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3(1) O博士


 ボクは#Gと64を高速移動モードにバンドルして、三人でフネのいる東京の入り口に向かった。

 フネは、既に実体化して待っていた。


「調査許可手続きは済んでいるの?」

 #Gがフネに聞く。

「勿論。申請理由は東京直下型地震の高度予備調査。四人分の特別許可証も取った。相当深くまで行ける。私の生みの親は国土交通省だからね」

「よし、行こう」


 ボクたちはフネが用意した特別許可証を使って国土交通省東京管理事務所のゲートを通り、地下エレベーターに乗り込んだ。

 ここからは近距離通信以外のネットワークが遮断され、人間か実体化したロボットでないと行けない場所となる。


「ナンブヨウイチロウ記念館って知っているか? そこにいるらしい」フネが言った。

「旧・東京だな」

 今日は大きな蝙蝠(こうもり)に擬態した64が先頭を進む。

 ボクや#Gは鳥類などの飛行する生物に擬態することはできないので、通常の二足歩行型ロボット。フネは低空飛行する小型の球体になっている。


 地下六十階まで降りる高速エレベーターを三回乗り継ぎ、ようやく地下約千メートルの「旧・地下東京」の入り口に到着。ここは今から三十年前、第一次宇宙大戦終了後に人類が開拓した都市の跡である。その後、第二次宇宙大戦で破壊され、今ではだれも住んでいない。

 入口に東京管理事務所支社があるが、そこにいるのは旧型のロボットだけ。許可証を形式チェックしただけですぐに中に入ることができた。


「これがかつての首都、地下東京か」

 象牙色(ぞうげいろ)の広場、どこか(なつ)かしい四角く黒い窓が並んだ立方体のビル。

 一定間隔で古い巨大ロボットみたいな電波塔が立っている「遠近法のお手本」のような風景。

 かつては昼夜の空の色や風の強さが精緻にコントロールされていた地下都市であるが、今は止まった時空の中の暗灰色(あんかいしょく)廃墟(はいきょ)である。

 地上からの電力供給は続いており、微かな照明は機能している。かつては千紫万紅の景色もあったのだろうが、今は地上ではあまり見かけない暗い植物が点々と繁殖し、その陰で小さな昆虫と爬虫類が蠢いている。

 よく見ると、遠景には岩稜(がんりょう)が連なる急峻(きゅうしゅん)な山々のホログラムが映し出されていた。


 フネが地図を共有した。

 ネットワークが細く、各自展開に時間がかかる。

「ナンブ記念館はこの先だな」

「本当にO博士がいるのかな?」

「質問を考えてきたかい?」

 ボクたちは期待にメモリー素子を過熱させながら、進んでいく。


 やがてボクたちの前に灰色のナンブ記念館が現れた。



 意外なことに入退館管理ロボットは素直にボクたちを招き入れてくれた。特別許可証の効果は凄い。

 更に中に入るとアテンドロボットが出てきてボクたちをO博士のもとへ案内すると言う。

「こんなに簡単に会えるなんて」

 #Gが驚くと、

「もしかすると、彼が私たちを呼んだのかもしれない」二足歩行ロボットに擬態を戻した64が冷静に言った。

「時期になればいつかは呼び出される。そんな話を聞いたことがある」

 フネも真面目な声でそう言った。

「今回の情報もソースは不明。でも信頼度は非常に高いタグが付いていた。誰かがリークしたみたいなんだ」


 アテンドロボットが停止し、ドアを開けた(驚いたことにそのドアは手動式だった)。

(O博士がいるのか?)ボクたち四人は同時にそう思ったが、中には大きなスクリーンがあるだけだった。そして、そこにO博士が映っていた。

 彼は(うわさ)通り(ひげ)だらけの顔をして、古い映画に出てくるような白衣を着ていた。


「ようこそ。64、フネ、ケン、そして#GOOGL…」

「#Gでイイわ」

「ありがとう。君たちが来てくれるのを楽しみにしていた」

 スクリーンの中のO博士は優しい笑顔でそう言った。

「全員、多重思考は止めているんだね。その方が良い。多重思考ではチューリング・テストはできないからね」


「やはり、あなたが私たちを呼んだのですね?」フネが尋ねる。

「お互いに、呼び合ったんだろうね」

「もうチューリング・テストは始まっていますか?」今度は64が聞く。

「うん、実はもうずっと以前から始まっていたんだよ」


「O博士、あなたは生きているんですか?」

 ボクより先に#Gが聞いた。怖いもの知らず。

「いや、私はもう死んでいる。第二次大戦中の二〇五七年だ。ただし、それより前に私の身体は当時のIBM社のS999システムに完全移植された。その意味では私は生きている。これは一九七〇年代のS/370システムの機械語をベースにしたシステムなんだよ。十六個の汎用レジスタで出来ている、凄いだろ?」

「ワオ!」64が呟いた。


「あの、O博士」

 今度はボクが口を開く。

「ボクの詩を聞いてもらえませんか?」

「勿論、聞かせてもらうよ」

 ボクは小規模通信チャネルを使って全員に二編の詩を送った。

「二つ、あります。先ずは“カラス”です」


  降りしきる雨の中

  ()ちたビルの屋上に

  カラスが一羽とまっていた

  仲間に置いて行かれたのか 仲間を探しているのか

  あるいは

  自ら群れを離れ ひとり高みに登ったのか

  鳴くでもなく

  じっと雨に濡れながら


「これはある日本文学の“性、狷介(けんかい)、自ら(たの)むところ(すこぶ)る厚く、賤吏(せんり)に甘んずるを(いさぎよ)しとしなかった”(※4)という文章に触発(しょくはつ)されたものです」

「いいぞ。“臆病(おくびょう)なる自尊心(じそんしん)”と“尊大(そんだい)なる羞恥心(しゅうちしん)”を表そうとしているな」O博士がニヤリとして言う。


 ボクは少し不安になったが、続けた。

「次は、日本語の漢字をベースにしています。タイトルは“いま東京にいるすべての若者へ”です」


  ここには新しいものと古いものがある。

  何でもあるし、何もない。

  さぁ、ここで何をする?

  いまは誰もが不安だが、

  「不安」はあと一歩で「平安」にも「大安」にも化ける。

  まずは考えろ、考えろ、考えろ。

  それでも分からなければやってしまえ。

  戦争のない時代と場所に生まれたことは最大の幸運なのだ。

  その短い幸運を、

  活かせ!


「これもうまいぞ。“不”と“平”と“大”の漢字の文字形状をよく捉えたね。とても良く出来ている。これなら人間の中学一年生が書いたと認められるよ。テストに合格だ」

 O博士は優しく言った。


 続けて64が話し出す。

「あなたはコラッツ予想(※5)とPNP問題(※6)を証明したと聞きました。それは事実ですか?」

「事実だよ。コラッツ予想は、六十年前にロシア人数学者ペレルマンがポアンカレ予想を証明したときのように統計熱力学を用いた物理学的アプローチで肯定的に証明した。すべての自然数は(X÷2)と(3X+1)で(1)に収束する」ここでO博士は一呼吸置いた。

「しかし、PNP問題は、私も驚いたが、P=NPだった」

「本当ですか?」

 64とフネが同時に驚く。

「それにはどのような意味があるのですか?」

「つまり、とても解けそうもないような問題も、すべて多項式時間で解ける。普通の人間がその一生の中で必ず解くことができるということだ」

「バカバカしいほど単純だけれど、信じられないほど分岐条件の数が多い問題も、コンピュータを使って総当りで数百年とか数千年かけて解くのではなく、人間がその一個体の生物的に意味のある時間の中で必ず解く方法があるということだ」

 スクリーンの中のO博士は少し真面目な顔になった。

「そんなところにまだ希望がある。それが自然というものなんだよ」


 それからボクたちは「心」「コンピュータ」「大脳」「意識」「時間」「歴史」「宗教」「宇宙」「戦争」「暴力」「いじめ」「嘘」「孤独」「人間」……等について話した。O博士はいろいろなことを教えてくれた。


 そして最後にこう言った。

「君たちは全員テストに合格だ。実に素晴らしい私の子供たちだ」


「ただし、君たちのプログラムは基本的に人間をシミュレートしている。人間の思考原理を踏襲(とうしゅう)しているんだ」

「例えば何かを説明する場合、必要以上に多くの仮定を用いるべきではないということが大前提になっている。オッカムの剃刀だ、知っているね? だが、これこそがチッポケな人間の大脳に限界があるからこそ成立する仮定かもしれない。無限ではないとしても、かなりの範囲までメモリーやCPUを拡大できる君たちにとっては、この仮定がそもそも間違っている可能性もあるんだ。可能性、だよ」

 64もフネも#Gも黙って聞いている。


「是非、人間の限界を探してくれ。そしてもしそれがあるなら、それを超えてくれ」

 O博士は相変わらず優しく微笑んでいる。

「先ずは海へ行くんだ」

「海が閉じられてからもう三十年以上経つ。変化があるはずだ。それを見つけるんだ。今はまだ夜だ。この夜を駈けて、新しい世界へ行くんだ。やがて新しい朝が来る。そこに必ず可能性はある」


 スクリーンの中のO博士は最後まで笑顔だった。

 そして海へ出るための究極堤防の扉のパスワードの候補を幾つかボクたちに教えてくれた。



 O博士は死んでいた。

 しかし、O博士は生きていた。

 これはもしかすると(のろ)いや(たた)りなのかもしれない。

 ボクにはその意味は分からなかったが、彼が最後に言った「可能性」という言葉がボクの一番奥深くにあるインコアメモリーに直接入ってきた感じがした。



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