第2話『火と水と、動力の誕生』
「湯気で臼が回るじゃと? 馬鹿なことを……」
村の長屋に集められた十数人の村人たちが、一斉にざわついた。
だが伊吹蒼真は、焦らなかった。
彼は地面に竹の棒で図を描く。焚き火の上に設置された釜、そこから伸びる管、そして筒を往復する棒。
「火で水を沸かすと、湯気が出る。これが“蒸気”。この蒸気が圧力を持って押し出されると、物を動かす力になる。俺の世界ではこれを“エンジン”と呼ぶんだ」
「えん……じん?」
「今の話だけじゃ、よく分からんがのう……それがあれば何ができるんじゃ?」
ひとりの老婆が尋ねた。
蒼真は、彼女の指に包帯が巻かれているのを見て、小さくうなずいた。
「たとえば……毎朝、婆ちゃんが水をくみに行かずに済む。臼を回して米を挽くのに、力仕事はいらない。
病気の爺ちゃんも、もう薪を担いで山を往復しなくていい。
つまり、“暮らしを軽くする道具”だ」
沈黙のあと、若い農夫がつぶやいた。
「……それが本当にできるなら……」
「やってやれ、蒼真!」
村人たちの表情に、好奇と希望の色が混じりはじめた。
それから数日、蒼真は村人たちと動いた。
竹を割り、土をこね、鍛冶屋の炉から借りた鉄片を焼き、川辺に簡易ボイラーを設置。燃料は村の木炭。竹をくり抜いたシリンダーに手製のピストンを仕込み、蒸気を通すチューブをつないだ。
「火、頼む!」
蒼真の号令で、炉に薪が投げ込まれる。ボイラーがごぅごぅと音を立て、やがて――
シュウウウッ!
蒸気が圧をもって噴き出した。ピストンが竹筒の中で押し出され、連結した回転軸がキィッと動く。そして、それが“水車型の羽根”を回した。
「動いた……!」
「水も流れてねえのに……臼が!」
蒼真は、歯車で回転数を落としながら、石臼を安定して回す機構を加える。小麦粉のように白い粉が袋へと流れ込み、村人たちは目を見開いた。
「い、いつもの粉より……細けぇ……!」
「婆ちゃん、もう臼回さなくてええ!」
熱気と歓声に包まれる中、蒼真はそっとつぶやいた。
「これが、“文明”だ。俺の知ってる……未来の力」
名もなき山村は、その日から呼ばれはじめた。
――“動く粉挽き村”と。