第7話『火攻めの先に、蒸気あり』
織田軍は、美濃との国境に近い山城「黒鐘城」の包囲を開始していた。
険しい山に築かれたその城は、攻める者の脚を奪い、矢と鉄砲の雨を浴びせる難攻不落の砦。三日も攻城が続いたが、進展はなく、兵たちは疲弊していた。
蒼真は、眼下にそびえる石垣と城門を見上げ、唸った。
「石の門か……あれを叩き壊せば、戦は一気に動く」
だが、これまでの破城槌では届かない。ならば、蒸気の力を使えばいい。
「……蒸気で、叩く。破壊する」
蒼真は、炭水ボイラーに巨大なピストンを繋いだ装置を設計した。加熱された蒸気が一気に膨張し、鉄製の杭を前方へ突き出す仕組み。反動は車輪と杭のバランサーで抑えた。
その異形の装置は、誰かが呟いた。
「……蒸気の槌、だな」
蒼真は頷く。
「これで形勢は変わる」
夜明けと共に、装置が運ばれた。兵たちは恐る恐る見守る中、轟音が山に響いた。
ゴォォォン――!
石門が震え、崩れ始めた。織田兵たちの士気は一気に高まる。
「門が……蒸気で!」「これが蒼真様の“雷の槌”か!」
敵方は慌て、城内から火矢と火縄銃の一斉射撃を浴びせる。だが、蒼真の手は止まらない。
「高所にはこれだ――《噴霧式・火薬放射器》、起動!」
蒼真が合図を送ると、山の中腹に設置された数台の装置から、白煙と火花を含む爆裂噴霧が放たれた。
高圧蒸気に混じった火薬粉が霧状に拡散し、炎と轟音が城壁に立つ兵たちを包み込む。火傷こそ負わせぬが、視界を奪い、恐怖を植え付ける。
「ひ、火の鬼じゃ――!」「蒼真の化け物兵器じゃ!」
逃げ出す敵兵、門に殺到する味方兵。
こうして黒鐘城は、前代未聞の方法で落城した。
――蒸気の力によって。
* * *
「“雷神の子”か。上手いあだ名じゃな」
信長は、勝鬨のあがった山中の仮設陣で蒼真に声をかけた。
「お前の力は戦場を変える。鉄を走らせ、火薬を撒き、城を叩く……まるで神業だ」
「俺は神でもなんでもありません。ただの技術者です。必要なものを、必要なだけ作ってるだけです」
「だが、その技術が、千の兵に勝る。“城を落とすための力”をお前は生み出した」
信長は地図を広げた。
「……蒼真。次の標的は、京じゃ」
静かな言葉に、蒼真の背筋が粟立つ。
「京……天皇の都……」
「そこにこそ、日本の権威と古き知の巣窟がある。だが、変化は遅い。お前の“火と鉄の知”が受け入れられるとは限らぬ」
蒼真は息を深く吸った。
「なら、行きます。知を持って知に挑む。蒸気と歯車で、彼らの迷信を打ち破ります」
信長は笑った。
「そうだ、蒼真。お前の戦は、刀じゃない。“知”こそが、お前の戦だ」
* * *
黒鐘城の落城は、瞬く間に周囲の国々に伝わった。
「織田軍に“雷神の子”あり」と。
その名は、都にも届き始めていた。