第17話『技術無双・土岐川の戦い』
土岐川のほとりに朝靄が立ちこめる中、地鳴りが走った。甲州雷弩砲──蒸気圧を用いた火筒車が、隊列を組んで進軍してくる。黒鉄の砲身から噴き上がる白煙。武田勝頼の誇る“新機軸”だった。
「いけ、撃てぇぇぇっ!」
雷弩砲の一斉射が、轟音とともに戦場をえぐる。土塁が崩れ、飛び散る火薬の匂いに兵がひるむ。
その中、嶺浦達彦は砲列の後方に立ち、鋭く目を光らせていた。
「これが“機数”の暴力だ、蒼真。精密など幻想にすぎん」
対するは、尾根の上に布陣した織田軍の雷臼──蒼真が改良を重ねた、蒸気式の自走投石機だ。だが、その姿は三台きり。数の上では明らかに劣っている。
しかし、蒼真は微笑んだ。
「数は力……だが、それだけじゃない。狙いを定められぬ“力”は、ただの轟音にすぎない」
雷臼が音を立てて駆動する。蒸気が鳴き、照準機構が細かく動く。
蒼真は改良によって新たに装備した“弾種切替機構”を作動させた。
「火焔弾、装填」
白煙に紛れて投じられたのは、粘着性のある火油を含んだ焼夷弾だった。甲州雷弩砲の陣前に着弾した瞬間、炎が吹き上がり、前列の兵が悲鳴を上げて倒れる。
「散弾、次ッ!」
次に発射されたのは、小さな鉄片を無数に込めた近接迎撃弾。突進してきた騎馬隊が、文字通り霧散した。
雷臼はその場に固定されたままではない。蒸気による自走機構を活かし、丘陵を越えて移動する。三台の雷臼が、伏兵のように動き、相互に死角を補いあいながら“狙撃の網”を形成していく。
「貫通弾、発射」
その一弾が、雷弩砲指揮所の砲幕を突き抜け、見張り台を粉砕した。
「な、なにィ!?」
嶺浦が思わず叫んだ。砲兵の統率が崩れ、指示が遅れる。雷弩砲は本来の連射性能を活かせず、煙と混乱の中で静止したまま次々と撃破されていく。
「撤退だっ、退けぇーっ!」
勝頼の声が谷に響く。甲州雷弩砲隊は壊滅し、武田軍は無念の撤収を余儀なくされた。
戦後、戦場に倒れ伏していた嶺浦が、蒼真の前に連行されてきた。鎧も破れ、顔には火薬の煤がついている。
「……皮肉だな、蒼真。お前が夢に見た技術で、お前の軍を焼き尽くすつもりだったのに、焼かれたのは俺のほうだ」
蒼真は静かに見つめる。その眼差しに、怒りはない。あるのは、深い哀しみだった。
「なぜ……あの時、おまえは図面を持ち去った?」
嶺浦は苦笑した。
「技術に正義などない。ただ、誰かが使う。それだけだ」
「違う。技術は、その使い方で“意味”が決まるんだ」
「……理想論だ。だが、それを現実にしてみせたな、お前は。俺にはなかった力だ。……だが覚えておけ。握っているからといって、正義とは限らん。技術は、“誰のもの”でもない」
嶺浦はそのまま沈黙し、拘束された。
蒼真は目を伏せた。
戦場に勝ちはした。技術も磨かれた。だが、その代償として一人の夢を失った友を、彼はこの手で打ち破ったのだ。
技術に勝ち負けはあっても、正しさは永遠に問われ続ける。
谷に再び霧が立ち込める中、蒼真は静かに前を向いた。
技術の未来を、ただ戦のためにではなく──人のために使うために。




