第3話『火薬の知、鉄の牙』
谷を超えた先に、小さな鍛冶場があった。
吹きさらしの粗末な屋根の下、炭火に赤く焼けた鉄が並び、槌の音がこだまする。
槌を振るうのは、筋骨隆々の老人――名を鍛冶屋・源兵衛という。
「ふん、蒸気だのなんだの知らんが……鉄は、火と腕で叩いて鍛えるもんじゃ」
初対面の印象は最悪だった。
だが、蒼真が設計図を見せたとき、老人の目がわずかに揺れた。
「……なんじゃ、この“風送り筒”は。火が踊るぞ、こんなもん使えば」
「そう、“踊らせる”んです。酸素を送って、温度を上げて、鉄をもっと高温で処理する。
やりたいのは“鍛冶”じゃなくて、“製鉄”なんだ」
数日後。村外れに組まれた新型の炉に、源兵衛は目を剥いた。
蒼真が仕込んだ風圧ブロア――竹と皮袋を用いた手動送風機が、常時一定の風を炉に送り込んでいる。
火力は赤から白へ。鉄鉱石は湯のように融け、澄んだ音を立てて型へ流れ込んだ。
「こ、これは……今までの鉄じゃねぇ。なめらかで、硬ぇ……!」
――“蒼真式高温炉”。その誕生が、村の鉄を変えた。
次に蒼真が手をつけたのは、火縄銃だった。
地侍の古兵から借りたボロ銃を分解し、パイプの内径を均一に削る。命中精度が格段に上がり、点火部には簡易の鋼製スライド機構を設置。
さらに、撃った直後に銃身を冷却できるよう、蒸気水冷式の洗浄筒を開発。これにより再装填のタイムロスを大幅に削減できた。
村の男たちは半信半疑だったが、試射の結果に目を丸くする。
「し、真っ直ぐ飛んだ!」「鉄の的に穴が……!」
蒼真はうなずく。
「これが、“精度”だ。そして、次は“火力”」
火薬の調合にも手をつけた。
硝石、木炭、硫黄――この三つを慎重に割合を変えながら混ぜる。粗悪な火薬ではなく、均一に燃焼し、爆発力の高い“雷玉”を作るのが目的だった。
やがて完成したのは、“蒼真式雷玉”。
竹筒に包まれた小型の爆薬で、投擲用・罠用に応用が可能。しかも安価で大量生産ができた。
ある晩、源兵衛がぽつりと呟く。
「……お前さん、戦の準備をしておるな」
蒼真は空を見上げた。山の向こう、微かに狼煙が上がっている。
「たぶん、来る。村が“動く粉挽き”として知られた今、誰かが奪いにくる」
少年の目に、青い決意が灯る。
「なら――鉄と火で、この村を守るしかない」
風は強まり、戦の足音が近づいていた。