表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/24

第1話『蒼き蒸気の目覚め』

ゴォォ……ッッ!


 唸りを上げる試作ボイラーから、突然、圧力が限界を超えた。鉄製のパイプが軋み、警報ランプが赤に変わる。


「しまっ――!」


 次の瞬間、白い蒸気が一気に爆発。視界が真っ白に染まり、伊吹蒼真いぶき・そうまの意識は闇に沈んだ。


 ──目を覚ました時、空はやけに青く、風はやけに冷たかった。


「……っつ。ここ、どこだ……?」


 山に囲まれた田畑の広がる集落。アスファルトも電柱も見当たらない。だが、空気は澄んでいて、なぜか“酸素濃度が高い”と肌が感じる。


「おかしい……大気圧、低い? 蒸気圧で高地に吹っ飛ばされた……とか?」


 蒼真は工業高校機械科に通う、高圧蒸気とレトロ機械のマニアだった。真空蒸気エンジンの研究中に“事故”に遭い、気づけばこの奇妙な世界に立っていた。


 立ち上がろうとした矢先、どこからか叫び声が聞こえた。


「た、助けてくれぇぇッ!」


 畑で作業していた老人が、二人組の粗末な鎧をまとった山賊に襲われていた。腰に差した刀と、棍棒を持っている。


「こらァ! 早よカブ盗れやァ! 干してあるやつもよこせ!」


「やめて……それは、冬越しの分で……!」


「クソがァ!」


 蒼真の背筋が凍った。だが――同時に、彼の視線は落ちていた小さな“水筒”に止まる。

それは、実験室で使っていたペットボトル簡易蒸留器。日光で加熱し、内部にたまった蒸気を活用できる小型装置だった。


(今……あれに火を入れれば……)


 周囲の干し藁を束ね、レンズの反射でボトル下を加熱。内部圧が高まるのを待って――


「うおおおおおッ!」


 山賊の背後に躍り出た蒼真は、渾身の力でボトルの蒸気弁を解放した。


 バシュッ――ッッ!!


 超高温の蒸気が山賊の顔面を直撃。


「ぎゃあああああああッ!!」


 片方がのたうちまわる隙に、蒼真は棒で背中を殴打。もう一人も怯えて逃げていった。


「だ、大丈夫ですか、おじいさん……!」


「お、おぬし……何者じゃ……?」


 村人たちが駆け寄る中、長老と呼ばれる老人が、震える声で蒼真を見つめた。


「そなた……あの“黒き壺”より出た、雷の湯気で人を倒したのか……」


 蒼真は少し笑って、首を傾げる。


「まあ、仕組みを言えば単純なんですけど……

 蒸気圧で加熱して、それをノズルで――あ、いや、たぶん伝わらないな」


 蒼真の科学用語は村人には理解できなかった。だが、彼の手にあった“熱湯を出す黒い筒”は、まさに神の業に見えた。


「……異国より来たりし“知の者”か……」


「いや、俺はただの高校生――いや、そもそもここどこ? Wi-Fi通ってる?」


 その瞬間、村の空気がざわりと揺れた。

「ワイフ……ひょっとして西の魔導語か!?」「やはり只者ではない……」などと、ささやき合う村人たち。


 蒼真は苦笑しながら頭を掻いた。だが、次の瞬間、胸がドクンと鳴る。


(これ……マジで過去……?)


 時計も、スマホも、電気も、ない。

あるのは、手に残った知識と、技術と――蒸気の記憶だけ。


「……よし、やってみるか」


 彼はそう言って、山を見上げた。

澄みきった青空に、ゆっくりと白い蒸気が昇っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ