持ちほど届きにくいものがあるだろうか。
高校を卒業すると同時に、東京に出ると決めていた。
「明日親父に直接話すよ。ダメだって言われたら仕方が無い。勝手に出る。親に助けてもらおうなんて思ってない。」
親父に伝わる事を承知で、お袋に宣言した。本気でそう思っていた。
一旦出てしまいさえすればそこは首都、大東京。仕事なんて幾らでもあるだろう。
それにカネなんぞ無くてもいい。音楽をやるにはギターが一本と、この体があればいい。
親父は頑固だから、どうせ俺の言葉なんか聞こうともしないだろう。
ならばこちらも好きにするまでだ。
現実にやっつけられて夢を失くした大人に、何を言われようが知った事じゃない。
次の日、仕事から帰って晩酌をしている親父の隣にわざと音を立てて胡座をかいた。
親父は何も言わずテレビを見ている。しばらく沈黙が続いた。
「親父、話がある。」切り出しても親父はテレビの方を向いたまま無言だった。
「どうしても音楽を目指したい。そりゃ可能性は低いかもしれないけど、宝くじだって買わなきゃ当たらないだろ。」
『確かにな。』初めて親父が口を開く。珍しく耳はこちらを向いているようだ。
「卒業したら東京に行く。もう決めたんだ。」
ビールをゆっくりと飲み干してグラスをちゃぶ台に置くと、親父は顔をこちらに向けた。
真っ赤になっている。大分飲んでいるのだろう。
荒れるか。。。心の中でひとりごち、さらに先を続けようとした瞬間。
親父が言った。
「行ってこい。体には気をつけろ。」
あれから10年、俺は今PCのエンジニアをやっている。
見事に夢破れたわけだが、後悔はしていない。
今でも東京に出てきて良かったと心から思っている。
親父はもういない。一昨年白血病で亡くなった。
そして丁度入れ替わるように、俺のノートPCのキーボードを意味も無く叩きたがる小さな手がここにある。
まだ1歳にもなっていないが、あと十何年かすればどうせ下らない夢を語るようになるんだろう。
そしたら言ってやろうと思っている。
「絶対に許さん!」と。
俺の息子だ。その言葉を聞いてどういう行動に出るか、大体分かってる。
そしてどこにだって、行ってくるがいいさ。
お前の人生なんだから。
なぁ、親父。
自分の体験を元に大分装飾した超短編です。
お楽しみ頂けますように♪