第16話『裏切りの工房』
谷に残された甲州雷弩砲。その蒸気圧縮室の構造は、あまりにも既視感があった。
「……まちがいない。これは、私の“旧設計図”と同じだ」
蒼真は静かに呟いた。数年前、理想と情熱を胸に、工房で汗を流していた頃の記憶が蘇る。
「嶺浦……おまえか」
蒼真にはかつて、蒸気機関による“戦場革新”を共に夢見た盟友がいた。名は嶺浦達彦。技術の才は一流、発想も型破りで、ともに設計を競い合う日々を送っていた。
だがある日、蒼真が「蒸気機関は人を殺すためではなく、人を救うために使うべきだと思う」と言ったとき、嶺浦は苦笑いして言った。
「理想を語るのは勝手だ。だが技術は“使われて”こそ価値がある。売れ、広まり、人に利用されて初めて本物だ」
その言葉を最後に、嶺浦は工房から姿を消した──はずだった。
蒼真は自らの帳面を開く。設計図の一部には、確かに嶺浦に一時的に預けたまま、行方知れずになったものも含まれていた。
「……盗まれていたんじゃない。“使われた”のだ。あいつの信念で」
蒼真は重く息を吐き、信長のもとへ赴いた。
—
「嶺浦、という男の仕業か」
信長は、いつになく静かな声音で蒼真の報告を受け止めた。やがて、杯を置き、目を細める。
「よいではないか。裏切られようと盗まれようと、戦場にて勝てば、技術の“真”はそなたのものであろう」
「……!」
「その雷臼とやら、わしの軍を救い、敵を砕いた。ならば次も、そうすればよい。おぬしの信じる“蒸気の道”で」
信長は手をかざす。火鉢の蒸気が、薄く立ち昇る。
「火も、水も、技術も、使い手しだい。神にも鬼にもなる。……証明せよ、蒼真。おぬしの技術が“ただの破壊”でないことを」
その目は、将としての命令であると同時に、信頼を宿していた。
蒼真は静かに膝をつき、頭を下げる。
「……承知つかまつった」
—
その夜、工房では雷臼の再調整が始まった。
蒼真の手が震えているのは、怒りでも、焦りでもなかった。葛藤だった。
(あの日、俺たちは同じ図面に向かっていた。だが、いつの間にか“目指す場所”が違っていた)
嶺浦は「技術は流れる血液」と言った。国を越え、人を越え、力として拡がることこそが技術の使命だと。
だが蒼真は思う。
(……技術は、誰の手に渡ってもいいものではない。人の命を運ぶなら、運ぶ者が責任を持たねば)
工具を置き、図面に赤を引く。
「次の戦場は土岐川。嶺浦、おまえの雷弩砲がいくら数を揃えても、“真”の戦術は精密さに宿ると教えてやる」
蒼真は雷臼に新たな“弾種切替機構”の設計を施しはじめる。かつて嶺浦と語り合った夢――「状況に応じた蒸気兵器の可変性」を、今こそ現実にするために。
その背に、信長の声が重なる。
「ならば、実力で証明せよ」
技術は戦場を変え、人を変え、時代を変える。
だがその先にある“正しさ”は、誰かが信じ、背負わねば生まれない。
蒼真は再び工具を握った。
戦うために、ではない。
“証明”するために。
次なる戦場、土岐川。
雷と炎が交差するその地で、蒼真と嶺浦、かつての夢の決着が始まろうとしていた。




