第1話『蒼き蒸気の目覚め』
ゴォォ……ッッ!
唸りを上げる試作ボイラーから、突然、圧力が限界を超えた。鉄製のパイプが軋み、警報ランプが赤に変わる。
「しまっ――!」
次の瞬間、白い蒸気が一気に爆発。視界が真っ白に染まり、伊吹蒼真の意識は闇に沈んだ。
──目を覚ました時、空はやけに青く、風はやけに冷たかった。
「……っつ。ここ、どこだ……?」
山に囲まれた田畑の広がる集落。アスファルトも電柱も見当たらない。だが、空気は澄んでいて、なぜか“酸素濃度が高い”と肌が感じる。
「おかしい……大気圧、低い? 蒸気圧で高地に吹っ飛ばされた……とか?」
蒼真は工業高校機械科に通う、高圧蒸気とレトロ機械のマニアだった。真空蒸気エンジンの研究中に“事故”に遭い、気づけばこの奇妙な世界に立っていた。
立ち上がろうとした矢先、どこからか叫び声が聞こえた。
「た、助けてくれぇぇッ!」
畑で作業していた老人が、二人組の粗末な鎧をまとった山賊に襲われていた。腰に差した刀と、棍棒を持っている。
「こらァ! 早よカブ盗れやァ! 干してあるやつもよこせ!」
「やめて……それは、冬越しの分で……!」
「クソがァ!」
蒼真の背筋が凍った。だが――同時に、彼の視線は落ちていた小さな“水筒”に止まる。
それは、実験室で使っていたペットボトル簡易蒸留器。日光で加熱し、内部にたまった蒸気を活用できる小型装置だった。
(今……あれに火を入れれば……)
周囲の干し藁を束ね、レンズの反射でボトル下を加熱。内部圧が高まるのを待って――
「うおおおおおッ!」
山賊の背後に躍り出た蒼真は、渾身の力でボトルの蒸気弁を解放した。
バシュッ――ッッ!!
超高温の蒸気が山賊の顔面を直撃。
「ぎゃあああああああッ!!」
片方がのたうちまわる隙に、蒼真は棒で背中を殴打。もう一人も怯えて逃げていった。
「だ、大丈夫ですか、おじいさん……!」
「お、おぬし……何者じゃ……?」
村人たちが駆け寄る中、長老と呼ばれる老人が、震える声で蒼真を見つめた。
「そなた……あの“黒き壺”より出た、雷の湯気で人を倒したのか……」
蒼真は少し笑って、首を傾げる。
「まあ、仕組みを言えば単純なんですけど……
蒸気圧で加熱して、それをノズルで――あ、いや、たぶん伝わらないな」
蒼真の科学用語は村人には理解できなかった。だが、彼の手にあった“熱湯を出す黒い筒”は、まさに神の業に見えた。
「……異国より来たりし“知の者”か……」
「いや、俺はただの高校生――いや、そもそもここどこ? Wi-Fi通ってる?」
その瞬間、村の空気がざわりと揺れた。
「ワイフ……ひょっとして西の魔導語か!?」「やはり只者ではない……」などと、ささやき合う村人たち。
蒼真は苦笑しながら頭を掻いた。だが、次の瞬間、胸がドクンと鳴る。
(これ……マジで過去……?)
時計も、スマホも、電気も、ない。
あるのは、手に残った知識と、技術と――蒸気の記憶だけ。
「……よし、やってみるか」
彼はそう言って、山を見上げた。
澄みきった青空に、ゆっくりと白い蒸気が昇っていた。