第9話『雷の道、海を越える』
京の都に、異国の香りが流れこんでいた。
大きな帆と白い肌、黄金の十字を掲げた一団が南蛮船から降り立ち、茶と銀、そして鉄器を求めて各地を渡り歩いているという噂が、ついに蒼真の耳にも届いた。
「この国だけでは、技は育たぬ。ならば、外を知る時だな」
蒼真は堺へ向かった。そこには貿易都市として栄える港と、異国の技術者――ポルトガル人の若き技師、ルイス・アントニオの姿があった。
「おまえ、蒸気で鉄を動かすというのは本当か?」
ルイスは、蒼真が持ち込んだ小型の蒸気ポンプに目を丸くした。しかも、それが木と竹を使って造られていると知って、彼は声を震わせた。
「ナンデスカ、これは……我々の蒸気機関より軽い……」
蒼真は笑い、「火薬、木版印刷、水運の改善――それらはこの国の土から生まれた。そちらの国にも役立つだろう」と応じた。
技術に国境はない。だが、信念がなければ、力はただの牙に変わる。
蒼真とルイスは互いに技術書や道具を交換し、対等な立場で知を交わした。火薬の安定化技術、活字を使った可動印刷機、風向制御による反転帆の設計図――どれも、蒼真にとって刺激に満ちた知の贈り物だった。
その帰路、蒼真は海を見た。
「この雷は、いずれ海を越える。ならば……俺たちも、越えていかねばならん」
*
織田信長は、蒼真が持ち帰った蒸気帆の案に目を輝かせた。
「この帆であれば、逆風でも進めるのか」
「帆と蒸気を合わせた“二段推進”です。川も、港も、軍路に変えられます」
蒼真が設計した“反転帆付き蒸気小舟”は、南蛮の操船技術と日本の蒸気制御技術の融合だった。これにより、水上輸送力が爆発的に向上し、信長軍は兵糧や武器の補給速度で他大名を圧倒し始める。
同時に、蒼真は木活字印刷機を使って技術マニュアルを量産。若き職人たちに教育を始めた。
「俺の知識だけでは、この雷は続かん。百人、千人が技を使えねば」
やがて“雷の工坊”と呼ばれる蒼真の技術教導所が京に誕生し、戦国に風変わりな“学び”の場が根を下ろしていく。
しかし、それを良しとしない者たちがいた。
ある夜、蒼真のもとに信長家臣の羽柴秀吉が密かに現れた。
「蒼真殿、妙な話があります。何者かが“そなたの設計図”を複製していると」
「……どういうことだ?」
「南蛮技師の一人が“夜、覆面の武士に金で買われた”と……」
蒼真の胸が騒いだ。知識は広がる。だが、それは光と共に影も連れてくる。
そして影は、すでに動き出していた。
黒装束に身を包み、鉄で覆った“模倣の鉄騎”を率いる謎の集団――その名を、“黒備え(くろぞなえ)”。
彼らは、蒼真の名を口にしながら言ったという。
「蒼真が広めた技術を、蒼真を殺すために使ってやる」