2(6) もっと美しいもの
その日はボクと#Gと64で「色」について話していた。
ボクたちは“完璧な堤防”に沿って移動していた。
堤防は完璧だ。この向こう側には海がある。そこで、#Gが「海の色は黒?」と聞いた。
四十年前の第一次大戦の後で、人類は大津波を避けるために全世界の海岸部に平均高さ三十から六十メートルの“完璧な堤防”を作って海を閉じ込めた。それから海がどんなものだったのか、ボクたちにはよく分からなくなった。
「人間の色覚では、海の色は空と同じ青だよ。ただし海と空では理由は少し違うけどね」
64が答えた。そして「色」の話になった。
「勿論、色というものは、光の反射を人間の網膜が検知し電気信号として認識するものであり、物理的な物に付属する固有の特性ではない。人間の三原色の色覚では、海が青く見えるのは水の分子に青以外の波長が吸収されるためであり、日中の空が青いのは青い波長がより散乱されて人間の目に入ることに起因する」
今日の64はよくしゃべる。
「しかし、人間にとっては青でも、他の動物や昆虫等はまた異なる色を見ている。色とは、見る側の機能なんだ。当然、私たちロボットの色の見え方は人間をシミュレートしていることが多い。人間と同じでないと不都合なことが起きるからね。だからほとんどのロボットは人間のように空を青く感じる。#0067C0だ。そして、私も映像でしか認識したことはないが、実際の海も同じだと思う」
「じゃあ、他の動物や昆虫には空や海は何色に見えるの?」
ボクが聞く。
これには#Gがネットワークから得た情報で答えた。
「一部の鳥や虫には紫外線が認識できる。そして、花の花心部分が紫外線を反射して鳥や虫にはとても美しく見える。だからミツバチや蝶は花心にある密を検知し、そこで受粉が行われる」
「ミツバチか、もう絶滅してしまった虫だね」
「人間の祖先も元々は紫外線を含む四原色だったんだ。地球の支配者が恐竜だった時代に、その支配者から逃れるために人間の祖先である哺乳類は夜行性になった。だからこそ生き延びることができたんだけど、その過程でその視覚を司る機能が衰え、四原色から紫外線と緑色を見る錐体細胞を失って二原色となったんだ。その後、隕石か何かの原因で恐竜が絶滅し、人間となる哺乳類が力をつけ、また昼間の世界に出て色を見る必要が生じた。そこで再び三原色となった。紫外線の認識能力は戻らなかったけど、遠くからでも熟した果実の色を認識できるようになったんだね。それは生存に適した進化だ。これが人間の進化なんだけど、現代人の三原色の認識能力の非均等な波長パターンを見れば分かるように、それは後から少し中途半端に復元進化したものなんだよ。厳密に言うと、少しズレているんだ」
64が続ける。
「実際には紫外線側は波長が短く、つまりエネルギーが強い。その部分の検知能力の方が意味があるように思うんだけどね」
「ボクの色覚機能もその少しズレた三原色なんだと思うけど、もし紫外線側が見えれば、今よりももっと美しい花を見ることができるのかな?」
「それよりも、もっと美しいものが見えたら素敵よね。人間の”心”とか」
最後に#Gがそう言うと、もう64は何も言わなかった。
確かにそうだ。
人間は第一次大戦の前から人間同士で戦争を繰返していた。差別やいじめや嘘や暴力が横行していた。むしろ宇宙大戦が始まったからこそ、一致団結できたとも言える。
しかし、既に最近では地下社会の一部で紛争が起きているらしい。どうして人間は相手の美しい心を見ることができないのか。
自己診断チャネルを使うのを忘れたボクがそんなことを考えていたら、64がそうだねと言った。
「じゃぁケン、いつものように古く美しい日本語で言ってくれよ」
ボクは少し考えてこう言った。
「春秋の筆法によれば、人間に、つまりボクたち美しいものが見えないのは、畢竟、哺乳類が巨大で恐ろしい恐竜に追われて夜行性になったから。実に恐ろしきは暴力也」
「ワォ! ケン、私にも詩を書いて遅れよ、おくれよ、くれよ、れよ、よ、よ、よ……」珍しく64が、フネがよくやるように最後をリフレインにして笑った。
「人間はこの先も進化するのかしら?」
#Gが強化コンクリートでできた”完璧な堤防”に片手で触りながら、独り言のように呟く。
弱い夕陽が、ボクたちの影をまるで幽霊のように見せる。
そのとき、フネから緊急のグループ通信が入った。
――O博士のいる場所が分かった!――
「どこ?」
ボクと#Gはほぼ同時に聞く。64はもう答えが分かっているのか、黙って実体化を始めている。
――東京の穴の中!――




