第15話『山河に火を刻む』
白岩砦の陥落から、わずか十日。
信長の命を受け、蒼真は東美濃の渓谷地帯へと布陣した。谷を吹き抜ける風の中、彼の背後には、唸るような音を立てて待機する三台の鉄の巨躯──雷臼。
「蒸気式自走投石機、雷臼……狙いは定まっている」
蒼真は片目鏡をかけ、谷の先に広がる岩棚を見つめる。そこに、武田軍の“牙”が待っていた。
「こちら、雷弩砲三基、馬上火砲隊五十──敵軍、接近!」
斥候の報を受け、蒼真は号令を飛ばす。
「雷臼、弾装填! 初弾は破岩弾、目標は中央の崖上!」
蒸気の圧が満ちる音とともに、雷臼の背中にある球体から白煙が上がる。そして──
ドゴォンッ!
初弾が放たれ、崖上の岩が砕け散った。だがその直後、谷の両側から駆け上がってきたのは、武田の馬上火砲隊だった。騎馬の側面に筒型の火砲を括りつけ、火薬の衝撃で短距離から一気に撃ち抜く特攻兵。
「迂回していたのか……!」
だが、その背後に現れたのは、車輪付きの鉄枠に囲まれた移動式火筒──甲州式雷弩砲だった。装填済みの火筒が次々に火を吹き、山肌に火花を撒き散らす。
ズガン! ズガン! ズガン!
雷臼と雷弩砲。精密な一点狙撃と、数の連射。
蒼真と嶺浦の技術が、互いの理想を乗せて激突した。
「精度と威力は我が雷臼が上、だが数で押し込まれる!」
蒼真は即座に命令を下す。
「雷臼一号機、南崖へ迂回! 伏兵の弓兵と連携し、火砲隊を包囲せよ! ……二号機、崖下へ転輪──待機!」
部隊は、地形の高低差を利用しながら移動を始めた。
それに気づいた武田軍は、雷弩砲を盾にしながら前進し、馬上火砲隊が一気に中央突破を図る。
「蒼真様、正面突破されます!」
「構わない、三号機、狙いを上げろ。弾種切替、火焔弾!」
雷臼三号機が蒸気を吐き出し、投石軌道をわずかに上昇。次の瞬間、火を纏った球体が放たれ、馬上火砲隊の進行ルート上に着弾した。
ボフンッ!
炎と土煙が騎馬の行進を切り裂き、部隊は乱れる。
そこに伏せていた弓兵が現れ、斜め上からの集中射撃。
「いけ……いけっ、包囲完了!」
山間に火薬の煙と怒号がこだまするなか、武田軍は一時撤退を余儀なくされた。
だが、その後の戦場検分で、蒼真の表情は曇る。
「この……甲州雷弩砲の内部、動力部が……まさか」
彼は、砲台の内部構造を覗き込み、息を呑んだ。
「この歯車配置……蒸気室の換圧構造……。これは、私が“廃棄した旧式設計”と完全に一致している……!」
手帳を開き、かつての設計図と照らし合わせる。そこに記されていたのは、実験段階で封印したはずの「旧式圧縮装置」の構造だった。
「まさか……流出している? 私の技術が……」
彼の脳裏に浮かぶのは、一人の名だった。
かつて志を共にした工房仲間――「嶺浦」。
知識は、正しく使われねば、刃となる。
その言葉の意味が、いま胸を刺す。
蒼真は、風に揺れる甲斐の旗印を見つめたまま、拳を強く握りしめていた。




